1日目③

「えーっと、それは別にいいんですけど……私たち聖なる力とかそういう特別な力は持ってませんよ?」


 燈が尋ねた。姉を倒すこと自体には特に抵抗はないらしい。


「いいや、君たちにはその力がある。召喚に応じることができたのが何よりの証拠だ」

「どういうことですか?」

「召喚の秘術は、我らが求める力を持つ者を呼び寄せる。転じて言えば、アキヨシ・リンドウに対抗せしめる力があるからこそ、君たちは呼び出されたのだ」

「へ~……そういえば、こっちに来てから、やたらと体中に力がみなぎる感じがありますね」


 肘打ちやチョークスリーパーの威力が高い気がしたのは気のせいじゃなかったらしい。


「今から、君たちの力を測らせてもらう……マリク!」

「はっ!」


 国王がパチンと指を鳴らすと、後ろの方から水晶玉を持った怪しい感じの青年が歩み出てきた。


「この水晶は、その者の持つ力を映し出します……まずはあなたから。この水晶を覗き込んでみてください」


 マリクと呼ばれた男の指示に従い、燈が水晶玉を覗き込む。すると、眩いほどの虹色の輝きが水晶玉から発せられた。


「この光は……超越者級!? 素晴らしい、魔力を除く全ての能力が桁違いだ!」


 リアクション芸人もかくやと言わんばかりに、マリクは驚いていた。


「さすがは異世界の英傑。同じ超越者であれば、アキヨシ・リンドウにも対抗できよう」


 国王も目を輝かせていた。よくわからないが、すごいことなのだろう。


「うおおおおおおっ! まさか超越者級にお目にかかれるなんて!」

「これで世界は救われる! しかも美少女!」


 周囲の法衣の連中もなんか騒ぎ出した。お祭り騒ぎとはこういうことを言うのだろう。知らんけど。


「いや~、そんな超天才天下無双超弩級美少女だなんて。そんなことはあったりするかも」


 燈はにへらと相好を崩していた。


「アカリ! アカリ! トウドウ・アカリ!」


 怒涛の燈コールがはじまった。燈は燈でポーズなんか決めている。分かりやすいくらいに調子に乗っていることがわかる。


「祝福は……”天地無双”!?」


 マリクがまたまた驚き、腰を抜かしていた。


「”天地無双”と言えば、かつて邪竜を単身で撃ち滅ぼした武闘家が所持していたという伝説の祝福ではないか!」


 国王もさらに目を輝かせていた。


「あの~、祝福って何ですか?」

「天から与えられる特別な力のことです。それを持つ者に、固有の特殊な能力を与えます」


 俺が尋ねると、マリクが説明してくれた。なかなかに男心をくすぐられる言葉だ。


「まさか一人目からこれほどの逸材を引き当てることができるとは……」


 国王の期待の眼差しが俺に向けられる。燈がすごかった分、俺にも期待しているのだろう。俺もちょっとワクワクしている。


「さて、次はあなたの力を測らせてもらいます……水晶を覗き込んでください」


 マリクに言われたとおりに、俺は水晶玉を覗き込む。すると、燈のときと同様光が放たれた。だが、その輝きは燈のときと比較しても明らかに弱い。燈の光がピッカー! とするならば、俺の光はピカァ……といった感じ。


