1日目⑧

「ずいぶんと仲睦ましいのお主ら。好い仲なのか?」


 突然の知らない声に、俺はそちらを見る。開けたままにしておいら窓に、月光に照らされた黒猫の姿を見つける。


「も、もしかして猫がしゃべった?」


 さすがの燈も驚きを隠せないでいる。異世界ではどのような不思議があってもおかしくはないが、それはそれとしてびっくりしてしまう。


「お主らが異世界より召喚された英傑であることはとうに知っておる。アキヨシ・リンドウと同じく、ずいぶんと青臭いガキどもじゃの」

「なんでお姉ちゃんのことを?」


 燈がベッドから立ち上がり、黒猫に詰め寄る。

 年寄りのような口調で話す黒猫は、窓から飛び降り、部屋の中に入ってきた。そして、燈のことをじろじろ見ている。なんとなくだが、警戒しているような感じを出している。


「貴様、もしやあのアキヨシ・リンドウの血縁者か?」

「えっ? ……それは、えーっと」


 燈が視線をさまよわせて、最後に俺を見る。己の素性を明かしていいか迷っているのだろう。竜胆のことを知っている相手となると、関係者ということで余計な面倒を抱える可能性がある。

 俺が頷くと、その意図を読み取った燈も頷いた。


「あなたの言う通り、私は竜胆の妹だよ」

「そ、そうか……それは、その、なんというか」


 黒猫が燈から距離を離すように後ずさる。露骨に警戒しているようだ。どうにも訳ありのようだ。

 燈が黒猫ににじり寄ると、合わせて黒猫も距離を取る。


「なんで逃げるの?」

「なぜ近づいてくるのじゃ!?」


 逃げる黒猫、追う燈。いかに素早い猫と言えども、燈の身体能力の前には逃げ切れるわけもなく、あっけなく捕まってしまう。


「よ~しよし、大人しくしなさい」

「撫でるのをやめぬか、痴れ者め!」


 黒猫は暴れて脱出しようとするが、燈からは逃げられない。完全に弄ばれている。

 そのうち、疲れてしまったのか、黒猫はうなだれてしまった。

 頃合いかと、俺は話を切り出すことにする。


「猫がしゃべる不思議はおいといて、なんで竜胆のことを知ってるんだ?」

「うむ。それについてじゃが、ここでは仔細を教えることはできぬ。故に、明日の昼頃、お主ら二人だけで北西の方角にある大樹の下に来い。くれぐれも、他の者には内緒でな」

「ここじゃダメって、なんかやましい事情でもあるの?」


 至極真っ当な燈の質問。理由も告げずに俺たちだけで来いなんて、怪しいにもほどがある。


「複雑な事情があるのじゃ。お主らも、アキヨシ・リンドウの征伐を命ぜられているのじゃろう?」

「よく知ってるな」


 別に口止めもされてないので、誤魔化すことはしなかった。


「互いの思惑はともなく、儂とお主らは協力関係になれる。敵の敵は味方というやつじゃ」


 別に俺たちは竜胆の敵というわけでもないのだが、まあ大枠としては間違ってない。


「せめて、自分が何者かくらいは話すのが最低限の礼儀なんじゃないの?」

「あふぅん」


 燈が顎の裏を撫でると、黒猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。


「……って、やめぃ! この身体だとどうしても反応してしまうわ。とにかく、全ては明日誰にも聞かれる恐れのない場所で話す。必ず来るのじゃぞ!」


 燈の拘束が弱まった隙を見て、黒猫が脱出する。名残惜しそうな燈を尻目に、そのまま窓から出て行ってしまった。


「……どうする?」

「行ってみる価値はあるんじゃない? 罠ならば踏みつぶせばいいし」


 燈は怖いことを言っていた。確かに、あの黒猫の正体や思惑が気にならないと言えば嘘になる。奇しくも黒猫が待ち合わせ場所に指定した北西は、聖リンドウ帝国とかいうアホ丸出しの国、俺たちの目的地がある方角だ。

 眠気がやってきて、俺は大きくあくびした。


「今日はもう寝るとしよう。明日のことはまた明日の俺たちが考えるさ」

「そうしよっか……さすがの燈様も眠いぜぇ」


 こうして、異世界での初日は終わりを迎えた。良い意味でも悪い意味でも、今日という日を忘れることはないだろう。

 とりあえず、元凶である竜胆が箪笥か何かに足の小指をぶつけるように、と神様に祈っておく。異世界に箪笥があるかは知らないが。

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