幼馴染が異世界で暴れてるってのはさすがに冗談きついんですが。
高橋邦夫
1日目①
太陽照りつける猛暑の中、俺は大きめの一軒家のドアの前に来ていた。
呼び鈴を押す。少し待ってみるものの、一向に反応は返ってこない。
「お~い! いるなら出てこい、秋吉竜胆。貴様は完全に包囲されている」
呼び鈴を再度押しながら、俺は家の中へ気持ち大きめの声で呼びかける。
秋吉竜胆は俺の幼馴染で、物心つく前からの付き合い、言うなれば腐れ縁のような関係だ。小中高とずっといっしょなのはまだしも、二人とも地元の大学を選んだ結果、これからの大学生活4年間も腐れ縁の関係が続くことが決まっている。
竜胆の学力ならばどの大学でも余裕で受かるはずなのだが、志望理由を聞いてみたところ、あいつは「家から近いから」と言い放った。
やたらと付き合いが長い分、周囲からはよく付き合ってるのかと聞かれることはあった。ちゃんと数えてはいないが、おそらくこれまでの人生で5億回は聞かれた気がする。
あまり認めたくはないが、才色兼備で何かと目立つ幼馴染と比べて、俺——藤堂悠馬はあまりにも普通だった。別にそれを卑下したことはないものの、幼馴染でなければあまり関わることもなかったのだろうなとも思う。
夏休みシーズンを迎え、竜胆の両親は二人だけで二週間の海外旅行に行っていた。娘の受験も無事終わり、夫婦水入らずで楽しみたいとのことだった。いまだに夫婦円満で何よりですね。
残された娘が自堕落な生活をしないように、たまに様子を見に来てほしいと言われていたのだ。
他人に見せる姿は完璧に取り繕う癖に、家だとびっくりするくらいに自堕落になるのが我が幼馴染だ。
竜胆の母曰く、「あの子が一人で二週間無事過ごせるかは、母である私にも断言できない」とのこと。冗談で言ったのかはわからないが、少なくとも俺は笑い飛ばすことができなかった。
「お~? 悠馬じゃん」
背後から呼びかける声に振り向く。
「うおっ、でた」
そこにいたのは、長い亜麻色の髪をポニーテールにまとめた少女。カジュアルな服装から窺える均整の取れた肉体は、素人の俺から見ても鍛え抜かれていることがわかる。
竜胆の妹である秋吉燈だった。
「何さ。鳩が鉄砲食らったような顔して」
シンプルに大惨事だ。
「お前、『私より強いやつに会いに行く』とか言ってアメリカ行ってたろ? そいつは見つかったのか?」
「まだ私の領域に至った相手とは出会えてないね。退屈してたから帰ってきちゃった」
燈は頭は良いのだが、残念ながらネジが数本行方不明となっている。高校卒業と同時に強者を求めて家を飛び出した稀代のアホ。知恵の輪をパワーで解決するタイプの女だ。
姉の竜胆が遅生まれ、妹の燈が早生まれであり、俺たち三人は同学年だ。
「地上最強と呼ばれる戦闘力に加え、認めるのは甚だ遺憾であるが美少女。秋吉家の人間は天から何物もらえば気が済むんだ。少しくらい俺たち凡人に分配してくれよ」
「申し訳ない。神様に愛されてて本当に申し訳ない」
「そういうとこだぞ」
燈とは春以来の再会になる。引っ提げている荷物の量からしてちょうど帰省してきたところなのだろう。
「ドアの前で立ち往生して、もしかしてお姉ちゃんいないの?」
「いや、わからん。事前に連絡はしたんだが、反応がなくてな……」
竜胆母に言われたこともあるが、万が一ということもあるので、少し心配になって見に来たのだ。
「私も今日帰ることは事前に連絡しておいたんだけどなぁ」
燈が不満そうにぼやく。
「……仕方がない。この手は使いたくなかったが」
ポケットから徐に鍵を取り出す。この家の合鍵だ。
「なんで家の鍵持ってんの?」
至極真っ当な質問。だが、俺にも正当性がある。
「おばさんがくれたんだよ。言っとくが、俺は一度断ったからな」
倫理上も法律上もまずいと思ったのだが、竜胆母の「悠馬くんならいいから」の一言で押し通された。
「う~ん、まあ悠馬ならなしよりのあり、かなぁ」
「なしに決まってんだろ……これはお前に渡しとくよ」
合鍵を投げて燈に手渡す。
「あれっ、もしかして家に二人っきりってこと? 男女が二人ってやばくない? 情熱ジェラシー燃え上がっちゃうかも!?」
「若造が。百年早いわ」
「仙人気取りですかい……ん?」
合鍵を手にした燈がドアの前で不思議そうにしている。
「ドア空きっぱなしだ」
不穏なものを感じ、俺と燈は家の中に入る。
家の中に荒らされた様子はない。俺たちは足早に竜胆の部屋へと向かう。
「うわっ!?」
先に部屋に入った燈が驚いていた。
次いで入った俺が見たのは、部屋いっぱいに広がる幾何学模様。
「これは……魔法陣的なあれか?」
「魔法陣的なあれだね……お姉ちゃん、変な新興宗教にでもはまったのかな?」
燈がさらっと恐ろしいことを口にしていた。姉をなんだと思ってるんだこいつ。
スマホを取り出し、竜胆に電話をかける。着信音はすぐ近くから聞こえてきた。
俺と燈は顔を見合わせる。
「さ、さすがに事件性を感じる。警察呼ぶか?」
「う~ん……お姉ちゃんに限って、強盗に不覚を取るとは思えないけど」
バトル漫画のキャラみたいなこと言い出した。彼女には一般常識というものを早めに理解してほしい。
不意に、魔法陣が光り出した。その輝きがどんどん強くなる。
「何これ?」
「俺が聞きたい」
よくわからないが、体が石のように重く感じて動けない。燈も同様の状態のようだ。
「もしかして、やばくない?」
「もしかしなくてもやばいんじゃない? 知らんけど」
俺がそう答えると、二人して黙り込んでしまう。
「ふふふふふ」
「ははははは」
二人して乾いた笑いを浮かべる。笑っている場合ではないのだが、笑うしかない。
魔法陣の眩い光が俺たちごと部屋を飲み込んだ。
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