4-8 光の守護者

深い闇の中で、エリーナは意識を取り戻した。周囲には何も見えず、仲間たちの気配も感じられない。絶望感が彼女を包み込もうとしていた。


「みんな⋯⋯私は⋯⋯失敗してしまったの?」


その時、かすかな光が彼女の心の中で輝いた。それは彼女の中に眠っていた古の記憶だった。


「そうだ⋯⋯私は⋯⋯」


エリーナの瞳に金色の光が宿り始める。それは彼女の血統を示す特別な紋章だった。紋章が輝くにつれ、彼女の体が淡い光に包まれていく。


「私は古代の魔法使いの末裔⋯⋯いいえ、違うわ⋯⋯私は⋯⋯」


前世、日本に生まれた記憶があった。


けれど、それよりももっと前、この世界の一人の魔法使いセルフィーヌ・エヴェリストとして生まれた記憶が徐々によみがえってきた。


後に、古代の魔法使いと呼ばれ、光の守護者と呼ばれた一人の魔法使いの人生を。


記憶が蘇るにつれ、エリーナの中に眠っていた力が目覚めていく。彼女の体から放たれる光が、周囲の闇を押し返し始めた。


「闇よ、退け!」


エリーナの声と共に、彼女の背中から光り輝く翼が生えた。


それは純白の光で構成され、神々しい輝きを放っていた。翼は徐々に大きくなり、やがて彼女の体全体を包み込むほどの大きさになった。


光の波動が広がり、闇の中に閉じ込められていた仲間たちが次々と姿を現す。


リュシアンが目を見開いて叫ぶ。


「エリーナ!!」


「すげぇ⋯⋯あいつ、天使みてぇだ⋯⋯」


カイルの言葉にアリアが静かに頷いた。その横でメイリンは涙を流していた。


「これが⋯⋯エリーナさんの真の姿⋯⋯」


「エリーナさん⋯⋯美しい⋯⋯」


ダミアンは無言で見つめていたが、その目には畏敬の念が浮かんでいた。


エリーナは仲間たちを見渡し、微笑んだ。


「みんな、無事で良かった」


その時、怒りの叫び声が響く。サラだった。


「なぜだ!? なぜ私の闇を打ち破れる!?」


エリーナはサラを見つめ、静かに言った。


「サラ、もうやめましょう。この戦いに意味はないわ」


「黙れ!! 私はまだ⋯⋯まだ負けない!! グレゴリー様から授かったこの力で、あなたを打ち倒してみせる!」


サラの周りに禍々しい闇のオーラが渦巻く。それは黒い炎となって周囲を焼き尽くそうとする。しかし、エリーナの放つ光の前では、それも弱々しく見えた。


エリーナは翼を広げ、空高く舞い上がる。彼女の全身が金色に輝き、まるで太陽のような眩い光を放っていた。


「古の力よ、我が血に眠る魔法よ、今こそ目覚めの時」


エリーナの詠唱と共に、天から光の柱が降り注ぐ。その光は周囲の魔物たちを一掃し、サラの闇のオーラを押し返していく。


「これが⋯⋯エリーナの真の力⋯⋯」


リュシアンが呟く。


光の中から、様々な形をした精霊たちが現れ、エリーナの周りを舞う。それは彼女の祖先を守護してきた精霊たちだった。


火の精霊、水の精霊、風の精霊、大地の精霊⋯⋯それぞれが固有の力を持ち、エリーナの意思に従って動き始める。


エリーナは両手を広げ、詠唱を始めた。


「光よ! 精霊よ! 闇を浄化し、この地に平安をもたらせ!」


巨大な光の波動が広がり、戦場全体を包み込む。魔物たちは光に触れると消滅し、それぞれの精霊たちも力を放ち、サラの体を覆っていた闇のオーラも剥がれ落ちていった。


「嘘⋯⋯嘘よ⋯⋯こんなの⋯⋯」


光が収まると、サラは力尽きて地面に倒れ込んでいた。エリーナはゆっくりとサラの元に降り立つ。


「サラ、もうあなたは闇の力から解放されたわ」


サラはエリーナを見上げ、涙を流しながら言った。


「エリーナ⋯⋯私はあなたに勝ちたかった⋯⋯」


エリーナはサラの言葉に哀しそうに微笑んだ。


「そう⋯⋯人の力を使って私に勝ってもあなたはそれで満足できたの?」


