1-3 家族からの迫害

アリスの叫び声が屋敷中に響き渡る中、エリーナは震える手で庭の道具を握りしめていた。

数分後、ロバートとカタリナが慌ただしく庭に駆け込んできた。


「どうしたというのだ、アリス?」


ロバートが息を切らせながら尋ねる。

アリスは興奮した様子で父親の袖を引っ張りながら叫んだ。


「お父様! お姉様が魔法を使っていたのです!」


ロバートとカタリナの目が一斉にエリーナに向けられた。その視線に、エリーナは思わず体を縮こませた。


「エリーナ、本当か?」


「は⋯⋯はい、お父様。少しだけ⋯⋯魔法が使えるようになりました」


一瞬の沈黙の後、予想外の反応が返ってきた。


「はっ!」


ロバートが嘲るような大きな声で笑い出した。


「お前が? 魔法だと? 冗談はよせ」


「でも、本当なんです! この目で見たんです! お姉様が雑草を魔法で抜いて⋯⋯私でもまだ光らせるくらいしかできないのに!!」


「もういい」


ロバートが言葉を遮るように手を上げ、アリスを制した。


「エリーナ、お前はこれからもっと厳しく仕事をするんだ。そんな戯言を言う暇があるなら、もっと真面目に働け」


「でも⋯⋯」


エリーナが小さな声で抗議しようとしたが、カタリナの冷たい視線に遮られた。


「黙りなさい。自分の分際をわきまえなさい」


エリーナは俯いた。胸の中で何かが締め付けられるような痛みを感じた。


その夜から、エリーナの生活は更に厳しいものとなった。

朝は今まで以上に早く起こされ、夜遅くまで働かされる。

休憩時間も減らされ、食事の量も制限された。


「魔法使いさまは、こんなくだらない仕事は退屈でしょう?」


ヴィクターが意地悪く言い、エリーナの手から雑巾を奪い取ると、床に投げ捨てた。


「さあ、魔法で綺麗にしてみろよ」


エリーナは黙って雑巾を拾い上げ、床に膝を突くと手で拭き始めた。


アリスも、以前にも増してエリーナにひどく当たるようになった。


「ねえ、お姉様。私の服を魔法で洗って? できないの? やっぱり嘘だったんでしょ? ねぇ! 魔法が使えるなんて本当は嘘なんでしょ!?」


必死な顔で詰めるように言うアリスに、エリーナは黙って頭を下げ、手洗いで服を洗い始めた。


夜、疲れ果てて自分の部屋に戻ったエリーナは、小さくすすり泣いた。


エリーナは家族に詰られるたびに、魔法を使うことを考えた。

けれど、もし更にひどい仕打ちを受けるようになったら、と考えると体が震え使うことができなかった。


(なぜ⋯⋯なぜ誰も信じてくれないの)


エリーナは自分の手のひらを見つめた。そこに小さな光の玉を浮かべる。確かに、この力は実在する。でも、家族は誰一人としてそれを認めようとしない。


数日後、エリーナが廊下の掃除をしていると、ヴィクターが近づいてきた。


「おい、魔法使いさま。暇そうだな。ちょっとこっちに来い」


エリーナは恐る恐るヴィクターについていった。彼は書斎に入り、大きな本棚を指さした。


「ほら、この本棚を片付けろ。全部の本を取り出して、埃を払って、名前順に並べ直せ」


エリーナは愕然とした。書斎には天井まで届く巨大な本棚が何本もあり、そこには何百冊もの本が詰まっていた。


「で、できるだけ早く⋯」


「3時間だ」


ヴィクターが冷酷に言い放つ。


「3時間以内に終わらせろ。終わらなかったら、今晩の食事抜きだ」


そう言い残して、ヴィクターは部屋を出て行った。


エリーナは絶望的な気分で本棚を見上げた。通常のやり方では、とても3時間では終わらない量の仕事だ。


(どうしよう⋯⋯)


迷った末、エリーナは魔法を使わずに作業を始めることにした。必死に本を取り出し、埃を払い、並べ直していく。


時間が過ぎていく。エリーナの額には汗が滲み、腕は重く感じられた。しかし、作業は遅々として進まない。


残り30分。

残り15分。

残り5分。


「時間切れだ」


ヴィクターが再び部屋に入ってきた。

彼は自分の目論見通りに行ったようで満足げに微笑んでいる。


「やれやれ、まだ半分も終わっていないじゃないか」


エリーナは震える手で本を握りしめたまま、うつむいた。


「言った通り、今晩の食事はなしだ。明日の朝までに終わらせておけよ」


ヴィクターは高笑いしながら部屋を出て行った。


エリーナはその場に崩れ落ちた。敗北感と空腹と疲労で体が震える。


(もう⋯⋯限界)


そう思った瞬間、エリーナの中で何かが壊れたような気がした。


「もういいわ」


エリーナは立ち上がり、両手を広げた。目を閉じ、深く呼吸する。


「隠す必要なんてない」


目を開けると、エリーナの両手から柔らかな光が溢れ出した。その光は徐々に強くなり、部屋全体を包み込んでいく。


本が次々と宙に浮かび上がり、埃が払われ、名前順に並び始めた。


エリーナは微笑んだ。この力こそが、彼女の本当の姿だ。もう隠す必要はない。


数分後、全ての本が完璧に整理され、本棚に収まった。部屋は埃一つなく、ピカピカに磨かれていた。


エリーナは深呼吸をした。これで、エリーナが確実に魔法が使えることがわかってしまうだろう。

もう家族にどう思われたって⋯⋯でも⋯⋯。心にカタリナの顔が浮かんだ。


「なっ⋯⋯何てことを!」


突然の叫び声に、エリーナは驚いて振り向いた。そこには、目を見開いたカタリナが立っていた。


「あなた⋯⋯本当に魔法を⋯⋯」


カタリナの声が震えている。エリーナは覚悟を決めて一歩前に出た。


「はい、お母様。私には魔法の才能があります。もう隠しません」


カタリナは一瞬黙り込んだ後、急に走り出した。


「ロバート! ロバート!」


エリーナは深く息を吐いた。もう後戻りはできない。これからどうなるにせよ、彼女は自分の力を受け入れる決意をした。


数分後、ロバートがカタリナと共に書斎に駆け込んできた。彼らの後ろには、好奇と恐怖が入り混じった表情のヴィクターとアリスの姿もあった。


「エリーナ」


ロバートの声は低く、こちらを威圧するような響きを帯びていた。


「説明しろ」


エリーナは背筋を伸ばし、家族全員の目を見つめた。


「私には魔法の才能があります。もう隠すつもりはありません」


部屋に重苦しい沈黙が流れた。

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