1日目⑥

 長居しても悪いので、ささっと宿屋を出る。


「この後どうしよっか?」

「そうだなぁ……今日は必要そうなもの買い込んで、出発は明日にするか」


 竜胆を早めに止めなくてはいけないという気持ちはあるが、一刻を争うというわけでもないだろう。竜胆は無茶苦茶するが、やりすぎることはないだろうと思ってる。今の状況がすでにやりすぎと言われたら反論できないのだが。

 どの道、焦っても仕方ないので、今日くらいはゆっくりしたい。


「おう! そこの姉ちゃん!」


 歩いていると、燈がガタイのいい男に声を掛けられる。


「そんなひょろひょろした男じゃなくて、俺といっしょに遊ばないかい?」


 どうやらナンパのようだ。燈の華やかさは、異世界でも人を惹きつける。


「どうする、悠馬。ナンパされちゃったよ」


 ナンパや告白など数えきれないほど経験している燈は、特段の感慨もなさそうだった。


「男女二人組で歩いてるところにナンパとは恐れ入る。あっちの世界でも似たようなことがあったが、俺が視界に入ってないのか?」

「前告白してきた人にこっそり聞いたことあるけど、あまりに釣り合って無さ過ぎて彼氏には見えないって言われてたよ、悠馬」

「この状況で俺のメンタルを殴るのやめない? 本気で泣きわめくぞ」

「ご近所迷惑になるからやめてね」


 確かに平凡な俺と華やかな燈では釣り合っているようには見えないのはわかるが、あんまりな評価だ。

 俺が落ち込んでいると、チンピラはいやらしい笑みを浮かべた。


「俺は腕利きの傭兵でな。稼ぎも悪くねぇ。退屈はさせねぇぜ?」

「腕利き?」


 燈が不審そうに反芻する。

 チンピラは燈の全身を舐め回すような視線を投げ、下卑た笑みを浮かべた。


「姉ちゃんほどの女にそんな冴えない男は似つかわしくねぇ。俺と楽しくやろうぜ?」

「素晴らしい民度だな。礼儀はお母さんのお腹の中に置いてきたのか?」

「お前とは話してねえよ」

「さいですか」


 ぎろりと睨まれたので、お口チャックして引き下がることにした。


「悪いけど、私には悠馬がいれば十分。超絶美少女の私に惹かれちゃうのはわかるけど、他を当たってね~」


 燈が完璧な笑顔で答えると、チンピラは不機嫌な顔になる。


「俺の誘いを断るとは、いい度胸してんな姉ちゃん。俺は無理やりの方が興奮できるぜ」

「振られたからって暴力に頼るのは、この世で一番かっこ悪いことだと思うよ?」


 チンピラの脅しに、燈は笑顔を崩さず応対する。


「待て。これ以上はまずい」


 俺は不穏なものを感じ取り、二人の前に入る。


「何度も言わせるなよ? お前は関係ねぇだろうが」


 明らかにチンピラが不愉快そうになるが、俺は続ける。


「いいか? 俺はあんたのためを思って言っている。確かにあんたは失礼極まりなく、はっきり言って嫌いだが、だからと言って無駄に命を危険に晒すことはない」

「何をゴチャゴチャ言ってやがんだ? 意味わかんねぇぞ」


 チンピラは俺を力尽くで押しのけ、燈の前に立つ。


「説明責任は果たしたからな。後はどうなっても知らんぞ。ノーフューチャーフォアユー、だ」


 捨て台詞のようになってしまったが、言うべきことは言っておく。


「さあ、行こうか」


 チンピラが右手を燈の肩にかけようとするも、燈はチンピラの手首を掴んで止めた。

 チンピラは振りほどこうとするも、燈の拘束からは抜け出せない。


「てめぇ!」


 激高したチンピラが左腕で燈に殴りかかる。燈は右手でチンピラの拳を受け止め、その勢いを利用して自らの背後に引っ張り倒す。チンピラは踏ん張りも効かず、地に転がった。


「面が良いから声をかけてやったってのに……こうなったらただじゃ済まさねぇぞ」


 立ち上がったチンピラの額には、青筋が浮かんでいた。明らかにキレている。


「この秋吉燈。弱者に振るう拳は持ち合わせていないが、降りかかる火の粉は払わねばなるまい」


 燈はバトル漫画の強キャラみたいなことを言っていた。


「燈。万が一、億が一……いや、兆が一くらいか。やばそうだったら言えよ」

「お~、悠馬さんはお優しいね」


 心配ないと言わんばかりに燈はにっと笑う。


「だけど、心配は無用。代々続く秋吉流は千年無敗。秋吉の名において、敗北の二文字はない」


 嘘である。秋吉流なんてものは燈が勝手に立ち上げたもので、歴史もクソもない。そもそも、流派と銘打っているが、燈の超人的な身体能力に依存するものなので、一代で失伝することがほぼ確定している。


