第54話 セントVSセバスチャン④

 セバスチャンは「歴戦の魔闘神まとうしん」となった。一方、俺はスキル「歴戦の武闘ぶとう王」を持っている。


(宿命の対決……というわけだ。だが、アシュリーは返してもらうぞ、セバスチャン!)


 俺は決意した。


 セバスチャンの帯の左には、ねんやいばという武器が、さやに入っておさめられている。ねんやいばは、念で作られている剣――刀状の武器だ。


 念でできていると言っても、ほぼ物質化しているように見える。


 審判団は、それを見て見ぬフリをしている。やはり、セバスチャンはこのトーナメントの最高責任者であり、武闘家ぶとうか連盟会長だから、一切口出しできないらしい。


 セバスチャンは俺をじっと見る。


(う、うおおおっ……、こ、この感覚は!)


 こ、これがねんやいばという刃物と相対あいたいする、ということなのか。斬られる恐れ、不安、そして強敵と闘える不可思議な喜び、感謝――ごちゃまぜの感情が俺の頭の中を駆け巡っている。


「くくくっ……。素手の君が、ねんやいばを持った私に、勝てるわけがない。切りきざんでくれよう、ゼント君」


 セバスチャンはクスクス笑った。


 カチャリ


 セバスチャンは、反物質化したねんやいばつばに親指をかけ、すべらせる。右手でねんやいばを引き抜こうとしている。


 スッ


 最初はそんな音がしたと思った。


 ねんやいばを引き抜――……いや、引き抜いていない! 手だけ、ねんやいばを引き抜くフリをしただけだ! しかしその後――。


 ブアアアアッ


 本当にねんやいばを抜き、横に払った!


「うおおっ!」

 

 俺は思わず前転して、それをける!


 ねんやいばを抜く……と見せかけて、二回目で? こ、これは「歴戦の魔闘神まとうしん」の技術か! セバスチャンはつぶやくように、技の名を言った。


「秘剣――だまし払い――」


 カチャッ


 セバスチャンは納刀のうとう――ねんやいばさやに戻してしまった。


 俺は立ち上がり、横に移動する。


 その瞬間、セバスチャンは素早くねんやいばを抜き、何と前に突き刺してきた! やいばの裏部分に手の甲をえ、刃先はさきがブレないようにしている!


 俺は、今度は後ろに飛んで、それをかわす!


「ゼント君、血まみれになる前に、『まいった』をしてもよかろう」


 セバスチャンはまた笑う。


「そうすれば、命は助けてやる。私としてはもっと闘いを楽しみたいが」


 誰が、「まいった」なんか、するもんか! 俺は勝つ!


 またセバスチャンは納刀のうとう。しかし、俺はその瞬間を見逃さなかった!


 ガスウッ


 俺の左ジャブ!


 セバスチャンのほおに当たった! しかし、俺は近づきすぎた?


すきありだ! ゼント君!」


 セバスチャンは構わず、今度は何と、素早くねんやいばを引き抜き、リングに直角に刺してきた! お、俺の左足の甲を刺そうとした。


 そ、それはうまいこと外れた。


 しかし、続けてセバスチャンの上段斬り!


 バサッ


 俺の武闘着ぶとうぎそでを斬っただけだ!


「何! かわすとは!」


 セバスチャンは声を上げた。そして――俺は素早く踏み込み――。


 ドボオッ


 セバスチャンの腹に、左ボディーブローを入れた!


「ぐへ」


 続けて、左フック!


 ガスッ


 彼はねんやいばを持っているから、逆にまともな防御ができないのだ。


 セバスチャンはフラつき、立っているだけで精一杯だった。


 しかし、彼の手にはねんやいばがある。油断したら、一撃でやられる。それが恐ろしい!


貴様きさまあ……ゼントォ……!」

 

 セバスチャンは怒り狂った目で、俺をにらみつけている。


「ふうっ」


 俺は息が切れてきた。この緊張感の中だ、体力の消費が速い!


 しかし、セバスチャンにも打撃は効いている。


 ねんやいばの3回目の納刀のうとうは――しない!


 セバスチャンはねんやいばを自分に引き寄せ、脇を締め、構える。


 ここしかない!


「ゆるさん! 斬られた痛みで、もだえ苦しめ! ゼント!」


 セバスチャンは本性を表した。


 上段から斬る――と見せかけて、何と、ねんやいばを下から斬り上げてきた!


 だが、俺はその前に、素早く接近していたのだ。


 パシッ


 ねんやいばを持った手首をつかむ!


