第3話 自分たちのできること


用意されていた服に着替える。着心地もよくサイズもピッタリで怖いくらいだ。まぁそれは御曹司パワーということにしておこう。どうやらバレー用具を持ってきていないのは僕だけだったようで他の6人はウォーミングアップを始めていた。僕も軽く準備体操をしてからコートを三周する。ウォーミングアップをしてから走る人もいるが僕はこっちの方が好みだ。だって走ってからの方がこれから運動するんだって気持ちが入る気がする。みんなの方をチラ見しても各々違うウォーミングアップをしていて面白い。それぞれの中学らしいやり方だな。僕のところは僕のワンマンチームだったから先生も僕に対して指示はしなかった。僕が聞いたら答える。そんな感じだったからうちの中学にはみんな揃って準備体操したらあとは各々という形だった。中学の時は自分のことに必死で周りのことは見れていなかったけど、こうして見ると案外面白いものだな。次の大会からは見てみようか

皆ある程度動き終わったのを確認してから智に集合する


「今日はそれぞれが何ができるのかどこまで守れるのか、それらを試すためにくじ引きで3人グループを2つ作ります。余った人は審判です。3点先取デュースなし。いいですね?では皆さん一斉にどうぞ」


「インアウト判定については今回のみ音で出ることになってる。明日からはスクリーンに映像が出るようにするから音で判断してくれ」


筒に入った棒を全員でつかみ一斉に引く。僕は審判だな。チーム分けを見ると紅チーム智、蓮、大。白チーム黄金、剛、平八だな。くじ引きとはいえ結構面白い別れ方したな。セッターとミドルブロッカー、リベロとウィングスパイカーとは、セッターとリベロが逆だったら矛と盾だったけど、バランス的にはこっちの方がいいのかな?

笛を受け取り3分間の作戦タイムを挟む。コイントスの結果は白のサーブ権。白チームは1点目を黄金のサーブで取りに行くつもりだろうが紅チームはどう攻略するか。3人レシーブか、2人レシーブか。蓮は僕との戦いでレシーブ力を鍛え続けてきたから並のリベロと同じレベルのレシーブは出来ると思う。大は大きな身体で正面に回り込むのは上手いがコントロールには不安が残る。さて、どう出るか


「3分終了。準備はいい?」


静寂の体育館に響く返事、うん、素晴らしい


東本 智 175cm

鳴瀬 蓮 189cm

陰影 大 201cm


財前 黄金 186cm

犬塚 剛 187cm

猫田 平八 164cm


腕をピンと伸ばし笛を鳴らす。さて、楽しもうか


雑音がないからか声が出ているかいないのかすぐに分かる。紅チームは3人レシーブ。黄金が狙うのは…大。ボールは上がるが智は少し動かされる。大も崩れてるし打てるのは蓮のみ、ブロックは2人。ライト側を詰めてレフト側をネコに任せるってことだ

蓮の選択は…フェイント!上手くブロックの奥に落とす。だがそこに滑り込む剛。剛は動き出しが非常に早い。反射で動ける選手だ。だからこそこのボールもあげられたのだろう。だが二段トスとなったこのボールをチャンスで返すか打ちに行くか。ネコはライトに上げ、黄金がクロスを打つ。力が乗り切らず、蓮が大の前に入る形でAパス。そのまま2人は助走に入る。白は2人が智の前で待つ形で応対。智が選んだのは大。200の壁、ブロックが入るが上から打つ形となりコートに落ち、1点。


