第55話 素晴らしい日、そしてグランバーン王はあの人だった?

 俺、ゼント・ラージェントは、ついにセバスチャンに勝利した!


 ゲルドン杯格闘トーナメント……何と、優勝だ。


 そしてリング下で、真の黒幕ともいえる大魔導士アレキダロスの正体が、マリウ副親衛隊長しんえいたいちょうの手によって、暴かれる――。


 アレキダロスの仮面に、マリウ副親衛隊長しんえいたいちょうが、手をかけた。


 何と、アレキダロスの正体は……女性!


「ああっ!」


 俺とエルサは思わず声を上げた。アレキダロスの正体は……!


 フェリシアだった。


 俺の元彼女であり、ゲルドンと離婚した元妻である。


 俺は16歳のときの、フェリシアしか知らない。だけど、36歳になったフェリシアであることは……間違いなかった。面影がある。


「何で……どうして……フェリシア?」


 俺はつぶやくように言ったが、フェリシアは黙っている。彼女の手首には、手錠がかけられていた。


「ゼントさん、申し訳ないが」


 審判団長が俺たちに声をかけた。


「これから、グランバーン王との謁見式えっけんしきがあります。王から優勝者に、祝福のお言葉があるそうです。ただちにグランバーン城へ移動してください」


 マリウ副親衛隊長しんえいたいちょうは、「では、アレキアダロスを……この女を連行しろ」と部下に命令した。アレキダロス――いや、俺たちの幼なじみ、聖女フェリシアは手錠をかけられて、スタジアムの奥に連れていかれてしまった。


 俺とエルサは、顔を見合わせていた。


 一方、武闘ぶとうリングの方を見ると、セバスチャンも黙って座り込んでいた。手には、やはりというべきか、手錠がはめられている。

 座っているセバスチャンを、リング上で見下ろしているのは、親衛隊長しんえいたいちょうのラーバンス氏だ。ラーバンス親衛隊長しんえいたいちょうは、難しい顔をして、セバスチャンを見ている。


 ラーバンス氏は、セバスチャンの父親だ。


「セバスチャンの罪状は、色々あるそうよ」


 ミランダさんが俺に言った。


「今日、アシュリーを拉致らちしたこと、様々な不正な経営をしてきたこと。どんどん出てくるはず」


 ◇ ◇ ◇


 俺とエルサ、ローフェン、ミランダさん、アシュリーの5人は、スタジアムの試合会場から出た。そして、歩いてグランバーン城に向かった。グランバーン城は、俺とセバスチャンが闘った中央スタジアムから、歩いて1分のところにある。


 俺は歩きながら、エルサと話した。気になるのは、さっき逮捕されたフェリシアのことだ。


「一体、何がどうなってるんだよ? フェリシアがどうして、セバスチャンの手先になっていたんだ?」

「うーん……。でもね、あたしにはフェリシアの気持ちが分かるよ」


 エルサがそう言うので、俺は驚いた。


「ど、どういうことだ?」

「この間、ゲルドンの屋敷に行ったでしょう?」

「あ、ああ」

「屋敷に長年勤めていらっしゃるメイドさんに、フェリシアのことを聞いてみたのよ。ゲルドンが屋敷に帰ってこない日も多く、一人で過ごす日がとても多かったそうよ。息子さんのゼボールも不良仲間とつるんでいたし。とてもさみしかったんじゃないかな」

「そんな時、フェリシアにセバスチャンが目を付けた?」

「そうね。メイドさんがもう一つ言ってたんだけど……。ゲルドンが不倫し始めてから、フェリシアは口癖くちぐせのように、ゼントのことを言っていたらしいよ」

「な、何て?」

「『20年前、ゼントを裏切ってしまった。あやまりたい』って……」


 ……そうか。


 フェリシアは留置所りゅうちじょに入るのだろう。だが確か、フェリシアは妊娠していたと聞いた。


「フェリシアは妊娠しながら、アレキダロスを演じていたのか?」

「そのようね。『大魔導士』なら、武闘家や剣士じゃないし、そんなに動かなくても良いからね。変声魔法も、彼女の魔法力なら、毎日使い続けることができるはずよ」

「うーん、あいつは治癒魔法も補助魔法も、お手のものだったからな」

「そうそう、フェリシアは聖女だし、治療薬や薬剤のことはかなり詳しかったわね」

「薬剤? ……『サーガ族の生き血薬』のことか。あれはフェリシアが作ったのだろうか……?」


 多分、そうなのだろう。これから、事件の謎が少しずつ解けていくんだろうな。間違いないのは、フェリシアがセバスチャンの助言者アドバイザーのアレキダロスだったこと。そして、セバスチャンと共に、フェリシアが留置所りゅうちじょに入れられること。


