1日目⑤

「と、とにかく、まずは装いだけでも現地風にした方が良いと俺は思うわけですよ」


 頭をさすりながら提案すると、燈は頷いた。


「長旅になりそうだし、どちらにせよ服はいろいろ買っておかないとね」

「いや、その心配はない」


 俺はもう一度収納空間の裂け目を開き、そこから衣類を取り出した。


「この世界でどのくらい戦えそうなのか、お前がいろいろ試してるときあったろ? そのとき、城のお手伝いさんに協力してもらって適当に見繕っておいたぞ」

「えっ、聞いてないんだけど?」

「言ってないからな」


 燈が訝しむような視線をこちらに向けてくる。


「自分で選ばないと、サイズとか合わないと思うんだけど」

「心配すんなって。お前のことは胸のほくろの位置まで完璧に把握してる」

「滅びろ!」

「あっぶねぇ!」


 轟音を発する正拳を間一髪のところで回避する。まともに食らっていたら無事ではいられなかった。恐怖で俺の顔は真っ青になっていることだろう。


「このミスターノンデリカシー……! そういうことはわかってても言わないもんでしょ!?」


 対する燈の顔は羞恥のためか真っ赤になっていた。


「だってお前、中学くらいまで家の中下着で過ごしてたじゃん。昔からちゃんと服を着ろと口を酸っぱく酸っぱく酸っぱぁ~くして俺は言っていたと記憶しているが?」

「ぐっ……恨むぞ、かつての私」


 ぐぬぬと燈は悔しそうに唸っていた。なかなか見ていておもしろいが、これ以上神経を逆撫ですると命にかかわる危険性があるからやめておこう。


「まあ、燈の痴態はともかくとして、見立てに間違いないってのは自信ある。伊達に長い付き合いじゃないからな」

「ふ~ん……だいぶ自信あるみたいじゃん?」

「任せとけって。ちゃんと下着の方もサイズが合うやつをお手伝いさんが選んでくれてたぞ」


 さすがに俺が選ぶのはいろいろ気持ち悪いだろうから自重しておいた。


「……待って。何で私のサイズを悠馬が知ってるような口ぶりなの?」

「聞いてないのに、お前の姉が身長体重スリーサイズまで余すとこなく教えてきたからじゃないか?」

「情報源はあの馬鹿姉か!」


 俺たちはどこか着替えができるような場所を探し、宿屋らしきところのスペースを貸してもらうことにした。

 空間の裂け目から取り出した服を適当に選んで、燈に渡し、着替えが終わるのを待つ。

 しばらくすると、燈が出てきた。


「我ながら、なかなか良い感じじゃん? 褒めて遣わす」

「お誉めに預かり恐悦至極でございますお嬢様」 


 執事風にぺこりと頭を下げる。燈はそれを見て満足そうにしていた。

 燈に渡したのは、赤を基調とした軽装。動きやすさを重視したため、派手さはない。だが、王宮仕立ての品だけあって、さすがに作りはしっかりしているのがわかる。


「こういうとき、言うべきことがあるんじゃないの?」

「ああ、似合ってるぞ」

「うわっ、淡泊~。もっとこう……あるでしょ!」


 燈が、手振り身振り交えて不満を表している。


「と言ってもなぁ……燈ならだいたいの服は似合うに決まってるだろ。素材が良いんだから」

「えっ?」


 俺が褒めると、燈はきょとんとしていた。


「普段から自分で美少女とか言ってるくせに、そんな意外そうな顔されても困るぞ。幼馴染贔屓とかなく、それは断言できる」

「あのさぁ、悠馬。それ言ってて恥ずかしくないの?」


 顔を横に逸らし、呆れたように燈が聞いてくる。


「なんか俺変なこと言ってるか?」

「……本当にさぁ、そういうとこだよ」


 燈はしゃがみこんだ上に、両手で顔を隠してしまう。

 静かになってしまった燈をよそに、俺は自分の着替えをはじめる。

 空間の裂け目から選んで取り出そうとするも、いざ自分のものを選ぼうとしてみると、なんかどれもしっくりこない。燈に似合うものを選ぶのはすぐだったのだが。


「着替え終わった?」

「きゃっ!?」


 着替えのスペースに燈がやってきて、下着姿で半裸の俺は思わず腕で自分の身体を覆ってしまう。

 燈は冷ややかな目つきをしていた。


「こういうのって逆じゃないの?」

「発言に気をつけろ。最近はジェンダーにうるさい世の中だぞ」

「異世界だから関係ないじゃん」


 一瞬で論破されてしまった。

 無駄に時間をかけてしまったので、さっさと選んでしまおう。

 着替え終えた俺を、燈はまじまじと見つめていた。


「おお~……村人Dって感じだね」


 どうやら俺はモブキャラの中のモブキャラらしい。


「よせやい。人は誰だって自分の人生という物語の主人公なんだよ」

「でも、物語にも面白いとつまらないがあるよ?」

「ギャグ漫画みたいな人生送ってるやつに言われると重みが違うな……まあ今俺たちが置かれている状況もギャグみたいなもんだけど」

「ははは、違いないね」


 二人で声を出して笑うが、すぐに虚しさでため息が出てきた。


「竜胆がこっち来てから多分一週間程度しか経ってないはずなんだよな。それなのに、自分の帝国まで作ってるって、いろいろとおかしいだろ」

「私もたいがいだけど、お姉ちゃんは私から見ても常軌を逸してるよ」


 幼馴染や妹からしても、秋吉竜胆は規格外としか言いようのない存在なのだ。

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