ピピーッ


壁に埋め込められているスピーカーから音が鳴る。その音を聞いてから、笛を鳴らす。そして人差し指を立てた状態で腕を伸ばして待つ。

白、紅ともに円陣を組む


「ナイス!大!もう一本!頼むぞ」


「あ、ありがとう。サーブ…」


「お二人から選んだ方がよろしいかと」


「そうだな。なら大が決めたことだし、どうぞ」


「うぇ!?わ、わかった…どこが狙い目とかある?」


「ネコさん以外ならどこでも」


紅は少し話し合ったあと、大がボールを受け取りエンドラインに走っていく。大のサーブは確かジャンプフローター、伸びるタイプのサーブだったはず

大とのアイコンタクトを済まして、笛を鳴らす。飛んでいく方向は…サイドラインと黄金の間。黄金は動かず判定は…


ビビー


さっきの音はピピーッだったかな…?わかんないな…


「えーとさっきと音が違うけどアウトってことでいい?」


「あぁこの音はアウトだね。分かりづらいのなら変えさせるが」


「了解。とりあえず1対1ね。音変えようか、もっと180度違うくらいのに」


「高木!何種類か音を出してくれ!」


高木さんが放送室に入っていき何らかの操作をする。色々な音があり、時々なぜ入れたのか分からない音が混じっていたが、わかりやすいのは犬と猫の鳴き声ということになりインは猫、アウトは犬の鳴き声になった


「なーんか嫌な気分になるな」


「テキトーなレシーブ直してからいってくーださい」


「バレーは上がりゃいいんだよ」


「お経の音は誰が入れたんだ…?僕入れてないのだけれど」


白にボールを渡してからポールのそばに戻る。戦いとは関係の無い会話に少し笑みがこぼれる。しかし言葉とは裏腹に瞳は相手チームを睨んでいた。気合十分。剛がボールを持ちエンドラインへと歩いていく。剛のサーブはスパイクサーブ。己の筋肉をフル活用してボールに力を全て乗せて打ったサーブは球速110をマークしたこともある。さて紅チームは…智を定位置に、2人でレシーブするつもりだ。恐らくパワーにおいては黄金以上のサーバーである剛に対して上がればすぐ攻撃、という状況を作り出したいからだろう。上がれば上々、元々サーブレシーブには参加していない者たちだ、経験も少ない。

アイコンタクトのあと笛を鳴らす。深呼吸したあと飛び上がる。打ち抜く時ボールが破裂したような音が響いた


「やべ!?」


その声とともに蓮の正面に飛んでいく

そのボールを綺麗に返す蓮。智はゆっくりと腕を伸ばしトスを……あげない!左手でネットを少し擦るような高さでボールをあげ、前に落とす。2連続フェイントは予測していなかったようで、レフトとセンターで蓮と大を睨んでいた黄金と剛を嘲笑うようにボールは落ちていく

僕は少し息を吸った

だがそこ滑り込むネコ。フワッと上がったボールは黄金の少し後ろまで上がる。そのボールを剛にセットし剛が打つ。紅チームのブロックは大のみ、蓮はレシーブも上手いし2人で迎え撃つつもりだろう。大のブロックを剛が越えられるとは思えないが…

爆音が響き大の腕が吹き飛ばされる。蓮も追いかけるが落ちる


ワンッワンッ


笛を鳴らし腕を伸ばす。あのスパイクは流石剛と言うべきか大の腕を吹き飛ばす勢いとは…


「フー危ねぇ危ねぇ、リカバリーできたかな〜」


「君は相変わらずいい加減だね」


「力いっぱい叩くしか脳がないバカだからね」


「あ?なんだと?てめぇ…」


「やーん乱暴やめて〜」


「ほら小競り合いはよしてくれ。もう1発頼むよ」


「おうとも!」


剛はエンドラインまで走る。紅チームは智を下げて大の守備範囲を狭める形で対応。コントロールはあまり良くない剛に対して確実に上がる形でということだろう。大のクイックにも繋げられるし

笛を鳴らす。剛のサーブは智の方へ飛んでいく。セッターを潰す算段か智が何とか上げ大がボールの下に潜り込む。ボールを丁寧にセット。蓮が打ち込む。2つのブロックを弾くように打ち込み犬の声が響く。ブロックアウト2対2紅ボール。蓮がサーブに入るらしい。相手のブロックをよく見て打つ。色々と器用なことができるようになったな。蓮と初めて戦った時はストレートしか無かったのに。成長したなぁ


