2日目④
「悠馬、気をつけて。囲まれてる」
燈に言われて周りを見る。イノシシ顔の大柄な人間の体を持った、いわゆるオークというやつだろう。大樹を中心として、無数のオークに包囲されていた。運動会でも開催できそうな数だ。
その中から、オークたちとは明らかに違う魔物が前に進み出る。
赤い肌に筋骨隆々の強靭な肉体。額の二本の角は鬼を思わせる。おそらく鬼人、オーガとかいう魔物だろう。
「探したぜ、魔王様よぉ」
「ちぃっ、ここまで追ってきたか!」
オーガの目的はエキドナにあるようで、エキドナは悔しそうに歯噛みしていた。察するに、元部下なのだろう。
オーガは俺と燈を見て、不可解そうに首を傾げていた。
「なんだ、お前らは?」
「なんだ、と言われても反応に困るんだが。むしろ、あんたが何者だよ」
「恐れおののけ。俺はイグニス。人呼んで、灰燼のイグニスだ。元魔王軍幹部にして、今じゃリンドウ様の忠臣よ」
オーガ改めイグニスが自己紹介する。
「雰囲気でわかる。あいつ、かなりできるよ」
燈がイグニスの力を推し量る。元魔王軍幹部という肩書は伊達ではないらしい。
「ふん……! お主こそ、聞いて驚くな。こやつらはアキヨシ・リンドウと同じく、異世界よりエクセリアが呼び出した英傑よ」
「なんだと!?」
召喚に関係ないエキドナが胸を張って言うと、イグニスが大げさなくらいに驚いていた。周囲のオークたちも心なしか慌てふためいているように見える。
「いや、関係ねぇ。どの道、あのリンドウ様以上なんてことはありえんのだからな……エキドナ・シャーリー・エレキシアス・アシュレード・メル・アシュナード! そして、異世界の英傑どもよ! 貴様等の首、この灰燼のイグニスがもらい受ける!」
イグニスが物騒なことを宣言する。首をもらい受けるとか怖えよ。ただでさえいかついビジュアルと相まって、めっちゃ怖い。
「何をかっこつけておるか。お主など、アキヨシ・リンドウに恐れをなして、掌を返した臆病者、敗北者ではないか! 忠臣ではなく、忠犬の間違いじゃろうて。今さら大物ぶったところで、尻尾巻いて裏切った事実は消えんのじゃからな?」
エキドナは、こちらがびっくりするぐらい煽っていた。この状況でこれだけ煽れる胆力は確かに魔王級だ。
イグニスの額に大きな青筋が浮かぶ。
「殺す」
鬼が満面の笑みを浮かべる。あれは怒りが限界突破してしまったものが見せる笑顔だ。それに呼応してか、周囲のオークたちも殺気立っている。一触即発といった雰囲気だ。
そんな中、俺はあることに気づく。
「ぶっちゃけ、これって俺たち関係なくね?」
俺がそう言うと、燈も手を顎に当てて考え込む。
「まあ、要するに身内のいざこざだしねぇ。関係ないっちゃ関係ないね」
「な、なんじゃと……お主らまで儂を裏切るのか!? もう裏切られるのは嫌じゃ!」
燈にすがりつくエキドナは、まるで捨てられることを悟った大型犬のようだ。
「裏切ると言えるほどの関係でもないことはいったん置いといて、どうする?」
そう聞くと、燈はにっと気持ちの良い笑みで応えた。
「秋吉流は活人拳。我が武は、弱きを助け強きを挫く。だから、エキドナを見捨てたりはしないよ」
「弱者……」
エキドナは燈の弱者認定に落ち込んでいた。本当に情緒大丈夫か、こいつ?
「というわけで、遠路はるばるお越しくださったんだろうけど、お引き取り願いたいね。無駄な犠牲は避けるべきだと思うよ」
「ほう……言ってくれるじゃねえか、嬢ちゃんよぉ」
燈の言葉を挑発と受け取ったのか、イグニスが殺気を露にする。
「退く気がないならそれはそれでいいんだけど、あなたと私の一騎打ちにしない? 私が勝ったら、大人しく引いてくれると助かるかな」
「ずいぶんと都合の良い条件だな」
「ああ、いや、訂正するよ。あなたたち全員と私だけで戦う。悠馬とエキドナは見てるだけ。これならどう?」
燈の意図を理解する。俺やエキドナを戦いに巻き込まないようにしているのだろう。
「……舐めてんのか。てめぇが負けたらどうするつもりだ?」
「う~ん、その心配はないから、考えてないや」
あっけらかんと答える燈に、イグニスは凄絶な表情を浮かべた。
「いいぜ。その申し出、受けてやるよ。お前と俺の一騎打ちだ」
「そう来なくっちゃね」
イグニスは燈の提案を受け入れた。
「私もできる限りフォローするけど、万が一に備えて、エキドナも気を付けてね。悠馬に何かあったら承知しない、というか、何するか私わからないよ」
「わ、わかった」
燈の忠告に、エキドナはぶんぶんと首を縦に振った。燈は自衛手段のとぼしい俺の心配までしてくれている。本当に男前すぎて惚れそうになる。
イグニスと燈が歩み寄り、数メートルの距離まで近づく。
「名乗れよ。戦の流儀だ」
「そう? それじゃあ……秋吉燈。いざ尋常に」
燈が名乗ると、イグニスが目を見張る。次の瞬間、燈は鋭く一歩を踏み出していた。
