2日目②
すっかり日も昇り、俺たちはエクセリアの街を出て、大樹へとつながる森の中を歩いていた。
あの黒猫が言っていた大樹とやらは有名らしく、宿の女将さんから場所は教えてもらった。女将さん曰く、魔物が出やすい場所だからあまり近づかない方が良いらしいとのことだった。人情が身に染みる。
そこそこ距離はあるが、指定された昼頃には間に合うだろう。道中でいかにも小鬼といったゴブリンとか小柄な人の体に犬の顔をしたコボルトとか、魔物を見ることがあったが、燈が威嚇するとどいつもこいつも怯えて近寄ってこないため、戦うことにはならなかった。さすがは燈、サファリパークでも動物がなかなか近寄ってきてくれないやつは異世界でも一味違う。
目的地である大樹が見えてきた。近寄るほどにその大きさがよくわかる。
高さはおそらく一OOメートル前後、太さも直径で一Oメートルはあるだろう。これだけ大きい樹は元いた世界じゃお目にかかった記憶がない。さすが異世界といった感じのスケールに舌を巻く。
「指定された場所に来たわけだが、誰もいないな……」
大樹の近くは開けた場所になっているが、周囲を見渡しても誰もいない。
太陽も天に昇り切っており、時刻は正午を回っているはずだ。一日過ごしたことで、時間の流れ方は元の世界を違いはないことはわかっている
。
「待ちわびたぞ」
聞き覚えのある声とともに、大樹から飛び降りてくる影。昨日の黒猫だった。
「あ、猫ちゃんだ~」
燈がさっそく抱き着こうとするも、黒猫は素早く身を翻し、距離を取る。猫に逃げられた燈はわかりやすく不満げな顔をしていた。
「さて、ここまで呼びつけてくれたんだ。さぞかし、面白い話が聞けると期待していいんだろうな?」
黒猫は首を縦に振り、肯定の意を示す。
「それで? お姉ちゃんのことを知ってるあなたは何者?」
「まあ慌てるな。このままでは不便故、話は元の体に戻ってからじゃ」
「元の体?」
燈が反芻すると同時に、黒猫の全身から光が放たれる。そのシルエットがだんだんと大きくなっていき、小さな猫から人型になっていく。
光が収まり、その姿が露になる。
現れたのは、小麦色の肌をした妙齢の女性。最上の織物を思わせる艶やかな金の髪。見る者を魅了するように妖しく輝る真紅の瞳。神秘性を纏ったその女性は、名工が手掛けた彫像のごとく、全ての要素が理想的な比率で構成された美しさを備えていた。男女問わず羨んでしまうような、一つの美の到達点であった。しかし、その美を意識すればするほど、頭から生える捩じれた角が異彩を放つ。コスプレとかそんな陳腐なものではないだろう。
しかし、そんなものすらどうでもよくなるほど、目の前の女性には異様な点があった。
「ふ……」
燈はわなわなと震えていた。おそらく俺と同じ感想を抱いているに違いない。
そうだ、これだけは言っておかなくてはならない。
「服を着ろー!」
突然現れたその女性は、布一つ纏わぬ全裸。とんだ痴女のお出ましだった。
「いかんいかん、すっかり失念しておったわ」
いきなり現れた痴女に、俺が収納空間から取り出した衣類を着させた。身長は低いのだが、燈以上に出るとこが出ているスタイルのため、若干丈が足りてない。
「さすが異世界。痴女の出現方法もダイナミックだね」
「誰が痴女じゃ! 勝手に人を変態扱いするでない」
ごくりと唾を呑む燈に、痴女が食ってかかる。いきなり全裸を晒す女性が痴女扱いされないなら、この世界から痴女という概念は消えるだろう。
「我はエキドナ・シャーリー・エレキシアス・アシュレード・メル・アシュナードである」
「長い長い。どんだけ贅沢な名前してるんだ。エクセリアの国王の倍くらいあるじゃないか」
俺が指摘すると、エキドナは不敵な笑みを浮かべる。
「それも致し方なきこと。何せ、儂は魔王じゃからな」
「へ~魔王か」
魔物の王って言うくらいだし、それならば納得もできる。
「……って、魔王!?」
俺は驚いてエキドナの方を凝視する。なぜかは知らないが、ご満悦のドヤ顔をしている。
「魔王って、魔物の王だよね。なんでこんなところで油売ってるの? 私に倒されに来たの?」
「待て待て。今日は話し合いに来たのじゃ」
詰め寄る燈を制して、エキドナは仕切り直すようにコホンと咳払いをした。
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