2-9 学院内の陰謀

エリーナ、レオナルド、ソフィアの三人が真相を追い始めてから二週間が過ぎていた。黄昏時の静寂に包まれた中庭の片隅で、三人は息を潜めるように顔を寄せ合っていた。夕陽に染まる空を背に、レオナルドが周囲を警戒しながら、囁くように切り出した。


「聞いてくれ。騎士団のつてを使って調べたんだが、学院の裏で暗躍している連中がいるらしい」


その言葉に、エリーナとソフィアの瞳が驚きで見開かれた。


「その連中って⋯⋯?」


エリーナの声は不安を隠せずに震えていた。


レオナルドは慎重に言葉を選び、低い声で続けた。


「まだ確実じゃないんだが、どうやら一部の貴族が絡んでいるみたいだ。それが学院の教員とも繋がっていて、学院の運営にも影響力があるようで発言権が強いらしい」


「それで、その貴族たちがエリーナを陥れようとしてるの? でも、なぜ?」


ソフィアの眉間にしわが寄った。


「そこなんだ。エリーナの才能が、なんらかの形で彼らの脅威になってるのかもしれない」


エリーナは複雑な表情を浮かべ、自分の両手をじっと見つめた。


「私に、そんな⋯⋯」


「いいえ、エリーナ」


ソフィアが優しく彼女の肩に手を置いた。


「あなたの才能は紛れもなく本物よ。私が耳にした話では、あなたの急激な成長が一部の貴族を恐れさせているみたい」


「そうだ。既存の秩序を守りたがってる連中だ。エリーナみたいな新しい才能が台頭すると、その秩序が崩れるのを恐れてる。それに⋯⋯」


彼は声をさらに落とし、周囲を再度確認してから続けた。


「誰かがその連中を煽ってるふしもある」


三人は一瞬、沈黙に包まれた。夕暮れの影が長く伸び、状況の重さを一層際立たせているようだった。


「でも、まだ決定的な証拠はないんでしょ?」


「ああ⋯⋯だが、もう少しで掴めそうなんだ」


ソフィアが思い出したように付け加えた。


「私も気になる情報があるわ。サラの周りで最近、変な動きがあるの。妙に自信たっぷりな感じ」


「サラ⋯⋯か。じゃあ、次はサラを追ってみるか」


翌日から新たな調査が始まった。朝靄の中、エリーナは緊張感を隠しながら教室に向かった。授業中、彼女はさりげなくサラの様子を窺った。確かに、サラの態度はいつもより傲慢で、時折誰かと内緒話をしているようだった。


放課後、エリーナは図書館で勉強するふりをしながら、サラの行動を追っていた。夕暮れ時、サラが普段立ち入らない書庫の奥へと向かうのを目撃する。エリーナの心臓が高鳴った。


「あそこって⋯⋯禁書コーナーじゃ⋯⋯」


息を潜めて、エリーナは慎重にサラを追跡した。薄暗い書架の間を縫うように進み、禁書コーナーの奥で、サラが誰かと密会しているのが見えた。声は聞こえなかったが、月明かりに照らされたサラの表情は満足げだった。


その夜、三人は人気のない中庭で再会し、エリーナはこの発見を報告した。


「禁書コーナーか⋯⋯」


レオナルドが顎に手を当てて考え込んだ。


「そこには強力な魔法の古い文献が納められている。許可された者しか入れないはず⋯⋯」


「サラが最近、誰かに会いに行ってるって噂よ」


月光の下、三人は情報を照らし合わせ、次の一手を考えた。レオナルドが決意を込めて言った。


「よし、明日の夜、禁書コーナーを調べてみよう。エリーナ、もし何か防御魔法があっても、君なら突破できるはずだ」


翌日の夜、三人は忍び足で図書館に潜入した。月明かりを頼りに、禁書コーナーへと向かう。古い木の匂いと、魔法の痕跡が漂う空気が彼らを包み込んだ。


「ここだ。エリーナ、頼むぞ」


エリーナは深呼吸をして、魔力を集中させた。彼女の手から淡い光が放たれ、入り口の結界が音もなく解除された。


「さすがねっ」


ソフィアが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


三人は慎重に中に入り、書棚を調べ始めた。埃っぽい空気の中、彼らの息遣いだけが聞こえる。しばらくすると、レオナルドが古びた革表紙の魔導書らしき本を見つけた。


「これは⋯⋯古代魔法の秘伝書か? しかも、最近めくられた形跡がある」


エリーナとソフィアが覗き込む。魔導書には複雑な魔法陣と解読困難な古代文字が記されていた。薄暗い中、ページからかすかな魔力の痕跡が感じられた。


「この魔導書⋯⋯何か⋯⋯」


エリーナは魅入られたようにその魔導書から視線を逸らせなくなった。その瞳には、不思議な光が宿っていた。


突然、外から足音が聞こえ、レオナルドが焦った様子で言う。


「誰かいるぞ」


三人は急いで魔導書を元の場所に戻し、禁書コーナーを出た。エリーナが素早く結界を元通りにする。息を殺しながら、彼らは図書館から脱出した。月明かりに照らされた中庭を駆け抜け、安全な場所まで走り続けた。


ようやく人気のない小路に辿り着き、三人は息を整えた。


「危なかった⋯⋯」


ソフィアが胸を撫で下ろすと、レオナルドがため息をつく。


「結局、なんの証拠も得られなかったな⋯⋯」


「そうね。でも、あの魔道書⋯⋯何故かとても気になるの」


エリーナは何か深い思考に沈んでいるようだった。


「そうだな。今夜は遅いし、明日また集まって今日の話をしよう」


三人は疲れた表情で別れた。月光に照らされた彼らの影は、長く伸びて重なり合っていた。


***


薄明かりの中、サラは禁書コーナーから忍び出た。手には何か紙が握られ、その唇には陰湿な微笑みが浮かんでいた。彼女は周囲を警戒しながら、静寂に包まれた廊下を足早に進んだ。

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