2日目⑥

 光が収まり、視界が戻ってくる。

 先ほどまで緑豊かな地にいたはずの俺たちは、人造の建築物並び立つ街中に移動していた。


「ど、どうなってんだ……?」

「ふっふっふ、驚いたか? 驚いたじゃろう。転移の魔法じゃ。儂は自らの魔力を印として残すことで、好きなときにそこへと転移することができる」


 エキドナが自慢げに胸を張っている。普通にすごい。


「あれっ? お前、角なくなってるぞ。向こうに落としてきたんじゃないのか?」

「そんなわけあるか。儂の立派な角を見られたら、儂が魔族であることがバレてしまうじゃろうが。魔法でうまく隠蔽しておるのじゃ」

「そりゃそうだけど、簡単に言うな。そんなほいほいとできるもんなのか?」

「だって儂、魔王じゃもん」


 なかなかに説得力がある。情けない姿を先に見ていたせいで実感はなかなか湧いてこないが。


「エキドナはやればできる子なんだねぇ、よしよし」

「やめぃ、不敬であるぞ!」


 燈に頭を撫でられているエキドナは不満げにしていた。それはそうと、気になることがたくさんある。


「あいつらから逃げられたのは良いけど、ここは結局どこなんだ?」

「確か、ローレスハウズだったかの。ハウゼン王国の北西部くらいの街じゃ」


 俺は収納空間を開き、地図を取り出す。エキドナが「なんじゃそれは!?」と騒いでいたが、うるさいので無視することにした。

 ハウゼン王国はエクセリアの隣国のようだが、すでに目的地までの四分の一くらい移動している。


「これ、お前の転移でリンドウのところまで行けば一瞬だよな?」

「残念ながら、そこまで便利なものではない。移動距離に限界があるうえ、いくつかの制限がある。特に、儂の魔力がごっそり持ってかれるし、めちゃくちゃ疲れるから基本やりたくない」


 そこは頑張れよ、と言いたい気持ちはあるが、控えておいた。


「それにしても……エクセレスも大きな街だったが、このローレスハウズってところも相当に栄えてるな」

「やたらと賑わっているのが印象的でな。この街に印を残しておいたのよ」


 エクセレスはエクセリア王国の首都だったが、下手をすればこっちの方が賑わいがありそうな気さえする。


「あ、悠馬! なんかあっちにでかい建物あるよ!」


 言うや否や、燈はそちらに向かって走り出してしまった。好奇心豊かというか、落ち着きがないというか。

 はぐれても困るので、俺は燈を追いかけて小走りで駆け出す。

 近づいてみると、燈が目をつけたそれは確かに一際大きい建物であることがよくわかる。円形状で、元いた世界で言うならば、プロ野球のドームのような感じだ。

 中で何をやっているかはわからないが、聞こえてくる歓声は相当に大きい。外側にいる俺たちにすら伝わるような盛り上がり振りだ。


「あれっ、マリクさんか? どうしてこんなところに」


 見覚えのある姿に、俺は声をかける。エクセリア王宮で、俺と燈の能力を鑑定したマリクだった。


「マリク? いいえ、私はマリオです」

「人違い、にしては似すぎているような……」


 俺のことを五Oゴールドと鑑定してくれた大恩人なので、マリクの顔は結構はっきりと覚えている。


「世の中には、自分に似た人間が一O人はいると言いますからね」

「一O人はさすがに嘘だと思いますが……」


 冷静に考えれば、たった一日でマリクが国をまたぐような移動をしているとは考えられないため、別人であるというのはわかるのだが、違うパーツを探す方が難しいくらいに似ていた。


「失礼しました。これも何かの縁ってことで、あの建物が何か教えてもらってもいいですかね?」

「ああ、あれは闘技場ですよ」

「闘技場!?」


 燈が目を輝かせていた。


「ローレズハウズの名物の一つである闘技場をご存じでないとなると、あなたがたは他所の国からいらっしゃったのですね。このハウゼン王国に住んでいて、ローレズハウズの闘技場とカジノを知らない者は赤ん坊くらいのものです」

「そんなに」


 燈が口を開けて「ほえー」とアホ丸出しの驚き方をしていた。


「ゆ、悠馬。先を急ぐ旅でもないから、ちょっと見ていかない?」


 俺の袖を掴んで、燈は入り口の方を指差した。


「どちらかというと、先を急ぐ旅ではあると思うんだが……」

「いいしゃん。エキドナのおかげでだいぶ短縮できたし。数日分くらいは稼いだでしょ」


 竜胆ほどではないが、燈も言い出したら止まらないタイプだ。秋吉家の血筋は良くも悪くも我が強い。

 強く反対する理由もないので、とりあえず闘技場に入ることにした。入場料を取られたが、手持ちの資金からすれば雀の涙のようなものだ。もらった金で遊ぶのはどうかという話はこの際置いておこう。


「闘技場にはどちらが勝つかに金を賭ける遊びもあります。のめり込みすぎると身を滅ぼしかねませんが、適度に賭ける分には、より一層闘技場を楽しめるのでおすすめですよ」


 マリオが慇懃に説明してくれる。確かに、金を賭けている方への応援はただ観戦する世に身が入るのだろう。博打で大稼ぎなどと大それたことを考えなければ、良いスパイスだ。

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