5-4 決意

エリーナの決意表明から数日が経過し、王都は騒然としていた。レイヴン家の不正が公になり、王国中がその顛末に注目していた。エリーナは毎日のように会議に出席し、状況の収拾に奔走していた。


ある日の夕刻、エリーナは王宮の一室で、リュシアンと今後の対策を話し合っていた。


「レイヴン家の資産の大部分を凍結し、不当に得た利益は領民たちに還元する。これが最善の策だと思うのです」


エリーナは疲れた表情で言った。リュシアンは彼女の肩に手を置き、優しく微笑んだ。


「その案は正しいと思う。だが、君の身の安全も考えなければならない。レイヴン家は必ず報復してくるだろう」


その言葉に、エリーナは深く息をついた。


「わかっています。でも、私には守るべき人々がいる。怖気づいてはいられません」


突然、部屋のドアが激しくノックされた。


「エリーナ様! 大変です! レイヴン家の私兵が、領地の村々を襲撃しているとの報告が入りました!」


エリーナとリュシアンは顔を見合わせ、すぐさま行動に移った。


「すぐに出発する。騎士団を集めて」


「私も行きます」


二人は急いで準備を整え、騎士団を率いて領地へと向かった。道中、エリーナの心は怒りで満ちていた。かつての家族が、何の罪もない民を襲うなんて。


領地に到着すると、そこには惨憺たる光景が広がっていた。燃え盛る家々、逃げ惑う村人たち、そして武装した私兵たち。


エリーナは馬から飛び降り、毅然とした態度で前に進み出た。


「やめなさい! これ以上の暴力は許さない!」


彼女の声が響き渡ると、戦闘が一瞬止まった。私兵たちは困惑した表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。


その時、群衆の中から一つの声が上がった。


「エリーナ! お前がこんなことをするとは思わなかったぞ」


声の主は、ヴィクターだった。彼は私兵たちを従えて前に出てきた。


「兄さん、なぜこんなことを?」


エリーナは悲しみと怒りの入り混じった声で問いかけた。


「なぜだと? 我が家の名誉を守るためだ。お前が我々を裏切ったからこうなったのだぞ」


「裏切ったのはあなたたちです。民を守るべき立場にありながら、彼らを搾取し、苦しめてきた」


「黙れ! お前に何がわかる! 家の存続のためなら、多少の犠牲は仕方ないんだ!!」


その言葉に、エリーナの中で何かが壊れた。


「多少の犠牲? 人々の命や幸せを、そんな言葉で片付けるの?」


エリーナの周りに、突如として光が満ち始めた。それは強く、暖かな光だった。


「私は、もうあなたたちの言いなりにはならない。レイヴンの名を継ぐ者として、真の義務を果たす」


エリーナの宣言とともに、光が周囲に広がった。その光に触れた私兵たちは、武器を落とし、膝をつき始めた。


ヴィクターは驚愕の表情を浮かべ、後ずさった。


「こ、これは一体⋯⋯」


リュシアンが騎士団を率いて前に出た。


「ヴィクター・レイヴン、あなたを王国への反逆罪で逮捕する」


ヴィクターは慌てて逃げ出そうとしたが、すぐに取り押さえられた。


戦いは収まり、エリーナは疲れた表情で村人たちの元へ向かった。


「皆さん、本当に申し訳ありません。これからは、私が責任を持ってこの領地を守ります」


村人たちは涙を流しながら、エリーナに感謝の言葉を述べた。


その夜、エリーナはリュシアンと共に、焼け跡となった村を歩いていた。


「リュシアンさん、私、やっとわかったんです」


「何がだい?」


「私の使命。それは単に強大な力を持つことじゃない。その力で人々を守り、幸せにすること。それが私に与えられた本当の役割なんだと思う」


「そうか。では、その使命を果たすのを俺が支える」


二人は手を握りあって、静かに歩を進めた。月明かりの下、新たな誓いを立てるように。


翌日、エリーナは王都に戻り、リュシアンの父である国王に直接報告を行った。

レイヴン家の不正の全容、そして彼女自身による領地の統治の意向を伝えた。国の英雄ではなく、一介の領主としての立場を望んだ。


王は深く考え込んだ後、エリーナに向かって言った。


「エリーナ・レイヴン。あなたの勇気と決断力は、まさに王国が必要としているものだ。レイヴン家の領地を、直接あなたの統治下に置くことを認めよう」


エリーナは深々と頭を下げた。


「陛下、ご信頼に感謝いたします。必ずや、民のための統治を行ってみせます」


その日から、エリーナの忙しい日々が始まった。領地の再建、新たな制度の確立、そして人々との信頼関係の構築。すべてが簡単ではなかったが、彼女は決して諦めなかった。


リュシアンは常に彼女の側にいて支え、時に厳しく、時に優しくアドバイスを送った。二人の絆はさらに深まっていった。

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