2-8 新たな友人

エリーナは図書館の奥深くにある書架の間を歩いていた。周囲の視線を避けるために、人気の少ないこの場所で勉強することが習慣になっていた。この日は彼女の腕に、通常より多くの本が抱えられていた。


「これで十分なはず⋯⋯」


サラの噂によって学院中で孤立しつつあるエリーナ。彼女は自分の潔白を証明するために、より高度な魔法の研究に没頭していた。周囲の冷たい視線に耐えながらも、彼女は諦めずに前進し続けていた。


重い本を抱えたまま曲がり角を曲がったとき、エリーナは誰かにぶつかった。本が床に散らばり、彼女は尻もちをついてしまう。


「あっ、ごめんなさい!」


「いや、こちらこそ。大丈夫か?」


優しい声に顔を上げると、見知らぬ青年が心配そうに彼女を見下ろしていた。茶色の髪と青い瞳、高身長で魅力的な容姿の持ち主だった。彼は笑顔でエリーナに手を差し伸べた。


「僕はレオナルド・アシュフォード。君は⋯⋯エリーナ・レイヴンだね?」


「え? 私のことを知っているんですか?」


「ああ、君のうわさは有名だからね。でも⋯⋯」


彼は周囲を見回してから、声を落として続けた。


「僕は、そのうわさを信じていないんだ」


エリーナは思わず息を呑んだ。久しぶりに、彼女に好意的な態度を示す人物に出会ったのだ。


「あ、ありがとうございます⋯⋯」


彼女は感謝の言葉を絞り出した。レオナルドは床に散らばった本を拾い始めた。


「随分と難しそうな本ばかりだね。これは⋯⋯上級魔法理論? すごいな」


エリーナは少し恥ずかしそうに頷いた。


「はい。もっと強くなりたいんです」


「なるほど。良かったら、一緒に勉強しないか? 実は僕も魔法理論に興味があって⋯⋯」


エリーナは一瞬躊躇したが、レオナルドの誠実そうな瞳を見て決心した。


「はい、ぜひ」


その日から、エリーナとレオナルドは図書館で一緒に勉強するようになった。レオナルドは騎士団に所属することが決まっており、学院では魔法の研究も行っている優秀な若者だった。彼の知識と経験は、エリーナの学びに大いに役立った。


「エリーナ、この呪文の詠唱方法が少し違うよ。こうすると、魔力の流れがもっとスムーズになる」


エリーナは熱心にレオナルドの助言に耳を傾けた。彼の指導のおかげで、彼女の魔法スキルは日に日に向上していった。


しかし、二人の親密な様子は、サラの目にも留まった。

ある日、サラは廊下でレオナルドを呼び止めた。


「ちょっと、アシュフォード。エリーナと仲良くしてるみたいね」


「ああ、彼女は素晴らしい才能の持ち主だ。一緒に勉強するのは楽しいよ」


冷静に答えたレオナルドに、サラは目を細めた。


「そう⋯⋯でも、彼女が禁断の魔法を使っているって知ってる? あなたまで巻き込まれたら大変よ」


「その噂か。僕は信じないね。根拠のない噂を広めるのは良くないと思うよ」


サラは一瞬、動揺したように見えたが、すぐに取り繕った。


「あら、私はただ心配しただけよ。気をつけてね」


そう言って去っていくサラを、レオナルドは疑わしげな目で見送った。


翌日、彼はエリーナに声をかけた。


「エリーナ、少し話があるんだ。今の状況について、もっと詳しく聞かせてくれないか?」


エリーナは少し躊躇したが、レオナルドの真剣な表情に、すべてを打ち明けることにした。彼女は、サラとの確執や、突然広まった噂、そしてそれによって味わっている苦境について語った。


レオナルドは真剣に聞き入り、時折質問を投げかけた。


「なるほど⋯⋯これは単なる噂の域を超えているな。組織的な妨害とも言えるかもしれない」


「組織的な⋯⋯ですか?」


「ああ。これだけの規模で噂を広めるには、相当な影響力が必要だ。サラ一人の力では難しいはずだ」


エリーナは考え込んだ。確かに、サラは影響力のある貴族の娘だったが、学院全体を動かすほどの力があるとは思えなかった。


「でも、誰がサラを後ろから操っているんでしょうか⋯⋯」


「それを突き止めよう。エリーナ、君の無実を証明するには、この陰謀の全容を暴く必要がある」


「でも⋯⋯どうやって?」


「まず、情報収集だ。僕には騎士団での人脈がある。学院の裏側で何が起きているのか、調査できるはずだ。君は引き続き、魔法の研究に専念してくれ。ソフィア嬢にも協力を仰ごう。彼女は学院内での情報収集に長けているはずだ」


エリーナは希望の光を見出したように、目を輝かせた。


「本当ですか? 協力してくれるんですね」


「もちろんさ。君の才能と努力を、こんな陰謀で潰させるわけにはいかない」


その日から、エリーナ、レオナルド、ソフィアの三人は密かに協力して、真相究明に乗り出した。レオナルドは騎士団の情報網を使って、学院の裏で動く勢力の調査を始めた。ソフィアは学生たちの間で交わされる噂や情報を丹念に集めた。そしてエリーナは、自身の魔法研究に励みながら、二人の調査をサポートした。


しかし、彼らの動きは完全には隠せなかった。サラは三人の様子を疑わしげに見つめていた。


「あの田舎娘、まだ諦めてないみたいね⋯⋯でも、もう手遅れよ。誰も彼女を信じちゃいない」


だが、サラの自信に反して、エリーナたちの調査は着実に進んでいた。レオナルドは、学院の一部の教職員が不自然な動きをしていることを突き止めた。ソフィアは、噂の出所が意図的に操作されていたことを示す証拠を集めていた。


「もう少しで何かに辿り着けそうだ。でも、まだ決定的な証拠が足りない」


「そうね。私たちが今まで集めた情報を整理してみると、確かに不自然な動きがあるわ。でも、それが何を意味しているのかまではまだ分からない」


レオナルドは手元の資料を示しながら説明を加えた。


「幾人かの教職員の行動が気になるんだ。特に、毎週決まった時間に学院の裏門から出て行く者がいる。でも、誰なのかまではまだ特定できていない」


「その人物が鍵を握っているかもしれないわね。でも、どうやって正体を突き止めればいいの?」


「そこが問題よ。監視を続ければいずれ分かるかもしれないけど、それには時間がかかるわ」


「誰が私は陥れようとしているのか真実を知りたい。でも、焦って間違いを犯すわけにはいかないわね」


三人は互いに頷き合った。真実はまだ霧の中にあったが、少しずつその輪郭が見えてきていた。

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