2日目⑦

「うわっ、すっごー!」


 入り口から続く階段を昇った先で、燈が嬉しそうに叫ぶ。続いて出た俺の耳を、怒涛の歓声が打つ。

 広大な階段状の観客席は人でいっぱいで、闘技場全体が興奮のるつぼと化している。群衆の視線の向かう先、闘技場の中央では、屈強な二人の男が剣を振るい、激しく鎬を削っていた。現代日本では絶対にお目にかかれない光景だ。

 やがて、決着がつく。決め手な豪快な振り下ろしで、相手の剣を叩き折っての勝利だった。


「決着! 勝者は、つい最近第一子が生まれたばかりのアーデンだ!」


 戦士たちの近くにたたずんでいた審判、というよりは司会と思しき男が場を盛り立てるように言う。離れていても声が良く聞こえるのは不思議だが、まあ魔法とかそういったものだろう。

 戦いを終え、戦士たちが退出していく


「次の試合は、皆さんお待ちかね! この闘技場でも屈指の強者たちによる好カード! まずは、血霞のキョウゾウの登場だー!」

「くくく……拙者の紅丸は今宵も血に飢えておるぞ」


 司会者の紹介に合わせて、先ほどの戦士たちが去っていった方から、いわゆる侍風の風貌をした男が現れる。手にしているのは日本刀のようだが、刃の部分をめっちゃ舐めている。しつこいくらいに舐めている。ついでに、今宵とか言っているが、まだ夕方にもなっていない。


「なんじゃあやつ。鉄分が足りていないのか?」


 エキドナが変なものを見る目をしているので、こちらの世界基準でもあれはおかしいらしい。


「続いて、闘技場が誇るナイスミドル! モーリス・バドエンの登場だ!」


 キョウゾウの次に姿を現したのは、軽装の鎧を纏ったいかにも強そうな雰囲気を纏った中年。確かに、司会者の言う通りナイスミドルだった。絶対に気のせいなのだが、ハリウッド映画とかで見たことあるような気がする。