「こ、これは……!」


 マリクが驚愕の声を漏らす。


「普通ですね」


 急にテンション下がった感じでマリクが呟く。

 先ほどまで沸き立っていた空間に、静寂が訪れる。みんな一様に視線を俺に集めている。やめろ、俺がこの空気を作ったかのような感じになるな。


「いや、普通に悪くはないんですけど……例えるならまあ、ドラゴンを期待していたら蛇が出てきたような、そんな感じですかね」

「蛇舐めんなよ。毒あるんだぞ毒」

「あっ、後、耐久力はやたらと高いです。死ぬほど痛い攻撃も多分耐えることができますよ」


 このマリクという男、フォローしたいのか追撃したいのかわからない。


「で、では祝福の方はどうなのだ? とてつもない祝福を与えられているやもしれぬ」


 気まずい空気の中、国王が切り出した。


「えーっと……祝福、”不明”……不明?」

「つまり、どういうことじゃ?」

「端的に言って、よくわからないということです」


 マリクがそう言うと、その場にいた全員が黙りこくってしまった。


「不明ってことは、無限の可能性を秘めているってことだ!」

「そうに違いない! 私にはあの青年が世界を救ってくれる未来が見えるぞ!?」

「う、うおおおおお! ユーマ! ユーマ! トウドウ・ユーマ!」


 法衣の集団が、この空気を打破しようと盛り立てる。人の優しさがこれほどまでに身に染みたことはない。あれ、なんか涙が出てきた。


「異世界の英傑たちよ! エクセリア王国第三一代国王として、君たちにこの世界の命運を託したい! あの邪知暴虐たるアキヨシ・リンドウを打ち倒してくれ!」


 国王が威風堂々たる様で告げる。英傑たちと複数形にしてくれているところに、そこはかとない配慮を感じる。


「……どうする?」

「無関係なら断るところだけど、さすがに身内が問題起こしてるとなるとね」

「馬鹿が馬鹿なことを考えて馬鹿をやる。それだけならいいが、馬鹿が力を持っていたら手に負えなくなるという実例だな」

「何? 政治風刺?」

「そうじゃないが……まあ、放ってはおけないよな」


 ひそひそ声で燈と会話する。面倒事に巻き込まれるのはごめん被りたいが、幼馴染が関与しているとなると放っておくのも後味が悪い。

 俺と燈は同時に頷いた。


「任せてください。竜胆は俺たちが責任を持って成敗します」


 竜胆が暴れ散らかしているならば、それを止めてやるのも幼馴染の役目だろう。


「よくぞ言ってくれた! エクセリア王国は君たちを全力で後押しすると約束しよう」


 国王が豪快な笑みを浮かべる。


「ところで、俺たちってちゃんと元の世界に戻れますか?」


 大事なことを聞いておく。別に元の世界に未練がないなんてことはないし、家族や友人たちに心配かけるわけにもいかない。


「さすがに呼び出してそのまま、ということはない。手間や時間はかかるが、そのあたりは問題ない」


 それは一安心だ。

 どこぞへといなくなっていたマリクが、布の袋を持って戻ってきた。それを燈に手渡す。


「これは支度金と旅費です。合計で五万五Oゴルドあります」

「わっ、すご」


 燈が袋の中を見て驚いていた。俺も見てみると、中には金銀の硬貨がいっぱいに入っていた。


「少なくとも、金に困ることはありますまい。余程、馬鹿みたいな使い方をしなければ」


 マリクははははと笑っている。少し気になることがあった。


「なあ、マリクさん。五万五Oゴールドって、なんでそんな切りの悪い数字なの?」

「ははは、どうしてそのようなことを気になさるのですか?」

「……燈が五万ゴルド、俺が五Oゴルド」


 マリクは笑みの仮面を張り付けたまま固まる。


「もしかして、端数は俺の分ですか?」

「ははははは、何をおっしゃられるのやら。人の価値に優劣があるわけがないじゃないですか。神の前では等しく人は平等ですよ。ああ、天にまします我等の父よ、どうか我等を導きたまえ」


 白々しく笑っているあたりおそらく図星なのだろう。なんかちょっと腹が立ってきた。


「燈が俺より優れていることは認めるにしても、一燈イコール一OO俺になるという方程式が気に食わない」

「悠馬、レートが一桁合ってないよ」


 燈の突っ込みが入る。

 いろいろ釈然としないが、こうして俺たちは何の因果か幼馴染を止めるために異世界で旅に出ることになった。

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