第53話 ゼントVSセバスチャン③

 俺――ゼント・ラージェントは、セバスチャンとの決勝戦に挑んでいる。


 そして、セバスチャンのチョークスリーパーを防御するため、自分の首を、腕で守っているのだった。


「ムダだ!」


 セバスチャンは俺の背中に乗り、俺の首に腕を回してくる。俺の首に、セバスチャンの腕が回り込めば、頸動脈けいどうみゃくを絞められておしまいだ。


 俺は腕を使って、首を守る。


「くっ! しぶといヤツだ」


 セバスチャンはイラだち、パンチを俺の後頭部に打ち下ろしてくる。


 ガスッ


 俺は――何とかひざをたたみ、脇を絞めて首を腕で守る。


「うっ……こいつ!」


 セバスチャンはうめいた。


 おおっ……と観客からため息がもれる。


「あれは総合格闘技でいう『亀』の状態ってヤツだ!」

「ゼントがピンチってことか?」

「い、いや、首を守れるし、悪くないんじゃないか?」

「バカ、あの状態じゃ、セバスチャンは後ろから打撃を打ち放題だ」


 観客たちもざわめく。俺はまるで岩のような丸まった体勢になっている。


「フフッ、これは驚いた。なるほど、『亀』の体勢というわけか――。いわゆる君は『引きこもり』したのだ。再び」

 

 セバスチャンは半ば呆れたように言った。


 ガスッ


 セバスチャンは上から後頭部にパンチを落としてくる。俺は「亀」になって引きこもった。


おろかだ! 本当に君はおろかだ!」


 ガスッ ガスッ


 セバスチャンは調子に乗って、何発も俺の後頭部にパンチを落としてくる。


 この調子だと、もう一発パンチが必ず来るはずだ!


 俺は背中に、多少の軽さを感じた。セバスチャンは打撃に夢中になり、体重の掛け方、バランスをおろそかにしている!


 ここだっ! せえのっ!


 ぐるり


 俺は亀の状態から右横に転がり、背中の上のセバスチャンのバランスを崩した。セバスチャンはパンチを打ち途中だったので、左腕を上げた状態だった。


「なにっ?」


 体勢を崩したセバスチャンが声を上げた。


 俺はうつ伏せから、仰向けの状態になり――。


 ガスウッ


 素早くセバスチャンの腹を蹴っ飛ばした! セバスチャンは吹っ飛んだ。


「ぐぐっ! な……んだと!」


 セバスチャンは驚いて、またしても声を上げた。


 俺は立ち上がった。そしてすぐに、ひざをついているセバスチャンの顔目がけて! 地面すれすれの左アッパーを放った!


 ガッスウウウッ


「ぐうっ」


 アゴに当たった! しかし完全な当たりではなかった。セバスチャンはあわてて立ち上がる。しかし俺は、すきを見逃さなかった。


 ここだああああっ!


 全体重を乗せ――右ストレート!


 ガシイイッ


 そんな音がした。俺の拳が、セバスチャンのほおに当たった。


「あが、ぐ」


 セバスチャンはうめき、ヨロヨロと左によろけ――武闘ぶとうリングに倒れ込んだ!


「お、おい……何が起こったんだ?」

「ゼントが逆転?」

「まさか? セバスチャンがあんなに攻めていたんだぞ」


 ザワザワと観客たちが騒いでいる。俺は……セバスチャンをダウンさせたのか?


『ダ……ダウンです! 1……2……3……4……』


 審判団長を声を上げる。


 ウオオオオオオオオオッ


 観客が騒然とする。そう……セバスチャンのダウンだ! セバスチャンは目を丸くし、座り込んで俺を見上げている。


「そんな……そんな……どうして……?」


 セバスチャンはつぶやきながら、呆然としている。


『5……6……7……』


 セバスチャンはあわてて、よろよろと立ち上がった。


「うう……私が、まさか? 2回もダウンを取られるとは? 信じられん。ゼント……君は何者なんだ?」

「俺は、20年間、子ども部屋に引きこもっていた、ゼント・ラージェントだ!」


 俺はそう言った。


 その時だ。リングサイドにミランダさんが駆け寄ってきた。


「ゼント君!」


 手には魔導まどう通信機を持っている。


「アシュリーを捜索そうさくしてくれる組織が、駆けつけてくれたわ。アシュリーは、まだ見つからない。私も捜索そうさくに参加するから」

「分かった!」


 俺は声を上げた。


「エルサ、ゼント君を見守ってあげて。それがあなたの仕事よ」


 ミランダはエルサに言った。エルサは静かにうなずくと、ミランダさんは、試合会場の奥の方に走っていってしまった。


 そうだ……俺たちはアシュリーも見つけなければならない。だから、俺はこの勝負、絶対に勝たなくてはいけないのだ!


屈辱くつじょくだ……」


 立ち上がったセバスチャンの顔は、真っ青だった。


「私は武闘家ぶとうかを支配し、世界を支配し、全てを支配するのだ。なのに、2回もダウンをとられる醜態しゅうたいを……!」


 セバスチャンはブルブル震えている。ミランダさんの、アシュリーの捜索そうさくの話も、耳に入ったのだろうか?