 キョウゾウとモーリスが向かい合い、構える。すると、会場全体が静まり返った。


「ごめん、悠馬。ちょっと行ってくるね」


 俺の答えを待つことなく、燈は駆け出した。そのまま勢いを落とすことなく、羽根を纏っているかのように高々と飛び、闘技場に降り立った。

 突然の乱入者に、会場がざわめきだす。燈は構わず、戦士たちの間に割り込むように立ち塞がった。

 当然というか、司会者が難しい顔をして燈に詰め寄る。


「ちょ、ちょっとダメですよ。これから試合がはじまるんですから、邪魔しないでください」

「その声を大きくするやつ、どうやってるの?」

「これですか? 拡声の魔道具を使ってるんですよ」


 司会者が紐で首にかけている水晶を掲げる。それは、キョウゾウとモーリスも首にかけているものだった。なるほど、あれで声を大きくしていたのか。


「じゃあ、それちょっと貸して」

「あ、ちょっと、困ります」


 手際よく燈は司会者から魔道具を奪い取り、「あ、あー」と音声テストをしていた。


「えー、突然失礼いたします。皆さんも突然の美少女が現れて困惑してるでしょうが、私から一つ」


 燈はコホンと咳払いをして、ビッと人差し指を天高く突き上げた。


「私、秋吉燈はこの試合に参戦いたします!」


 会場がしんと静まり返る。次の瞬間、堰を切ったかのごとく、ものすごい歓声。罵声も混じっているようだが、おおむね燈の乱入を好意的に見ているようだ。


「何をしとるんじゃ、あやつは!」

「俺に言われましても」


 エキドナが俺の襟元を掴んでぶんぶんと前後に振る。気持ち悪くなるからやめてほしい。


「な、なんということだー! まさかの乱入宣言! 男たちの戦場に、可憐な花が咲き誇る!」


 いつの間にか、別の拡声用水晶を取り出していた司会者が叫ぶ。


「君、ダメじゃないか。危険だから、大人しく観客席に戻ってくれ」


 モーリスが諌めるも、燈は首を横に振った。


「邪魔してるのは申し訳ないけど、冷やかしのつもりはないよ」

「ククク……俺は構わんぜ。この紅丸の鯖にしてくれるわ」

「お、なかなか話がわかるじゃん」


 我が意を得たりとばかりに、燈が指をパチンと鳴らす。

 相も変わらず、キョウゾウは刀をペロペロしている。あれこそ錆の原因になるのではなかろうか。


「この盛り上がりでは仕方あるまい。俺は勝者と仕合わせてもらうとしよう」


 モーリスが呆れた様子で、二人から距離を置く。

 燈とキョウゾウが向かい合い、互いに構えを取る。


「まさかまさかの展開ですが、我々運営もこの試合を許可します! 偉い人に怒られるのは確実ですが、このワクワクを止めることなどできなーい!」


 司会者がノリノリで音頭を取る。


「ククク……奥義! 羅刹斬りぃ!」

「よっと……うわっ、ちょっとベタベタしてる」


 キョウゾウが振るう刀を、燈は両手で挟んで止める。いわゆる真剣白刃取りだ。

 燈はそのまま両手首を捻り、キョウゾウの刀をポキっとへし折ってしまった。恐ろしい怪力だ。


「ああっ!? 拙者の紅丸が無惨な姿に!?」

「ほいさ」


 刀を折られて愕然としているキョウゾウに、燈が蹴りを入れる。

 軽く放たれたようでも、燈の蹴りは強力で、キョウゾウの体がピンポン玉のごとく転げていった。


「つ、つえぇでござる……」


無念そうに呟き、キョウゾウが倒れた。


「しゅ、瞬殺だー! まさか血霞のキョウゾウがこうもあっさりと敗れるとは……この少女は何者なんだ!?」


 司会者が驚き混じりに実況する。会場のボルテージもさらに高まってきた。


「おもしろい!」


 すぐさまモーリスが呼応した。


「剛気招!」


 モーリスが魔法陣を展開。その効果として、その肉体がぐぐぐと隆起する。

 モーリスが勢いよく駆け出した。その勢いを落とさず、燈に向けて鋭い右ストレートを放つ。

 燈は最小限の動きで回避し、カウンター気味にボディーブローを突き入れる。あれは強烈だ。


「重い……が、まだまだ!」


 モーリスはお構いなしに燈を攻める。一撃もクリーンヒットをもらうことなく、燈は的確に反撃するが、なかなか相手を崩すことができない。


「さすがモーリス! 魔法によって強化された肉体は並大抵のことではびくともしないぞー!」


 司会者が解説する。

 確かに燈の攻撃に耐えられるのは、相当に硬いと言っていい。俺ならとっくに泣き出している。


「おい。アカリのやつ、わざわざ乱入しておきながら、ジリ貧ではないか!?」

「まあまあ、心配するなって」


 隣のエキドナがやかましいが、別段心配することはない。

 猛攻の合間を縫って、燈はモーリスの懐に入る。そして、右拳をモーリスの腹部に押し当てた。

 異変はすぐに起こった。モーリスの体がゆっくりと地に落ちる。


「どういうことだー!? なぜモーリスが倒れている! 乱入者が何をしたのか、この私の目をもってしてもさっぱりわかりません」


 司会者の驚愕も当然だ。魔法がある異世界でこう言うのも変な話だが、魔法にしか見えないだろう。


「どういうことじゃ? アカリは何をした」

「本人は秋吉流、龍咬砲とか言ってたな。要は寸勁らしいけど」

「スンケー?」

「拳を密着させた状態で、全身のパワーを相手に叩き込むうんぬんかんぬん」

「よくわからん」

「俺だってよくわかんねえよ」


 燈に説明させると、トンとやってドカン! みたいなことを言い出すのであまり参考にならないのだ。天才の思考は、凡人……というか、常識人の俺には理解できない。


「何が起きたかはよくわかりませんが……今日居合わせたみなさんは幸運です! 新たなスターの誕生の瞬間に立ち会うことができたのですから!」


 司会者の言葉に会場のボルテージも最高潮。

 燈は満足そうに観客に手を振っていた。


「俺の幼馴染はどこにいても目立ってしまうもんだなぁ」


 慣れたことではあるが、異世界という新環境でもそれを実感し、俺は苦笑するしかなかった。

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