3日目④
「はじめっ!」
司会者の合図。先に動いたのは、ジェソーンだった。
巨体に似つかぬ素早さで、大鉈を燈に向けて振るう。鋭い攻撃だが、燈は見切っていた。回避と同時に、返しの左拳。しかし、当たらない。高速で動く燈とジェソーンは互いに攻撃を交えつつも、相手の攻撃を一切被弾することはない。
一O秒ほどの攻防の後、両者はいったん距離を取った。
芸術的なまでのせめぎ合い。場内は静まり返り――示し合わせたように観客の歓声が爆発した。
「い、息もつかせぬ攻防、これこそ王座決定戦! ローレスハウズ最強を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた!」
司会者も興奮を隠せない様子。あんなものを見せられれば無理もない。
ジェソーンが魔法陣を展開。そのまま、遠距離から大鉈を振るう。何の意味があるのかと思っていたが、燈が回避行動を取る。
燈の右腕の皮膚が、わずかに切り裂かれ、血が流れる。
「あれは……風か!」
エキドナはジェソーンの技を理解しているようだった。
「風……? 風がどうした」
「鎌鼬というやつじゃ! 威力は決して高くないが、あれは厄介じゃぞ」
ジェソーンの鎌鼬が、燈へと殺到する。燈は獣のごとき俊敏性で回避し、少しずつ敵との距離を詰めていく。しかし、近づけば近づくほど回避は困難になり、燈の肌に切り傷が刻まれていく。それでも致命傷はもらわないあたりはさすがだ。
ある程度距離を詰めたところで、燈は直線的な動きに切り替えた。一気に彼我の距離をOにする。そのまま右ストレートを繰り出すが、ジェソーンを捉えることはなかった。
ジェソーンは先ほどまでとは一線を画する速度で、燈から距離を離していた。
そして再び鎌鼬による遠距離からの攻めが開始される。
「今のは何だ? さすがに速すぎるぞ」
「風を扱うならば、それを利用した高速移動なんかはお手の物じゃろうな」
魔法に精通しているエキドナが解説してくれる。あの巨体であれだけ動けるのは反則だろ。
ジェソーンの一方的な攻めが続く。遠距離からの鎌鼬はいつまでも避け続けることはできないだろうし、近づこうとしても鎌鼬の連射を越えて、あの速度を捉えるのは至難の技だ。
「コラー! アカリ、何をやっとるか。このままじゃ破産じゃぞ破産。もっと気張らぬか!」
エキドナが野次を飛ばす。燈もこいつにだけは言われたくないだろう。
熾烈な戦いの中、燈が微笑んだ。
「いいね……戦いってのはこうでなきゃ!」
燈の身体が光を纏う。マリナ戦で使用した、身体能力を数倍に引き上げるという秋吉拳という技だろう。絶え間なく迫る鎌鼬を高速で大きく動き、強引に回避する。
先ほどまでとは違い、燈は一切被弾していない。それどころか、少しずつ燈の速度が上がっていくのがわかる。近くで見ているジェソーンからすれば、目で追うことすらやっとだろう。
燈が肉薄する。今度こそ、燈の右拳がジェソーンに届いた。さすがに巨体ゆえ、ジェソーンを沈ませることはできないが、確実にダメージは入っている。
ジェソーンは今のままではまずいと判断したのか、遠間からの攻めを捨て、接近戦に移行する。
風を補助としたジェソーンの速度は確かにすごいのだが、際限なく速度を増していく燈には届かない。
燈の拳打が、次々とジェソーンに叩き込まれる。その様はさながら、風を飲み込む嵐のごとく。
「な、なんじゃ……あやつ、ここまで強かったのか?」
エキドナが瞠目している。しかし、俺からすれば別段意外なことでもない。
「いつだって期待に応えるのが、秋吉燈という人間だよ」
懐に潜り込んだ燈が、寸勁改め龍咬砲を放つ。まさに必殺技と言える威力だが、ジェソーンは耐えてみせた。
「コーホー!」
ジェソーンが大鉈を横に薙ぎ、燈がそれを回避して距離を置く間を利用して、腰からもう一本の大鉈を取り出した。
再び魔法陣を展開。ジェソーンが大きく両手の大鉈を振るうと、巨大な竜巻が発生した。
「こ、これはすさまじい! 竜巻の発生方向のお客様は早めに逃げてくださいねー!」
司会者は巻き込まれないように、脇の方へそそくさと逃げていく。
唸りを上げて迫る竜巻に向かって、燈は自ら飛び込んだ。
あまりにも無謀。竜巻に飛び込んで無事でいられるわけはない。ただし、それは常人の発想だ。
竜巻の中から、光。どんどんその輝きが強くなる。
「はあっ!」
気合一閃。竜巻を消し飛ばし、燈が姿を見せる。
大技を放って疲労が見えるジェソーンへと突き進み、その腹部へ真っ直ぐに蹴りをぶち込んだ。
巨体が宙を舞い、闘技場の壁に激突。ずるずると落ちていき、そのまま沈んだ。
「け、決着ー! 無敗のまま邁進するジェソーンを下し、史上最大級の戦いを制したのは、挑戦者トウドウ・アカリ! ここに新たな王者が誕生だー!」
司会者、そして観客たちの大歓声が勝ち鬨のごとく湧き上がる。誰もが、燈とジェソーンの一戦に心打たれていた。
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