敵との距離が一瞬で詰まる。燈の拳がイグニスの腹部を捉えていた。ズドンという重い音で、その威力がよくわかる。一発で筋骨隆々なイグニスの体が揺らいでいた。
「まだまだ!」
文字通り目にも止まらぬ燈の連打。イグニスはなすすべもなく、まるでサンドバッグのごとく一方的に殴られている。
「ぐっ……!」
嵐のような攻撃から逃れようと、イグニスは丸太のような右腕を無造作に振るう。
燈は身を屈めることでそれを回避。屈みこむ勢いそのままに、燈は地を蹴り宙に飛んだ。そのまま回転し、踵落としをイグニスの頭に叩き込む。見てるこっちが痛くなるような一撃だが、イグニスは体勢を崩さなかった。
着地した燈に向けて、蹴りを繰り出す。まだ体勢が整いきっていない燈は、交差させた両腕でそれを受け止める。決して体格に優れるわけではない燈は大きく吹き飛ばされる。しかし、手足を柔軟に使い、うまく受け身を取っていた。
「てめぇ、アキヨシと言ったな。リンドウ様の何なんだ?」
燈の猛攻を受けても、イグニスはまだ問答をする余裕があるらしい。ダメージがないわけはないのだが、大したタフネスだ。昔から燈の技の練習台にされてきた俺だからこそ、その凄さがわかる。理解できてしまう自分がちょっと悲しい。
「そろそろ聞かれ飽きてきたけど、私はあなたの主君、竜胆の妹だよ。お馬鹿な姉を止めるために、この世界に推参したわけ」
「通りで手強いわけだ……! 血が滾るぜ」
強者同士、通じ合うものもあるのか、対峙する二人は喜悦を露にする。
「な~にが、血が滾るじゃ! 裏切り者の敗北者が雰囲気出すでないわ!」
俺の横でエキドナが煽り立てる。この状況で野次を飛ばすのはさすがとしか言いようがない。
「俺がなぜ灰燼と呼ばれるか……身をもって知るといい!」
イグニスの全身から炎が湧き上がる。なるほど、あの炎で敵を焼き尽くすから灰燼か。それはそれとして、この緑豊かな地で炎は結構まずい気がするんですが。
「行くぞ! 業火拳乱!」
炎を纏ったイグニスが燈に向けて、猛牛のごとく突進する。燈の無駄のない連撃とは違い、腕を無造作に振るうだけの攻撃。燈はその動きを見切っており、一撃ももらうことはない。しかし、全身が炎に包まれている分、素手の燈は対処に手を焼いている。
「苛火大焦!」
イグニスが右腕を突き出すと、炎の渦が燈を呑み込まんと襲い掛かる。
「これは、ちょっとやばいか」
燈の速度が上がる。炎の渦から逃れることに成功するが、イグニスが詰め寄ってきていた。振るわれる右腕を、燈は左手で抑えようとする。
「あつっ!」
炎を纏った腕を掴めば、当然そうなる。燈は慌てて手を引っ込め、背後に大きく飛ぶことでイグニスから距離を取った。
「大丈夫か、燈!」
「あちちちち……乙女の柔肌に大ダメージだよ」
ふうふうと息を左手に吹きかけている。冗談を言うくらいの余裕はあるようだが、状況はあまりよろしくない。
異世界でいきなり相まみえる強敵。かなりのピンチのはずなのだが、燈は笑っていた。
「いいね。せっかく異世界に来たんだし、これくらいはやってもらわないと退屈しちゃうってもんだよ」
燈は矢のごとく駆け出した。触れることができない以上は、例の秋吉波とやらを使えばいいはずなのだが、燈が選んだのは接近戦だった。
「無駄だ! お前に勝ち目は——」
迎え撃つイグニスの言葉は続かなかった。神速の燈の拳が、その全身に叩きこまれていたからだ。
「全身炎で殴れないってなら、熱いって感じる暇もないほどの速度で殴ればいい。心頭滅却すれば火もまた涼し、ってわけですよ」
冗談みたいな方法で、燈はイグニスの炎を攻略していた。諺のチョイスはちょっとおかしいが、この際どうでもいい。
全身を纏う炎が弱まり、イグニスはその場に膝をついてしまう。その顔は驚愕で歪んでいた。
「こ、この俺が……負ける?」
「悪くなかったよ。七O点あげよう」
「ふざけるな……俺の本気の炎を見せてやる!」
怒りとともにイグニスが立ち上がる。そして、両腕を前に突き出した。
「喰らえぃ! 神羅万焼!」
構えた両腕から、極大の炎が放たれる。燈の小さな体など簡単に包み込んでしまうだろう。
「加減できるかわからないから使わなかったけど……仕方ないね」
だが、燈は退くことも逃げることもしなかった。ただ、両手を腰の位置に構える。
「あ~き~よ~し~……波!」
眩いほどの光線が燈の両手から放たれ、イグニスの炎と衝突。拮抗したのは一瞬で、すぐに燈の光線が打ち勝った。
「馬鹿なぁあああ!」
イグニスが光線に吞み込まれる。イグニスの全身の炎は消え、そのまま地に倒れ伏した。
「強敵と書いて友と読む……貴様もなかなかの猛者であった」
勝利した燈は、若干キャラがおかしくなっていた。
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