第8話 期待と失望

体の熱も冷めてきたころ、聖のサーブが予想以上にブレてアウトになった。聖は相手を敵とみて全国大会と同じ熱量でサーブを打っていた。おそらく、今まで退屈だった試合が続き、無意識に手加減していたんだろう。選抜の時、格下に本気を出して蹂躙するよりも手を抜いて楽しむバレーをする方がやる気が出ると語っていた。中三になって相手が同学年以下しかいなくなったことで、同格以上が生まれづらい環境だったからな。とはいえだ、敵と認識したからといって、相手がそれに対応できるかは戦った後しかわからない。実際に聖の眼は曇り始めている。大方、加減を間違えたと後悔しているんだろう。現在の得点は15対6。三点連続から根津小次郎以外は見なくなっていたが、五点連続の時溜息をついていたからもしかしたらわざと外したかもしれないな。聖ならブレ玉の方向を操作することだってできるだろう


「ごめん、外した。まぁいいでしょ、つぎいこ」


「聖様…このセット、どうしますか?打ちますか?」


「…いや、打つよ、ただ僕の時はそんなに考えなくていいよ。このセットは対策しないでも勝てる。みんなも、このセット試したい技とかがあったら試していいよ、あの士気なら僕だけでも勝てる。勝負は次のセットだと思ってて」


そういった後、俺にも目線を送ってきたので大きな声でわかった!と叫んだ。他のメンバーもその言葉に頷いてからチームメンバーと話し合っていたから俺も聖と何をしたいか考えておこう

相手のサーバーは高校で初めて県大会に出たレベル。…警戒はしないでいいな


五点連続サービスエース、聖の呆れたような様子、月天チームの明らかな格下評価。それらに調子を崩されたのかネットを超えられず、こちらの点数となった。ローテが回る。このローテは、前衛に黄金、智、大と攻撃力に不安の残るローテだ、俺たちの課題はこのローテを長引かせないこと。まぁ剛も聖もバックはできるし十点差はついている。このローテを乗り切れればされでいい


「頑張ってね、ワンちゃん。ここであの人と同じことはしないでね」


「おまえ…大声でいうのは性格悪いぞ。あとワンちゃんって…まぁいいや五年も言ってるのにきかねぇし」


「リベロは性格悪くてなんぼでしょ~」


剛は深呼吸をしてからボールを構える。あいつのサーブは力強くて正面に入っていても力負けしてボールがチャンスとして帰ってしまうことがよくある。だが失敗したらそれほどのサーブが味方に飛んでいくということだ。みな、こいつが打つ時は後頭部を守ったり、聖にいたっては完全にしゃがみ込んで相手コートに背を向け、剛のサーブを眺めている。聖が崩れたらそこを埋める人間がいないからだろうがそれにしても大胆な行動だな


剛のサーブ、相手リベロへ飛んでいき正面に入りはしたが大きく跳ね上がってチャンスボールで帰ってきた。帰ってきたボールに猫田が入って…いや智が下に入った。そのまま攻撃につなげるのか?あげたのはライト、聖はアタックラインから前に飛び、ボールに合わせた。ブロックは二枚セッターはクロスを守っている。聖は左手を後ろにやったまま飛んでいたが、空中で水泳のクロールをするように右手を構えて、右手で打った。即席でやったからか少したたき遅れたみたいだが、ブロックにかすってタッチアウト。聖はチームメンバーに囲まれた。何も言わずにやったようで左手で打たなかったから驚いた、とみんなに言われていた。相手チームは目の前で起こったことを処理しきれずに止まっていた。根津小次郎はボールを拾ってから、チームに声をかけていたが顔は沈んだままだ

聖は、メンバーにもまれながらその様子を冷たい目で見つめていた。その様子に気づけたのは俺しかいないだろうが


もう一度、剛のサーブ。相手監督もスコアボードと目の前の様子をメモしているからこのセットは捨てるつもりなんだろうか。さて観察もほどほどに、冷えてしまった体を軽く動かす。今の聖は思ったより機嫌が悪い。きっと些細なミスでも俺の評価を下げるだろう、この状況でミスをせずに戦って何とか評価を維持することだけ考えないと、俺は聖の中で一番でいたいからな

笛が鳴って打球音が響く、かなり荒々しい球だ。この様子ならすぐに出れるかもしれない

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