2日目⑧

「いやあ、異世界ってのもなかなかどうして悪くないね。アメリカでも出会えないワクワクに満ちあふれてるよ」

「この戦闘狂め。ほどほどにしておけよ?」

「わかってますって。マリナと闘り合うことができなかったから不満がちょっとばかしありまして」


 闘技場の一幕の後、俺たち三人はローレスハウズの街並みを進んでいる。

 闘技場を出る際、燈が運営の面々にスカウトされ、諸々の手続きをするのを待つうちに、結構な時間がかかってしまった。

 とはいえ、その時点で夕方にもなっていなかったので、目的地までの距離を稼ごうと、宿を見つけるまで歩いていた。すっかり日も暮れ、今は夜になっている。

 それにしても、このローレスハウズは大したものだ。昼のそれとはまた違う賑わいが街を満たしている。

 まだ夜も更けてないのに、そこら中に街道を闊歩する酔っ払いが目につく。横目に映る酒場からは騒ぎの音が絶えず聞こえてくる。その背景にある陽気な音楽も味があり、街の活気に一役買っていた。

 まさに繁華街と言った感じの賑わいだ。


「なあなあ、あのすごい光ってる建物は何だ? 前に来たときからずっと気になってたんだ」


 エキドナの視線を追うと、確かに目立つ建物があった。単純に大きいし、エキドナの言うようにたくさんのランプの光が夜の闇にその建造物を際立たせている。


「こっちの世界に来たばかりの私たちに聞かれましてもねぇ…とはいえ、確かに気になるね」


 燈の好奇心がそれをロックオンした。気になるのは俺も同様なので、中を覗いてみることにした。


 そこにあったのは煌びやかなシャンデリアや豪華な装飾品に囲まれた空間。床には赤や金の絨毯が敷かれており、入り口の扉を境として非日常の世界が広がっていた。

 壁の方にはスロットマシンがずらりと並び、無数の画面がチカチカと光を放つ。テーブルが並べられたエリアではディーラーと思しき人たちが軽やかにカードを配り、客が思い思いにチップの束を突き出す。

 その近くでは、赤と黒色の枠が均等に仕切られたルーレット台に、ディーラーが流麗な動作で小さな銀玉を投げ入れる。玉が赤の枠に落ち、観戦する客たちが上げるのは、悲鳴と歓喜の叫喚だった。

 奥の方にあるバーやラウンジでは、酒を片手に一息つく人々の姿が見られる。


「カジノか……これも一つの異世界だな」

「カジノ?」

「お金を賭けてゲームをするところだよ。私は来たことないけど、ずいぶんと本格的だね」


 エキドナにもわかるように燈が補足する。俺も実際に目にしたことはないが、本場ラスベガスのそれと言われれば信じてしまいそうなくらいには規模がでかい。


「ちょ、ちょっと遊んでいかないか?」


 エキドナが目を輝かせて聞いてくる。


「ダメだ。こういうのは結局は店側が勝つもんだし、寄り道しすぎるのも良くない」

「私も運に頼った勝負はあんまり好かないねぇ」

「大丈夫じゃ! 運には自信がある」

「あっという間にリンドウに軍を乗っ取られたやつがよく言うわ」

「やかましい!」


 否定的な俺と燈にエキドナは食い下がる。よっぽど遊んでみたいのだろう。


「遊んでいくのはいいが、置いていくぞ。あと、金は貸さんからな」

「何じゃと!? 金がなくては遊べぬではないか!」


 この魔王、厚かましいにも程がある。


「貴様……アカリには甘い癖に、儂に厳しいのは何故じゃ? こちとら魔王じゃぞ魔王」

「十年来の幼馴染にぽっと出の魔王が勝てるわけないだろ。時空を歪めてから出直してこい」


 エキドナは「ぐぬぬ」と不満ありありだった。一方、燈はフンス、と鼻高々にしていた。

 なかなかエキドナが折れないので、燈に首根っこ掴んで引っ張って来てもらった。

 そうしてカジノを後にした俺たちは、露天で適当に食事を済ませる。一文無しであることが判明したエキドナの分は俺たちの資金から出してやった。

 俺は別に困らないが、燈が「さすがにかわいそうだし」と言うので仕方がない。旅の資金は実質燈への期待に基づくものだ。俺が使い道にどうこう言うべきではない。エキドナの分を負担したところで大した影響はないというのもあるが。


 ともかく、食事を終えた後は、すっかり夜も良い時間なので泊まる宿を探すことにした。

 目についた宿に入り、部屋を取る。昨日と同じく一室のみの確保。

 部屋に入った瞬間、エキドナが素早くベッドを占拠。俺がそこは燈だろと主張したが、燈は「別にいいから」と鶴の一声。俺と燈は床で並んで寝ることとなった。

 いろいろあって疲れていたので、睡魔は横になってすぐにやってきた。

 今日の睡眠は命に危険が及ぶことはないよう願うばかりである。

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