2-10 リュシアンの支援
翌朝、学院は騒動に包まれていた。
「エリーナが禁断の魔法を使っていたって?」
「本当に彼女が古代の呪文を盗んだの?」
噂は瞬く間に広がり、学生たちの間で不安と興奮が渦巻いていた。
エリーナは絶望的な面持ちで教室に向かった。廊下では、かつての友人たちさえも彼女を指さして囁きあっている。
教室に入ると、サラが勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「おはよう、エリーナ。昨晩は楽しかった? 禁書コーナーでの密会は」
エリーナは言葉を失った。彼女の頭の中で、昨夜の出来事が走馬灯のように駆け巡る。まさか、見られていたとは。
その時、校内放送が鳴り響いた。
「エリーナ・レイヴン、至急学院長室まで来るように」
教室中がざわめいた。エリーナは震える足で立ち上がり、重い足取りで学院長室へと向かった。
学院長室の前では、レオナルドとソフィアが待っていた。彼らの表情には、不安が揺らめいていた。
「大丈夫、一緒に行こう」
レオナルドが励ますように言った。
***
学院長室に入ると、そこには学院長だけでなく、数人の教職員と、見知らぬ貴族らしき人物たちが並んでいた。そして、サラも得意げな表情で立っていた。
学院長が重々しく口を開いた。
「レイヴン⋯⋯君が昨夜、禁書コーナーに不法侵入し、古代魔法の秘伝書を盗んだとの訴えがあった」
エリーナは震える声で答えた。
「違います。確かに入りましたが、盗んではいません」
「嘘をつくな!」
一人の貴族が怒鳴った。その声にエリーナは、まるで雷に打たれたかのように身を竦めた。
「証拠もある。お前の魔力増強の秘密も、そこにあったんだろう」
サラが前に出て、羊皮紙を広げた。そこには、エリーナの筆跡を模した呪文の写しと、彼女が禁書コーナーに侵入する姿を捉えたかのような絵が描かれていた。現実を切り取ったかのように模写する魔道具で描かれたものだ。
「これが証拠です。エリーナは禁断の魔法を使って、不当に力を得ていたのです」
「そんな⋯⋯嘘です⋯⋯」
エリーナの世界が、その瞬間崩れ去った。彼女の目の前で、希望の光が消えていくのを感じた。
その時、突如として扉が勢いよく開かれ、一人の男性が二人の部下を従えて部屋に踏み入った。
「失礼します」
力強く響く低音の声に、部屋中の視線が一斉に扉へと向けられた。そこに立っていたのは、漆黒の髪と鋭い金色の瞳を持つ、背の高い筋肉質な男性だった。その姿を目にした瞬間、エリーナは思わず息を呑んだ。
「リュシアンさん⋯⋯」
彼の突然の登場に、部屋中が驚きに包まれた。貴族たちの間からざわめきが起こり、サラの顔に苛立たし気な表情が浮かんだ。
「リュシアン⋯⋯」
グレゴリーは、入ってきたリュシアンに複雑な視線を投げかけた。それに応えるかのように、リュシアンは毅然とした態度で一歩前に進み出た。
「エリーナ・レイヴンの件で参りました。彼女の追放処分は撤回していただきたい」
その言葉に、貴族たちの間で動揺の波が広がった。
「エリーナ・レイヴンは、我が王国にとって極めて貴重な人材です。彼女の才能は紛れもなく本物であり、禁断の魔法など使う必要もありません」
「騎士風情がなんと生意気な! こちらには証拠があるんだぞ!」
一人の貴族が反論しようとしたが、リュシアンは威圧的な仕草で彼の言葉を遮った。
「その『証拠』こそが、巧妙に偽造されたものだと考えられます」
ソフィアも、友を守るという決意に満ちた表情で一歩前に出ると声を上げた。
「サラ・ベネットを中心に、一部の貴族が深く関与しているようです。彼らは、エリーナの類まれな才能を恐れ、彼女を排除しようと画策していたのです」
「そ、そんな⋯⋯ 嘘よ!」
サラが青ざめた顔で叫ぶように言った。リュシアンは鋭い眼差しでサラを見つめ、その視線の重さに彼女は言葉を失ったかのように口を閉ざした。
「どうなのかね? サラ・ベネット。この件に関して、君に弁明の機会を与えよう」
グレゴリーの声には、真実を暴く者の威厳が満ちていた。サラは言葉に詰まり、助けを求めるように周囲の大人たちの顔を見回した。しかし、誰も彼女に手を差し伸べようとはしなかった。
沈黙が部屋を支配する中、リュシアンは部下の一人に目配せをした。その部下は恭しく、古代の紋様が刻まれた小箱をリュシアンに差し出した。リュシアンはゆっくりとその箱を開け、中から神秘的な輝きを放つ水晶を取り出した。
「そ、それは王家に伝わる魔道具! どうしてお前ごときが!?」
リュシアンは落ち着いた様子でエリーナに向かい、水晶を差し出した。
「これは、魔力の純度を測る古代の遺物だ。エリーナ、君の魔力をこれに注いでみてくれないか」
エリーナは一瞬躊躇したが、すぐに決意を固めて水晶に手を伸ばした。彼女の指先が水晶に触れた瞬間、淡い光が彼女の手から放たれ始めた。その光は徐々に強さを増し、やがて水晶全体を包み込むほどの眩い輝きとなった。
光は更に強さを増し、部屋中を包み込むほどの眩さとなった。貴族たちは思わず目を細め、驚きの声を上げた。
「こ、これは⋯⋯」
「信じられない⋯⋯」
水晶から放たれる光は、純白で穢れのないものだった。それは、エリーナの魔力が純粋で強力なものであることを如実に物語っていた。
「これほどの純粋な魔力を持つ者は、百年に一人出るかどうかの稀有な才能の持ち主です。しかも、もし禁断の魔法を使っていれば、この水晶は黒く濁るはずです。エリーナの魔力が、いかに清浄で強力なものであるかがお分かりいただけたでしょう」
貴族たちは言葉を失い、互いの顔を見合わせた。サラは肩を落とし、項垂れていた。彼女の企みが完全に暴かれたことを、誰もが悟った。
リュシアンは厳しい表情で貴族たちを見回した。
「エリーナ・レイヴンへの処分を即刻撤回し、彼女の名誉を回復させてください。そして、この卑劣な陰謀に関わった者たちの徹底的な調査を進めるべきでしょう」
貴族たちは互いに顔を見合わせ、しぶしぶながらも同意の意を示した。サラは膝から崩れ落ち、声にならない嗚咽を漏らしはじめた。
エリーナは、まだ現実感のないまま立ち尽くしていた。これまでの苦しみ、絶望、そして突然訪れた救いの光。様々な感情が彼女の中で渦巻いていた。
リュシアンが優しく彼女の肩に手を置いた。
「よく頑張ったな、エリーナ」
その言葉に、エリーナの目から涙があふれ出た。レオナルドとソフィアが駆け寄り、彼女を抱きしめた。
学院長室を出ると、廊下には多くの学生たちが集まっていた。エリーナの無実が証明されたという噂が、既に広まめられていたのだ。
「エリーナ、おめでとう!」
「やっぱり君はすごいんだね!」
クラスメイトたちの祝福の声が響く中、手のひらを反すようなクラスメイトの反応にエリーナは複雑な思いに包まれていた。喜びと安堵、これまでの苦しみが一気に押し寄せてきた。
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