3日目①

 異世界にやってきて三日目の朝。昨日と違い、快眠できたのですこぶる良い目覚めだ。


「ふわあぁ……おはよ」


 隣の燈も目覚め、寝ぼけ眼を擦っていた。俺も「おはよう」と朝の挨拶を返す。

 寝相の悪さは発揮しなかったようで、燈はちゃんと寝袋の中に収まっている。

 燈の視線が空のベッドに向けられる。


「あれっ、エキドナがいない?」

「どこぞをほっつき歩いてるんだ、あのおもしろ魔王様は」


 いないやつのことを気にしても仕方がないので、俺たちは部屋を出て宿の朝食を摂ることにした。

 食事を終え部屋に戻ると、燈は日課のストレッチをはじめる。俺はその間、特にやることもなく、寝袋の上でゴロゴロしていた。

 そうして過ごしているうちに、エキドナが部屋に戻ってきた。


「エキドナ、顔色が尋常じゃなく悪いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃ。何一つ問題はない」

 

 燈の問いに答えるエキドナには、どこか焦りの色が見えた。冷汗も流しているし、明らかに何かあった顔をしている。


「その、何だ、良い朝じゃな! 実に清々しい」

「お、おう。そうだな」


 別に追求する気もなかったのだが、これほど挙動不審な姿を見るとさすがに気になってくる。


「あー!」


 燈がすっとんきょうな大声を上げる。

 その手には旅の資金を入れていた袋が握られていた。


「やたら鞄が軽いと思ったら、お金がごっそりなくなってる!」


 金貨銀貨でいっぱいだった袋がすっかりスリムになっている。昨日宿に入るとき取り出したから、それ以前に無くしたということはない。

 俺と燈の視線が一点に向かう。


「わ、儂は知らぬ」

「まだ何も言ってないぞ」


 エキドナは哀れなくらいに取り乱していた。


「でも、私が鞄から物を取られるなんて……眠ってても、そういうことには体が勝手に反応するはずなんだけど」


 寝相は悪いが、それはそれとして燈のセンサーは研ぎ澄まされている。俺には理解できない領域だが、悪意敵意に敏感な燈から何かを掠め取るのは至極困難だ。


「そういえば、エキドナ。お前、隠蔽の魔法が使えるとか言ってたよな?」

「ぴゅーぴゅー」


 俺が指摘すると、エキドナが下手くそな口笛を吹いていた。この反応を見るに、図星らしい。燈のセンサーを魔法でうまくすり抜けたのだ。


「そういえば、エキドナはやたらとカジノにご執心のようでしたねぇ」

 

 燈が探るように言うと、エキドナがどっと冷汗を流している。


「もしかして、こっそり私たちの資金を持ち出して、カジノにつぎ込んで負けちゃった? 怒らないから正直に言って見なさい」

「う、嘘じゃ! 絶対に怒るやつじゃ!」

「ほんとほんと、燈さんは嘘を吐かないよ」


 燈が満面の笑みを浮かべている。俺にはわかる。これは本気で怒っているときの表情だ。


「全ての状況証拠が、お前が犯人であることを示している。無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ。量刑には影響しないがな」


 俺が促すと、エキドナは焦燥からか視線を落ち着きなくさまよわせ、やがて口を開いた。


「べ、弁護士を呼んでくれ。それまで儂は黙秘を貫くぞ」

「小癪な……魔王が弁護士に頼ろうとするな!」


 この期に及んで言い逃れをするつもりらしい。一向に反省の色が見えないとは、相当な大物だ。


「そうだ、悠馬! 私が全力で殴って、耐えられないなら有罪。無傷なら無罪放免ってのはどう?」

「古代の神明裁判と変わらぬではないか! そんなのお断りじゃ!」


 さすがに暴論だが、エキドナの往生際の悪さを見ていると仕方のないようなことに思えてしまう。


「そうじゃ、儂がやった……お主らの金をくすねて、カジノで使い果たしたのは儂ですぅ~!」


 俺と燈の追及を逃れることは不可能と判断したらしく、やっとエキドナは観念した。完全に開き直っている。


「だが、本当に悪いのは儂だけか? もっと他にいろいろ原因があるのではないか?」

「燈裁判官。被告人はこう申しておりますが、いかがいたしましょう」

「うむ。発言を許可する」

「裁判官様の許可が下りた。お前以外に悪いものがあるというなら言ってみろ」


 促すと、エキドナは「う~む」と顎に手を当てて考え込む。


「じ、時代?」

「ほほう、こいつぁ驚きだぜ」


 想像以上の答えが返ってきて、怒りを通り越して呆れてくる。


「一晩で旅の資金を使い切るとは……引退後に破産するメジャーの選手だってもうちょっと慎ましいぞ。いったいどんな賭け方をしたんだ?」

「勝負事であれば、魔王たる儂に敗北などあろうはずがない。ポーカーとやらで破竹の三連勝を決め、流れが来てると読んだ儂は一気に全額ぶち込んだのじゃ」

「その結果、見事に負けました、と……」


 竜胆相手に敗走したくせに、よくもまあそんな自信に満ちあふれているもんだ。

 燈が金の入っていた袋を逆さにすると、中からじゃらじゃらと銀貨と銅貨が入り混じって落ちてくる。


「だいたい悠馬の五Oゴルド分ってところかな」

「言うな。いろんな意味で悲しくなってくる」

 

 これだけじゃ旅など続けられるはずもない。結局、先立つ物は金なのだ。


「こうなった以上は、何かしら金策に取り組む必要がある。エキドナが気合入れて、転移の魔法を連発してくれるならそんな問題もないが」

「無理じゃ。昨日も言った通り、儂の体力が持たぬわ」


 エキドナが両腕を交差させてバツのマークを作る。


「私に良い考えがある。うまくいけば、かなりの額を稼げるかもしれないよ」

「本当か!?」


 燈の言葉にすがるように食いつくエキドナ。燈は悪い顔をしているので、きっと真っ当な手段ではないのだろう。手段にこだわっていられるほど余裕があるわけでもないし、この際贅沢は言ってられない。そもそもの原因がエキドナだし。


「それで、その良い考えってのは?」

「カンタンカンタン。エキドナには身体で支払ってもらうよ」

「ほえっ?」


 エキドナが理解できないとばかりにアホ面を晒す。すぐにその顔が瞬間湯沸かし器のごとく真っ赤になる。


「かかかかか、身体じゃと!? お主、この儂を慰み者にしようというのか!」

「だって、それ以外にすぐ稼げる方法なんてないし。エキドナの尊厳と貞操で、罪が贖えるならばそれに越したことなくない?」


 同じ女性でありながら、ものすごく辛辣だった。

 

「私の審美眼によると、エキドナはものすごく良いものを持ってるよ。大丈夫、五万ゴルドくらいすぐに返せるって」

 

 燈の言う通り、エキドナはかなりスタイルが良い。鍛え抜かれた燈とはまた異なり、女性らしい豊満さを備えている。腹立たしいことに、顔も良い。そういうお仕事をすれば、確かに負け分はすぐに取り返せそうな気はする。


「嫌じゃ嫌じゃ! ぜーったいにお断りじゃ!」


 エキドナはこちらが引くほどに駄々をこねていた。みっともなく床を転がって、遺憾の意を示している。仮にもトップに立っていた者が見せていい姿ではない。


「冗談冗談。いくらエキドナが途方もないお馬鹿さんだからって、そんな真似をさせるほど私も鬼じゃないよ」

 

 燈がおどけてみせると、ほっとエキドナが息を吐く。


「まあ、身体で払ってもらうってのは嘘じゃないんだけどね」

「えっ?」

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