1日目②

「……ん?」


 目を開いて、すぐに異常に気付いた。

 天井からは煌びやかなシャンデリア。大きなステンドグラスの窓からは、色とりどりの光が差し込んでいる。壁には金箔が施された装飾や豪華な壁画。床は大理石だろうか?

 とにかく一般庶民である俺にも品格・風格を感じ取れるような威厳と豪華さが漂う壮大な空間にいた。

 それと、なんか人がいっぱいいる。みんなして神父の法衣みたいなものを着ている。見事な統一感だけど、ちょっと威圧感があるというか、一様にこちらに視線を向けてくるから怖い。


「……一O三一、一O三三、一O三九……ダメだ! 情報量が多すぎる!」


 聞き覚えのある声。振り向くとすぐ近くに燈がいた。

 素数を千の位まで数えるくらいには動揺しているようだ。……動揺しているのか?


 集団の中から、七O歳は超えているだろう老人が進み出てきた。権威の象徴みたいな王冠。豊かに蓄えられた髭。これでもかと言わんばかりの豪奢な衣装を身に纏い、威厳に満ち満ちているというか、とにかくただ者ではないことは一瞬で理解できた。


「ようこそ、異世界の英傑よ。我等エクセリア王国は君たちを歓迎する」


 老人は大手を広げて歓迎の意を示す。


「私はマルドゥク・モルジェス・エクセリア。エクセリア王国第三一代国王である」


 深みのある声で老人が名乗る。

 俺は両耳に人差し指を突っ込み、ほじくる。なかなか大物の耳くそが取れた。最近耳掃除サボってたもんな。


「ど、どうしたのだ?」

「すいません。頭か耳のどちらかがおかしくなったのかと思って、まずは耳を疑ってみました」

「混乱するのも分かる。まずは説明させてくれたまえ」


 どこぞの王様らしい人がおほんと咳払いする。


「君たちの世界にはいないらしいが、我等の世界には魔物、そして魔族と呼ばれる存在がいる。人類の歴史は、奴等との争いの歴史でもあるのだ」


 壮大な話がはじまった。この時点で質問したいことは無数にあるが、とりあえず大人しく話を聞いておくことにした。


「それでも、これまでは何とか人類は奴等の侵攻を食い止めてきた。しかし、魔物どもの王たる今代の魔王は強大。その影響を受けて、魔物どももその力を増しておる」


 苦渋の表情で国王が語る。大変だということだけはわかる。


「この事態を未曽有の危機と判断し、エクセリアは古代の秘術の使用に踏み切った。それこそが、異世界より英傑を呼ぶ秘術」

「なるほど、するってえとあれですかい。私たちは魔物たちに対する戦力として、元いた世界から呼び出されたってわけですかい?」


 燈が現状を分析している。さすがに動揺しているのか、口調に江戸っ子が混じっている。


「うむ。実は君たちの前にも、この秘術により呼び寄せた者がいたのだ」

「……あっ」


 間の抜けた声が出る。


「も、もしかしてそれは秋吉竜胆のことですか!?」

「何故、彼女のことを……?」


 国王が目を見開く。まさかと思ったが、竜胆の部屋にあった魔法陣こそが異世界へとつながる門のようなものだったのだろう。あれによって俺たちがこちら側へ来たとするのなら、竜胆も同じように呼び出されたのだろうと当てがついた。


「腐れ縁です。あいつに何かあれば、放っておけるような関係でないことだけは確かです」


 後ろでぴゅうっと燈が口笛を吹く。やかましいと視線を送っておく。

 国王は重々しく頷いた。


「アキヨシ・リンドウは、まさに人類の希望足りえる存在だった。その拳は地を砕き、その魔法は天を割る。比類なき才気と肉体はまさしく当代随一。その美貌もあって、召喚されてたった数日で民草の間では救世の神子と称えられるようになった。我等も今度こそ魔物との長き闘争の歴史を終わらせることができると沸き立ったものだ」


 びっくりするぐらい評価されている。確かに竜胆はいろいろと常識では計り知れないところがある。とはいえ、ここまで美辞麗句を並べ立てられると別人の話をされてるような気になってくる。