「さあさあ、ゼント君、何をブツブツ言ってるの!」


 ミランダさんが元気よく、声を上げた。


「あなたは優勝者よ! もっと胸を張って、明るい顔をしなさい。笑顔よ!」

「あ、そ、そうします」


 俺は笑った。笑っていいんだ、と思った。


 ◇ ◇ ◇


 俺の試合を観ていたスタジアムの観客たちは、外に出始めている。グランバーン城の屋外広場に移動するためだ。どうやら俺は、城のバルコニーで、グランバーン王と謁見えっけんすることになるらしい。

 バルコニーからは、城の屋外広場を見渡せられるそうだ。


 何てこった、試合以上に緊張するぞ、こりゃ。


(そういえば、王様ってどんな人か、まったく知らないなあ……)


 うわさでは、グランバーン王は大の写真嫌いで有名らしい。新聞や雑誌にも、ほとんど顔写真を掲載けいさいさせたことがない。


 ひええ……気難きむずかしい人なのか? 余計に緊張しまくってきた。


「ゼントさん、しっかり!」


 アシュリ―は俺の腕を組んできた。


「そうじゃないと、私のパパになれませんよ~」


 俺は苦笑いした。ずいぶん、アシュリーも俺に遠慮せずに言うようになってきたんだな。


 ◇ ◇ ◇


「トーナメント優勝者、ゼント・ラージェントさんに敬礼!」


 俺たちは城に入ると、いきなり衛兵たちから敬礼の挨拶あいさつを受けた。俺はこれから、城のバルコニーで、グランバーン王と謁見えっけんする。


 そしてまあ、簡単に言えば、王様から「よくやった!」とほめられるんだろう。


「さっ、ゼント様! こちらでございます。私は、王の執事しつじ、マクダニエルです」


 長いアゴひげを生やしたマクダニエル老人が、俺をバルコニーへ案内してくれるそうだ。


「じゃあ、ゼントさん、頑張ってネ!」


 アシュリ―がニコニコ顔で声を上げる。


「ゼント、お前な~、緊張してドジするんじゃねーぞ」


 ローフェンがニヤニヤ笑って言う。あ~、うるさい。


「もう~……。私まで、ちょっと心配になってきちゃったじゃないの。しゃんとしなさいね」


 ミランダさんは、ため息をついている。母親みたいだなあ……。


「ゼント、優勝者のお役目、しっかり果たしてね」


 エルサが言った。


 お、おう……。


 エルサ、ミランダさん、ローフェン、アシュリーは、衛兵が付きい、城の屋外広場の方に行ってしまった。


 俺とマクダニエル氏は、城の三階まで上がり、廊下を歩いた。


 廊下の突き当りには、大きな立派な鉄の扉がある。


「さあ……ゼントさん。皆が――国民が待っております!」


 マルクダニエル氏は笑って言った。俺はうなずく。マクダニエル老人は、その鉄の扉を開ける。


 ◇ ◇ ◇



 ドオオオオオッ


 ひ、人ぉおおおおおおお!


 そこは城の3階のバルコニーで、そこから外の城の屋外広場が見渡せる。


 ……が、人、人、人だらけだ!


 屋外広場には、ざっと1万人はいるだろうか? たくさんの人が、俺を見上げている。


「おっ、ゼントだ!」

「キャーッ! ゼント君よ!」

「すごい試合だったぞー!」


 人々は俺に声をかけてくれている。


「手を振ってみたらいかがですかな?」


 マクダニエル氏がすすめる。俺はうなずき、思い切って手を振ってみた。


 ドオオオオオッ


 歓声で、城がれたかと思った。


「きゃあーっ!」

「手を振った~!」

「ゼントちゃ~ん!」


 若い女の人たち、街のおばちゃんたちの声も聞こえる。皆、俺を見に来てんのか……。はー、すごい。


 一方、俺たちが立っているバルコニーは結構広く、多少の庭園がある立派なものだ。


「ゼント君、君の活躍を観戦していたよ」


 後ろから声がかかった。


 俺が振り向くと、王冠をかぶった、立派な老人が立っていた。


「私がグランバーン王だ。よく来てくれたな! ゼント・ラージェントよ!」


 グランバーン王がにこやかに言う。俺はもう緊張して、口ごもった。


「は、はい。どうも……ん?」


 俺はグランバーン王を見て、目を丸くした。


 えええええーっ?


 グランバーン王は、俺が知っている、「あの人」だったのだ!

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