屈辱くつじょくだあああああああーっ! ゼントォオオオッ」


 その瞬間、セバスチャンの体から、彼の頭上に、不気味な灰色の影が飛び出した。武人の亡霊だ! 5名いる。筮内的な体の色は灰色であるが、全員、それぞれ、頭や腕や胸などから血を流してみえた。


 不気味だ……!


 俺はそのあまりの禍々まがまがしさに、一歩後退した。


 セバスチャンは、「亡霊よ、来い!」と声を上げた。すると、セバスチャンの頭上にいる武人の亡霊の一人が、セバスチャンの体内に入っていった。


「お、おい……何なんだ? セバスチャン」


 俺はそう言いつつ、目の前の奇妙な出来事に呆然とした。


 セバスチャンの体は震え、煙のような闇色やみいろのもやに包まれた。セバスチャンの姿は、煙に包まれ、見えなくなった。


「な、何だ?」


 俺は目を丸くした。やがて煙は薄れ、ぼんやりセバスチャンが姿を現わした。


「ほほう、これは……」


 セバスチャンはしげしげと、自分の手や腕を見ている。


 セバスチャンの姿自体は何も変わっていない。しかし、彼を包んでいるオーラが、もっとドス黒くなっている。いや、赤黒いと言っていい……。そうか、血の色か!


 そのオーラは、この世の恐怖や絶望、悲しみをすべて表わしているようだった。


「我が名は、『歴戦の魔闘神まとうしん』セバスチャン――ということらしいよ、ゼント君」


 セバスチャンはまるで他人ごとのように、笑顔で言った。


「歴戦の魔闘神まとうしん」? ど、どこかで似たような名前を聞いたような……。


 その時! 俺の頭の中で女性の声がした。聞き覚えのある声だ。


『お久しぶりです』


 あ、この声は! マリア! 俺の守護霊!


『そこはかわいらしく、守護天使といってください。って、前にも言いましたっけ?』


 頭の中のマリアは、そう俺に声をかけてきた。


『セバスチャンは体の中に取りいていた、本物の古代の悪魔的英雄、〈歴戦の魔闘神まとうしん〉と合体しました」

「そんなバカな……」

『最悪ですよ、あいつを早く倒さないと! 一般の人々にも被害が及びます!」

「え、えーっと……倒せったって……」


 俺が困惑していると、セバスチャンの手に、いつの間にか、光る棒状のものが握られていることに気が付いた。


 ……棒? いや、剣? そうだ、武器だ、剣だ!


『あ、あれは! 魔力――いや、怨念おんねんで作り上げた、刀剣とうけん――〈ねんやいば〉です』


 マリアはあわてながら言った。


「ゼント君、君の頭の中にいる守護霊の言う通り、私は武器を念で作り上げたんだ」


 観客たちも、静まり返って、俺たちを見ている。審判団も呆然としている。


「『歴戦の魔闘まとう神』と『歴戦の武闘ぶとう王』は古代、彼らが生きていた時、好敵手同士だったそうですよ」


 セバスチャンは話を続ける。


「ゼント君、君の体の中に、『歴戦の武闘ぶとう王』のスキルがあることは分かっている。だから、これから行う闘いは、宿命の闘いだと言っていい」

「お、お前……その得体の知れない武器で、俺と闘うってのか?」


 すると……。


「審判、この闘い、何かおかしいよ。中止させて! ゼントの命が危ない!」


 エルサが声を上げる。しかし、審判団は周囲と相談してはいるが、試合を止めない。


「選手が武器を持ったら、相手の反則勝ちになる。通常は――」


 セバスチャンは笑って言った。


「しかし、この武器は念で作り上げられた武器だ。私の肉体の一部でもある。――そもそも、私は君に敗れ去ったゲルドンに代わり、このトーナメントの最高責任者となった。だから、どんな武器を持ってこようと、審判団は私を止められないのだ」

「き、汚ねえ……」


 俺が言うと、セバスチャンはクスクス笑って言った。


「ここからの勝負は、命をかけた勝負になる。ゼント君、この勝負、受け入れますか?」


 命をかける……! 俺はゾクリとした。なぜだか俺は、この勝負を受けなければならない気持ちになっていた。


 だが……そんなことより……俺にはやらなければならないことがある。


 この勝負に勝って、アシュリーを返してもらわなければならない!


「いい加減、アシュリーを返せ!」


 俺はセバスチャンに向かって、怒鳴った。


「アシュリーを返してほしければ、私との勝負を受けるんですね」


 セバスチャンはひょうひょうと言った。


「いや……君が真の武闘家ならば――『歴戦の武闘ぶとう王』の魂を継ぐ者ならば、この闘いからは逃げられない」

「この野郎……」


 俺はセバスチャンをにらみつけた。


「こんな勝負、危険すぎるよ、ゼント……。あれは刃物……武器だよ……。私、どうしたら……?」


 エルサは泣いている。俺は、エルサに言った。


「エルサ、大丈夫だ。俺は勝つ」

「ハハ、いいね、ゼント君。君はすごい、すごいヤツだ」


 セバスチャンは笑った。いつの間にか、ねんやいばにはさやがきちんとできていた。彼は帯の左に、ねんやいばを差し入れた。


「だが、斬られたら死にますよ」


 セバスチャンはニコッと笑って言った。簡単に言いやがって。


「さあ、アシュリーを返してもらうぜ!」


 俺は叫んだ。


 真の闘い、いや、真実の闘いが――これから始まる。

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