「彼女は我がエクセリアが誇る勇士たちとともに魔王を打ち滅ぼす旅に出た。しかし、それこそが大いなる過ちだと我等は気づかなんだ……そして、悲劇は起こった」


 国王が重々しい口調になる。不吉なものを感じ、俺は思わず国王に詰め寄っていた。


「り、竜胆に何かあったんですか!?」

「お姉ちゃんに何があったの!?」


 俺と同時に燈も動いていた。姉の安否を心配して、鬼気迫る表情になっている。

 焦る俺たちに対し、国王は沈痛な表情で話を続ける。


「アキヨシ・リンドウ一行は昇竜の勢いで並みいる魔物を打ち倒し、魔王の居城まで駆け進んだ。私は愚かだった。なぜあのような悲劇に至る可能性を少しでも考えなかったのかと……悔やんでも悔やみきれぬ」


 最悪の可能性を考えてしまい、俺は歯噛みする。

 こんなことがあっていいわけがない。知らないうちにお別れだなんて、受け入れられるはずがない。


「教えてください。竜胆は……竜胆は無事なんですか!?」


 俺が問いかけると、国王は意を決したように口を開いた。


「結論から言おう。アキヨシ・リンドウは魔王討伐の任を放置して、自らの帝国を作り上げた」


 話変わってきたな。


「アキヨシ・リンドウの力は強大すぎた。そして、あの魔性とも言える美貌。人、そして魔物どもすら従え、彼女を崇め奉る者たちとともに、聖リンドウ帝国と称して自らを皇帝と定めた。何たる不遜なことよ」


 俺は隣の燈を見た。冷汗をかいている。俺も燈も、竜胆がそういうことをやるかやらないかで言えば、やりかねないという共通認識を抱いていた。


「ところで、其方。先ほど”お姉ちゃん”と口にしていたが……そうだ、肝心なことを忘れていた、君たちの名を聞いても良いかの?」


 そう聞く国王には警戒の色が窺えた。


「藤堂燈です。おね……竜胆さんとは昔から仲が良かったので、よくお姉ちゃんと呼んでいただけです。まかり間違っても血縁関係はございません」


 こいつ、人の苗字を騙りやがった。俺こそお前と血縁関係になった覚えはないんだが。


「……藤堂悠馬です」

「トウドウ……君たちは夫婦なのかね?」


 同じ苗字を名乗ったため、夫婦か兄妹か、何かしら近しい関係と推測されたのだろう。


「いえ、そういった事実は確認されません。どちらかと言えば、赤の他人寄りの——」

「違うよね? お兄ちゃん!」


 脇腹に燈の肘が突き刺さる。良い角度の一撃だった。マジで痛い。


「燈。残念ながら、人類とゴリラの血縁関係を認める法律は存在しないんだ。多分、それはこっちの世界でもいっしょだろう。生物学上の壁を越えることはできないんだ」

「だぁれがゴリラだ! この矮小な人間風情が!」

「ギブギブ! 人の構造にお前の絞め技は耐えられない!」


 完璧な形でチョークスリーパーが極まる。柔らかさと苦しみの波状攻撃で、死にそうになる。

 タップすると、渋々といった様子で燈は技を外す。危うく天に召されかけるところだった。


「取り込み中すまぬが、話を続けてもいいかの?」


 しまった。国王が蚊帳の外になっていた。


「はい、すいません。お見苦しいところをお見せしました」


 笑顔で燈が答える。さすが、姉と同じく外面は完璧だ。


「君たちがあのアキヨシ・リンドウの血縁者でなくて安心した。万が一そうであった場合は、相応の措置を取らざるを得ないところだった」


 俺は再び燈を見る。ものすごい冷汗だった。というか、相応の措置ってなんだよ。ちょっと曖昧にしてるのがなおさら怖いよ。


「ともかく、だ。トウドウ・ユーマにトウドウ・アカリ。君たちには、傲慢不遜のアキヨシ・リンドウを打ち倒して欲しいのだ」


 まさか幼馴染を打ち倒して欲しいと言われることがあるとは、夢にも思わなかった。

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