「⋯⋯エリーナ⋯⋯」


「きっとあなたはそれで満足できなかったと思うわ。きっと後悔してたはず」


「⋯⋯そうかもね⋯⋯」


「犯してしまった罪は消えないけれど、これからの未来、償っていきましょう」


「⋯⋯⋯⋯ええ」


サラはうなだれ、嗚咽を上げ始めた。


すると突如、遠くから轟音が響いた。空を見上げると、王都の方角に巨大な黒い渦が渦巻いているのが見えた。


リュシアンが叫ぶ。


「グレゴリーだ! 奴はまだ諦めていない!」


「行きましょう。王国を、そして大切な人たちを守るために」


エリーナは決意の表情で言った。一行は王都へと急ぐ。エリーナは空を飛び、他のメンバーを光で包み込んで一緒に運んでいく。彼らが王都に近づくにつれ、破壊の規模が明らかになっていった。


建物は倒壊し、街路は瓦礫で埋め尽くされていた。市民たちは恐怖に怯え、逃げ惑っている。空には無数の飛行型の魔物が舞い、地上では巨大な魔獣が暴れ回っていた。


そして、王城の上空には巨大な黒い渦が渦巻き、その中心にグレゴリー・クロウフォードの姿があった。彼の周りには禍々しい闇のオーラが渦巻いている。


エリーナたちは王城前の広場に降り立つ。完全に闇に蝕まれたグレゴリーと対峙すると、リュシアンが叫んだ。


「グレゴリー! もう諦めろ! お前の野望はここまでだ!」


グレゴリーは冷笑する。


「愚かな⋯⋯私はもはや人間ではない。古の闇の力と一体化した、新たな神なのだ!」


彼の体から黒い触手のようなものが伸び、周囲の建物や地面を破壊していく。


「学院長、あなたの行いは許されません。この国の、そして世界の平和のために、あなたを止めます!」


エリーナの体から再び眩い光が放たれる。その光は周囲の魔物たちを一掃し、市民たちを守る結界となった。


グレゴリーは怒りの形相で叫ぶ。


「小娘が⋯⋯この私に逆らうとは!」


彼は巨大な闇の波動を放つ。エリーナはそれを両手で受け止め、必死に押し返す。


「みんな! 私に力を!」


リュシアンたちは躊躇なくエリーナの元に駆け寄り、彼女に触れる。彼らの持つ力が、エリーナを通じて一つになっていく。


カイルの剛力、アリアの闇の魔力、メイリンの治癒、ダミアンの技術⋯⋯そして、リュシアンのエリーナへの強い想い。


全ての力が一つになり、エリーナの中で輝きを増していく。


「これが⋯⋯私たちの絆!」


エリーナの叫びと共に、巨大な光の柱が彼女から立ち上る。その光は闇の渦を貫き、グレゴリーに直撃する。


「バカな⋯⋯こんなことが⋯⋯」


グレゴリーの声が響く。光の中で、グレゴリーの姿が徐々に消えていく。闇の力が彼の体から剥がれ落ち、最後には一人の老人の姿だけが残った。


エリーナはゆっくりとグレゴリーに近づく。


「終わりました、学院長。もう、誰も傷つけることはできません」


グレゴリーは力尽き、その場に崩れ落ちた。


エリーナの光が王都全体を包み込む。負傷した人々の傷が癒されていく。空から降り注ぐ光の粒子が、まるで祝福の雨のようだった。


人々は歓喜の声を上げ始める。


「我らが救世主!」


「エリーナ様万歳!」


エリーナは疲れた様子で微笑む。そして、ゆっくりと地上に降り立つ。


「終わった⋯⋯」


彼女が呟く。リュシアンが彼女を抱きしめる。


「ああ、終わったんだ。君が、私たちの国を救ってくれた」


しかし、エリーナの体から徐々に光が消えていった。彼女の顔が蒼白になり、リュシアンの腕の中に崩れ落ちる。


「エリーナ!」


「ごめんなさい⋯⋯力を使い過ぎて⋯⋯」


「エリーナ! しっかりしろ!」


リュシアンの必死の叫びが、静寂に包まれた王都に響き渡った。

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