「技ありスパイク。流石ですね」


「ナイサー蓮くん!」


「サンキュ、ラスト1本!行くぞ!」


腕を伸ばして待つ。蓮からのアイコンタクトを受け取って笛を鳴らす。蓮が打ったのは剛とネコの間。どうやらネコに取らせてスパイカーを絞るのとあわよくば剛を崩すつもりだろうがここは剛が避けてネコが優しいボールをあげる。ここの2人は県は違えど同じクラブに所属していて長年の信頼関係がある。黄金がセットして剛が打つ。大のブロックはドシャット!ネコが拾って仕切り直し。また黄金がセットして剛が打つ。今度は大の手のひらに当たってボールがライト方向に跳ね上がるが、その下に素早く智が潜り込み蓮の元にボールをセット。蓮はサイドラインギリギリに打ち込みネコも手を伸ばすが届かない。僕も見てたけどはっきりとは言いきれない位置だった。カメラの判定は……猫


「よし!」


「や、やった…良かった」


「フゥー」


と紅チームからは喜びと安堵の声が聞こえ、白チームからは


「うっわ、最悪、ごめん。届かなかった」


「いや、俺のミスがめちゃくちゃあったわ。流れもつかめなかったし上げてくれたのに、すまん」


「セッターは本職ではないから仕方ない…とは言えないな。サーブで取れていたらもう少し余裕があった」


と、反省点を話し合う声が聞こえてきた。転がって行ったボールを高木さんから受け取り紅チームのコートに集まり改善点を話し合った。今回のような試合は週1で行い、それ以外の日はここで見つかった問題点などを詰めていく時間にするらしい。僕は動き足りないのでバレーボールマシンを使ってレシーブ練習や筋トレをしていた。外が暗くなってきた頃、蓮に止められて話し合いの内容を教えてもらった。その結果、大とネコはレシーブ力の向上、剛はコントロール面、蓮、智、黄金は総合的に高めていくと決め今日のところは解散する事にしたらしい


「フー遊んでたらもう6時か、ここから帰るとなると7時は超えるな…」


「車を出すからバスルームに来ないか?ここ全員が入れる程度の浴槽はある」


「うぉー!いいなそれ!」


「さいっこー!早く行こーよ!制服で帰ればいいしー!」


剛とネコは壁の傍に置いてある自分のカバンを手に取りバスルームへと走っていった


「で、でもなんで?シャワールームなら分かるけど…」


「私が頼んだんです。いずれここで合宿もしようと思っていまして」


大がカバンに荷物を詰めながら黄金に聞いた。その質問に智が答え、3人もバスルームへと向かっていった


「なるほどな、下見も兼ねて行こうか。聖、カバン持つぞ」


「ん?あ、ありがと蓮。君の荷物は大丈夫なの?」


「俺は大したもんは入ってない。入学式だしな」


その後銭湯でも見ないレベルの大きな風呂に入り、ネコが泳いで剛がそれを追いかけるという面白い事が起こった。

これから毎日これを見ることになるとは思ってもみなかったが、まぁいいだろう


智の話では来週に近所にある県大会常連校とこの体育館で練習試合をするらしい。蓮いわく僕が覚えているほど印象に残った選手は居ないと言っていた。ただ県大会常連というとこはそれなりの戦略もあるだろう。楽しみに待っていよう




選手情報メモ


東本 トウホン サトシ

15歳 175cm 右利き

ポジションはセッター

紫がかった黒髪のマッシュで紫色の瞳を持つ。


東京のベストセッターで都道府県対抗戦でも正セッターを務めていた。生神聖と戦った時に聖の多種多様な戦い方に見惚れて、少し強引に高校でのバレーボールを続けさせた

智が組み立てる戦略には定評がある

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