「まさか!」


 セバスチャンが声を上げた時、俺は――。


 ガッシイッ


 セバスチャンのアゴに、左ストレートを決めていた。


 セバスチャンはねんやいばを落とした。物質化しているから、ガラン、と音がした。


「ううっ?」


 セバスチャンは驚きの声を上げる。


 そしてそのまま、ねんやいばは消えてしまった……。


「あ、う、う」

 

 セバスチャンは俺を見て、一歩後退する。


 俺は前進して、左ジャブ! セバスチャンのほおをかすめる。セバスチャンも、あわてたように右ストレート! 俺はそれを手で受け、前蹴り! セバスチャンはひざでそれを受け止めた。


 そして、セバスチャンの上から振り下ろすような、変形右フック! 軌道が独特だ! こんなパンチを隠し持っていたのか?


 ガシイッ


 俺は、左アッパーを、セバスチャンのアゴに決めていた。逆に俺は、セバスチャンの変形右フックをよけていた。


 セバスチャンはフラつきながら、笑う。彼は倒れない。


「さ、す、が、ですね」


 ゆらり

 

 セバスチャンが横に移動する。

 

 カッ


 セバスチャンは目を見開き、力を振り絞って――今度は上からの変形左フック!


 ここだ――俺は、それを待っていた。


 俺は一歩踏み込み、全身全霊の力を込め――。


 彼のアゴに、右手の平の下部を使った打撃――! 右掌底みぎしょうていを放った!


 グワシイイイイッ


「ガフ」


 そんな声とともに、セバスチャンのアゴに俺の右掌底みぎしょうていが叩き込まれた。


 完全なカウンター攻撃……! セバスチャンのアゴをとらえていた。


「そ、そんな……。まさか……この私が」


 彼はそうつぶやきながら、フラつき、片膝かたひざを――ついた!


 そして……リング上の全身を突っ伏した。


「ああ……」

「ついに」

「ど、どうなった?」


 観客たちが静かにざわめく。


 リングがいの審判団が、白魔法医師たちの方を見る。白魔法医師は、バツの字を作って、首を横に振る。


 カンカンカン


 乾いた金属音――試合終了のゴングの音がした。そして――。


『16分20秒! KO勝ちで、ゼント・ラージェントの勝ち!』


 スタジアム全体に、放送が――審判長の声が響き渡った。


『ゼント・ラージェント選手の優勝です!」


 ドオオオオオオオオッ


「きたあああああああーっ!」

「完全決着だああああ!」

「ゼント、すげええええ!」

「やりやがったあ!」

「すげえ試合を観たああ!」


 あまりの歓声に、スタジアムがれたように思えた。


「やったあああ!」


 エルサがリング上に上がってきて、俺に抱きつく。


「ゼント、おめでとう!」


 一方、セバスチャンは座り込んで、呆然としている。まあ、そっとしておこう。


 おや? スタジアムの奥……花道の方から大勢の軍人がやってきた。


「ええっ? あれは、国王親衛隊しんえいたいよ!」


 エルサが声を上げた。


 20名はいるだろうか? 軍隊の正装をしている。彼らはリングサイドに近づいた。そして彼ら20名をかきわけて、一人の少女が前に進み出た。


「ゼントさん!」

 

 アシュリ―だ!

 

 ほおおお……っ! 俺とエルサは、やっと息をついた。無事だったかぁ……。

 俺はエルサとともにリング下に降りて、アシュリーに聞いた。


「アシュリー! 怪我はないか?」

「平気だよ。国王親衛隊しんえいたいの人たちが助けてくれたんです」

「どこにいたんだ?」

「二階の来賓らいひん客用観戦室です! ゼントさんの試合もきちんと観れました!」


 アシュリ―が言うと、エルサがうなった。


「そうか……。来賓らいひん席だと、貴族や王族の人たちが入る場所だから、皆、入り辛いものね。見つけるのに、時間がかかったわけか」

「赤鬼さんが、お菓子を一杯くれたんですよ」


 アシュリ―が小声で言う。


 一応、アレキダロスや赤鬼たちは、アシュリーを丁重ていちょうに扱ったわけか。まあ、ゆるせんけど。


 すると、国王親衛隊しんえいたいたちがまた、6名、俺の目の前にきた。彼らは白仮面の大魔導士――アレキダロスと赤鬼を連れて歩いてきた。アレキダロスと赤鬼の手首には、手錠がはめられている。


「私は副親衛隊長しんえいたいちょうのアルフォ・マリウです。このアレキダロスが、アシュリーさんを拉致した、真の計画者であります。よろしければ、仮面の中の正体を見ていただきたいと思います。あなた方が知っている人物か、見てもらうためです」


 俺は戸惑ったが、うなずいた。


「おい、やれ」


 マリウ副親衛隊長しんえいたいちょうは、アレキダロスの仮面に手をかけた。アレキダロスは抵抗しなかった。仮面は簡単に外れた。


「あああっ!」


 俺とエルサは、同時に声を上げた。


 アレキダロスは……! アレキダロスの正体は、俺の、俺たちの知っている人物だったからだ。

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