1日目⑦

 いろいろ買い物しているうちに、すっかり日が暮れてしまった。今俺たちは今晩の宿を決め、食事も済ませてある。後は寝るだけだ。

 旅に必要そうなものは粗方買い込んだので、当面は心配いらないだろう。かなり大きな買い物をしたはずなのだが、手元の資金は十分すぎるほど残っている。それだけの資金をくれた国王には感謝だ。

 同時に五Oゴルドのこととマリクの顔が思い浮かんだので、即脳内から削除する。


「ところでだが」


 ベッドの上に座る燈に話しかける。今更ながら、言っておかねばなるまい。


「当たり前のように同室になっているこの状況はそこそこにおかしいと思うのですが、そこのところいかがお考えでしょうかお嬢様」

「ん、具体的にはどのへんが?」


 燈はとても不思議そうな顔をしていた。


「いくら幼馴染でも、男女が同室になるのは異世界でも非常識なのではありませぬか?」

「今更言ってもしょうがないでしょ。女将さんも他の部屋が空いてないって言ってたじゃん」

「そりゃそうだが……」

「それに、別々に泊まるよりはいっしょに泊まった方が安上がりでしょ。いくらお金があるって言っても、無駄に使うことはないって」

「ぐぬぬ」


 脳筋のくせに、こういうときだけ理詰めで来やがって。


「昔はお姉ちゃんも含めて、仲良く三人で川の字になって寝てたこともあったでしょうに」

「俺の記憶している限り、小学生くらいの頃の話だと思うが」


 さすがに大学生の歳ではいろいろためらわれるものがある。


「心配しなくても、ベッドは悠馬が使っていいから。そのために寝具も買っておいたんだし」

「あらやだイケメン! ……別にそういう心配をしてるわけでもない」

「だ~! 細かいことを。女々しいぞ男の子!」

「人を指差すな……まあ、今更言ってもしょうがないのは事実だが、貞操観念とかもっとしっかりした方がいいぞ」

「まさか。私だって、誰でもいいわけじゃないよ」


 何気なしに告げられた言葉に、驚く。燈のことだから他意はないのだろうが、心臓に悪い。

 俺は収納空間から寝具を取り出し、床に敷き、すぐさま横になる。


「いや、悠馬。ベッド使っていいって。私、どこでも眠れるから。アメリカでも野宿なんてざらで、地べたで寝る方が慣れてるくらいだし」

「本当に何やってんだお前……普段使わないから、今日くらいは使っておけばいい」


 俺がそう言うと、燈は少し悩んでいたが、ふと微笑んだ。


「悠馬は結構言い出したら聞かないし……うん、お言葉に甘えちゃうよ」


 どこか上機嫌そうに燈が言う。

 燈もベッドに横になり、部屋に静寂が訪れる。こうして寝ようとすると、今日あった出来事が脳裏に浮かぶ。いろいろありすぎて、まだ夢を見ているんじゃないかという気さえしてくる。疲れてはいるのだが、なかなか意識が落ちない。


「ねえ悠馬」


 燈も俺と同じで眠れないのか、声を掛けてくる。


「今日ナンパ男が魔法使ってきたときあったじゃん」

「ああ」

「悠馬が私を庇うために前に出ようとしたけど、あれはダメだよ。悠馬より私の方が強いんだから庇う必要なんてないし、悠馬が身を危険に晒すだけになる」

「そうだな」


 俺は素直に認める。男としてのプライドなど関係なく、燈は事実を言っているに過ぎない。


「お互いのためにならないからはっきり言うけど、二度とやらないで」

「わかってるって」


 燈は俺の身を案じて言っているのだから、否定する理由がない。

 燈が俺よりずっと強いことなんて昔から承知の上だ。それでも、あのときは体が勝手に動いていた。


「……でも、ありがと」


 ぼそりと燈が呟いていた。


「すまん、声が小さくて聞こえんのだが、何て言ったんだ?」

「ふふ、なんでもないから気にしない気にしない」

「そうか。感謝するなら、もっと大声で言ってもらっていいぞ」

「聞こえてんじゃん! アホ悠馬! 鬼畜陰険ムッツリ!」


 夜中の静寂に、燈の声が響く。いちいち反応が大げさなやつだ。あと、悪口が過ぎるぞ。俺は鬼畜でも陰険でもムッツリでもない……ないはずだ。


「しっかし、本当に今日一日でいろいろありすぎて、整理が追い付かん」


 まだ眠気は来ないので、俺は四方山話をはじめた。


「まさか身内がよその世界で迷惑かけてるなんて、人生でこの先これ以上のサプライズはないって断言できるよ。寝耳に水どころか、あっつあつの味噌汁注ぎ込まれた感じ?」

「その例えはよくわからんが……まあ、それでもあの竜胆だしなぁ、と納得できてしまう自分もいる」

「あのお姉ちゃんだしねぇ」


 破天荒の極みが、我が幼馴染秋吉竜胆だ。極度の面倒くさがりで自己中心的。しかし、性格以外の全てを持ち合わせているだけに質が悪い。


「そういえば、久々の再会なのに近況の話とかでしてなかったけど、最近のお姉ちゃんの様子はどうだったの?」

「久々と言うには三カ月は短すぎる気もする……学部も違うし、さすがにいっしょにいる機会は少なくなったが、まあ、あいつは特に変わりないよ。というか、あいつはそう簡単に変わらない。傍若無人、ゴーイングマイロードの極みが竜胆だしな」

「あはは、言えてる」

「人のこと笑ってるが、お前もたいがいだからな」

「え~? 私はお姉ちゃんよりは分別あるよ」

「我々一般人類からすれば、誤差だよ誤差。エイリアンとプレデターの違いみたいなもんだ」

「なにぃ~? 言いおったな貴様」

「気をお鎮めください、お嬢様。どうどう」

「わたしゃ興奮した馬か……冗談はさておき、あまり馬鹿やらせておいても秋吉家の恥になるし、早めに折檻しないとね」


 燈が小さく息を吐く。竜胆は極端な悪をしでかす真似はしないだろうが、人様に迷惑かけてる以上は幼馴染として止めねばなるまい。竜胆母にも頼まれてるし。

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