 チンピラが再び燈に殴りかかる。素人の俺からすれば脅威だが、燈にとってはなんてことはない。一発も被弾することなく、最小限の動きでチンピラの攻撃をいなしている。


「最初に見たときからわかってはいたけど、腕利きと言うには随分と足りてないね」

「ほざけ!」


 苛立ちでチンピラが吠える。


「武闘家として、一つだけ教えて進ぜよう」


 チンピラが繰り出した大振りのパンチをかいくぐる。燈はがら空きの腹に強烈な掌底を打ち放った。


「ごほっ⁉」


 チンピラの身体が綺麗なくの字に曲がる。そのまま、地に崩れ落ちる。


「安心しろ、峰打ちだ。女性を口説こうとするならば、もっと練り上げてから来るんだね」


 いとも簡単に巨漢を倒した燈は、勝ち誇るように告げた。掌底に峰がないことは全人類知っているので、彼女は冗談を言っているのだろう。

 チンピラがゆっくりと立ち上がる。チンピラが頑丈というよりは、燈が手心を加えたのだろう。

 チンピラの顔には怒りが満ちている。怒髪天を突くといった感じだ。


「キレちまったぜ……ガキが調子に乗りやがって」

「まだやる気?」


 対する燈は呆れ顔だった。

 チンピラが両手を前にかざすと、魔法陣が展開され、光を放つ。

 俺は嫌な予感に襲われる。城にいたときに聞いたことだが、この世界には魔法がある。そして、あの魔法陣はその発動の合図。


「轟炎!」


 魔法陣から、人間を包み込めるサイズの炎が放たれる。

 前に出ようとした俺の肩を引っ張り、燈が俺を引き戻す。そして、任せろと言わんばかりにウインクしてみせた。こんなときになんだが、あまりにもかっこいい。昔から燈は同性にモテていたが、こういうところなんだろうな。

 迫る炎に対し、燈は力を溜めるように息を吸った。


「かあっ!」


 燈の声が世界を切り裂く。炎は燈の目の前で消失。信じられないが、気合でかき消したのだ。


「ば、馬鹿な……」


 チンピラが目に見えて困惑している。


「相手の力量を感じ取ることもできないようじゃ、半人前もいいとこだね。わかりやすい形で教えてあげるよ」


 燈が両手首を合わせ、手を開いて体の前方に構える。そのまま、腰付近に両手を持っていった。


「私には、尊敬する武道家がいる。私程度じゃ、生涯かけても追いつくことができないような偉大な人。この世界に来たことで、私は少しだけあの人に近づくことができた」


 燈が何か語りはじめた。先ほどとは全くの別ベクトルで嫌な予感がする。


「あ~き~よ~し~……」

「待て燈、それは本当に撃てるのか!? というか、撃っても大丈夫なやつなのか!? いろいろな意味で」


 俺は思わず叫んでいた。

 燈の両手が輝きだした。俺には感じ取ることはできないが、膨大な気が凝縮されているのだろう。


「波~!!」


 燈が両手を突き出すと、凄まじい光線が放たれた。放たれたそれは、遥か彼方の雲を貫き消えていった。


「説明しよう。秋吉波とは、体内の気を凝縮して強大な破壊エネルギーに変えて放つ奥義なのだ」


 誰も聞いてはいないのだが、燈が解説していた。


「ひ、ひぃ……バケモノ」

「華の女子大生になんて失礼な」


 チンピラは燈の放ったそれを見て、見てるこっちが気の毒になるほど怯え、逃げ出してしまった。燈は大学生ではないのだが、歳的には間違っていないので指摘しないでおいた。


「さっ、気を取り直して旅の準備と行きますか」


 燈は何事もなかったかのように、笑っていた。

 竜胆とは方向性はまるで違うが、もう一人の幼馴染の規格外っぷりに俺は笑うしかなかった。

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