1日目④
エクセリア王国とやらの首都エクセレス。青々とした空の下、王城から出立した俺と燈は街道を歩いていた。
石畳の狭い通りが迷路のように交錯し、通りの両側にはカラフルな漆喰の建物が並び立つ。時折中を覗き込んでみると、鍛冶屋や仕立て屋、パン屋などの職人たちがそれぞれの仕事に励んでいる姿が見受けられた。
露店には、野菜や果物、香辛料、手作りの工芸品が並び、商人たちが賑やかに客の呼び込みを行っており、街の活気づくりに一役買っている。
道行くほどに、歴史と活気を感じさせる良い街だと感じさせられた。
「ところで、大問題がある」
「大問題?」
「これだ」
一枚の紙を燈に見せる。
「地図……だけど、これ世界地図じゃん」
燈の言う通り、これは世界地図だった。走り書きのように、赤文字で丸が書かれており、そこに聖リンドウ帝国と注記されている。ここが竜胆の支配区域ということだが、普通に小国くらいの面積を持っている。行き先がわかるのはいいが、こんな地図では方角くらいしかわからない。
「やっぱり道案内役くらいはつけてもらった方が良かったんじゃないか?」
国王からは案内役をつけることを提案されたのだが、燈が断ったのだ。結果として、二人旅ということになっている。
「ん~……まあ、いいじゃん。知らない人といっしょだと気ぃ使うし」
「お前はそういうの気にしないタイプだと思ってたんだけどな」
天真爛漫な燈の下には、いつだって多くの人が集う。燈自身も社交的な性格のため、ちょっとらしくないような発言にも思えた。
「それとも何? 私と二人っきりは嫌?」
「俺が嫌と言う訳ないだろ。その質問はずるいぞ」
そう返すと、燈は「お、おうっ……」と少したじろいでいた。何なんだいったい。
「あっ、するってえとあれですかい? 私と二人きりだと燃え滾る肉欲が抑えきれないから、監視役が必要ってことですかい旦那?」
気に入ったのか、また江戸っ子口調になっている。
「いいのか? そんなこと言ってると、狼と化した俺にぱくりと食べられることになるぞ?」
「威嚇するチワワを見るときの気持ちってこんな感じなんだねぇ、よしよし」
燈が生暖かい視線を向けてくる。実際襲ったところで、万が一にも俺の勝ち目はない。人間はゴリラには勝てないのだ。
「さて、と」
空間を開き、生じた裂け目に丸めた地図を入れる。
「何それ?」
燈が目を丸くしてその様子を見ていた。
「何って……何なんだろうな、これ」
城で旅支度をしているときに、ふと空間を開くことができるような気がしたので、直感に従い試してみると、できてしまったのだ。
収納空間として便利なのだが、使っている俺自身にもこれがどこにつながっているかとかはよくわからない。
「受け取った荷物はだいたいここにしまってある。いつでも取り出せるし、便利だぞ」
「あ、危なくないの?」
「直感的には、安全っぽい感じはする」
「私知ってるよ。そういった油断が大事故を招くんだよ。カラリパヤットだっけ?」
「ヒヤリハットだろ。インドの伝統武術は関係ないぞ」
冗談はさておき、燈の言う通り、後で確認したら入れたもの全部消失していたとかだったら泣いてしまうかもしれない。
「そういえば、悠馬の祝福って”不明”ってことだったよね。その能力なんじゃないの? 少なくとも、私にはできないし」
「そうなのかもしれないけど、確証がないな……」
「名付けて、”無限収納”とか? 一家に一人は欲しい逸材だね」
「便利には違いないんだけど、もっとかっこいいのが良いなぁ……あっ、お前の荷物も入れる?」
燈が背負う鞄も入れてしまった方が楽と思い提案したのだが、燈は首を横に振った。
「全財産入ってるし、これはいいや。万が一なくなったら路頭に迷うことになるし」
「それもそうか」
泥棒に盗まれる心配はあるが、杞憂だろう。寝ているときだろうと、燈の隙を突ける者など多分存在しない。
それにしても、さっきから少し気になることがある。
「なんか悪目立ちしている気がする」
「ん~、そうね。やっぱり異世界人ってのは目立つのかな?」
あからさまなものはないが、道行く人の視線をやたらと感じる。異世界で現代風の服装は目を引くのかもしれない。
いや、それだけじゃないようだ。意識してみれば、視線は男性のものが多いような気がする。
日本人の容姿がどうこうのじゃなく、単純に燈はどこに出しても見劣りすることのない美人であることは間違いない。
見た目の物珍しさ以上に、燈の華やかさが視線を集めているのだろう。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはよく言ったものだ。戦う姿は修羅の相だが。
「知らぬが仏ってやつか」
俺は小さく息を吐いた。
「なんか馬鹿にされてるような気がしたから一回殴っていい?」
「おお、気づいたか。人類学史に残る大成長だ。俺は嬉しいぞ」
強烈な鉄拳が俺の頭に落とされた。
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