3日目③

「んじゃ、そろそろ行ってくるよ」


 出番まであと一試合というところまで来たところで、燈が出場のために観戦席を外す。


「絶対に勝つのじゃぞ! 儂の安寧はお主の手に委ねられたのじゃ」

「ごめん、今エキドナに言われるとちょっとやる気なくなっちゃうわ」

「なんでじゃ!?」


 それはもう、この事態を引き起こした諸悪の根源だからだろう。燈は「冗談冗談」と言っているが、目は笑っていない。

 いわゆるセミファイナルの試合も終わり、ついに俺たちの命運を賭けた試合は目前まで迫ってきた。


「さて、皆さんお待たせしました! ついに本日の最終試合! 昨日闘技場を沸かせた期待の新鋭トウドウ・アカリが、我らがチャンピオンと雌雄を決する! いや、雌雄は決まっているのだが、そういうことではなーい!」


 司会者がノリノリで場を盛り立てる。あの舌の滑りは大したものだ。

 燈が俺の苗字を名乗っているのは、一応身バレ対策だ。竜胆と同じ苗字を名乗っていることで、大騒ぎになる可能性も考慮した。別に俺の苗字である必要はないのだが。

 選手の入場口は一つだけで、これまでは戦う二人が同時に入場して来ていたのだが、今回は燈が一人で入場してきた。


「対戦相手はどうしたのじゃ?」

「チャンピオンは遅れて登場するんだろ。雰囲気づくりってやつだよ」

「そういうものかのぅ」


 俺とエキドナが見守る中、燈は観客へ向けて手を振っている。武闘派美少女という肩書はやはり強く、これまでの闘志たちへの歓声とは明らかに音量が違う。チャンピオンへの挑戦者ということも影響してそうだが、それを込みでもすごい人気だ。


「倍率は3.5倍か……まあ、文句は言ってられないな」


 手元の紙券に視線を落とす。燈のスター性は少なからず悪い方向に作用しているだろう。それでも、借りた一万ゴルドを返して余りある配当金になる。


「おや、あなたは」


 知らない人に声をかけられたかと思ったが、見知った顔だった。


「マリオさん……ですよね?」

「ええ、マリクではなくマリオです」


 何度見ても似ている。これで赤の他人というのが信じられない。

 マリオは「せっかくなので」と、俺たちの横に陣取る。仲が良いわけでもないが、闘技場について教えてもらった恩もあり、嫌がる理由はない。


 司会者が燈に近づき、インタビューを開始する。


「さあ、トウドウ選手。今日の調子はいかがですか?」

「へのつっぱりはいらんですよ」

「おーっと! 言葉の意味は良くわからないが、とにかくすごい自信だ!」


 共感性羞恥というやつで、俺の方が恥ずかしくなってくる。エキドナが「あれどういう意味じゃ?」とか尋ねてくるので「知らん」とだけ返しておく。

 燈の受け答えはともかく、わざわざ拡声用の水晶なんて使うのはこういったマイクパフォーマンスで場を温める役割もあるのだろう。興行として、よくできている。


「続いて、この闘技場の主! 一OO戦無敗の絶対王者の入場だー!」


 司会者の案内に合わせ、入場口からチャンピオンが現れる。

 これまでに異世界の屈強な戦士は何人も見てきたが、随一と言って差し支えない巨体。筋肉に苛められているピチピチのシャツは、黒みがかった赤に塗れている。手には大鉈を武器として携えている。そして何より目を引くのは、表情を覆い隠す白いホッケーマスク――。


「いや、あれはダメでしょ。完全に公共の場に出て来ちゃいけない見た目してますよ。筋肉で障害越えてくるタイプのシリアルキラーじゃん」

「おやっ、チャンピオンをご覧になるのははじめてですか? 彼はジェソーンくん。見ての通り、気の良い男です」

 

 マリオは平然としている。彼にはいったい何が見えているのだろう。


「あれはどう見ても、十数人じゃ済まない数の人を手にかけてますよ。何ですか、あのシャツ? 返り血で真っ赤じゃないですか」

「彼は肉屋ですから。解体してからここへ足を運んだのでしょう」

「肉屋? 処刑人の間違いじゃなくて?」

「人を見た目で判断してはいけません。彼はこのローレスハウズ屈指の良識者として有名なんですよ」

「それであの見た目にはならないでしょ。

神様がキャラメイクミスったんですか?」


 見た目が九Oパーセントって言葉の意味を本当の意味で理解した気がする。

 司会者がジェソーンに近づいていき、燈のときのようにインタビューを行う。


「チャンピオン、ジェソーン選手! 今回の相手は一味違いますが、王者としての抱負を聞かせてください!」

「コーホー」

「おおっ! やる気十分ですね!」


 司会者は俺には聞き取れない何かを聞き取っていた。どう考えても俺の方が正常なはずなのだが、少し不安になってきた。


 燈とジェソーンが向かい合う。体格差は圧倒的で、大人と子供以上の差がある。体格差など物ともしない燈だが、巨体はそれだけで大きなアドバンテージであるのも事実だ。

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