第42話 ゼントVSゼボール率いる10人の不良 & その頃、ゲルドンは⑦

 川の前で、大勇者ゲルドンの息子――いや、俺の準決勝の相手、ゼボールは言った。


「もともとトーナメント試合なんて、めんどくせえと思ってたんだよな。親父の道楽だろ」


 俺は気付いた。周囲にはいつの間にか、10人もの不良がいた。


 やばいぞ。こんなところで問題を起こしたら、準決勝への出場は、どうなっちまうんだ?


 しかし、ゼボールはもうケンカを仕掛ける気だ。


「ボローダ! 来い!」


 ゼボールは声を上げた。10人の少年のうち、1人の少年が、俺の前に一歩踏み出した。


 ぬうっ


 そんな音がしそうだった。何だこいつ! 身長が2メートル以上あるぞ!


 ブオッ


 このボローダと呼ばれた背の高い少年――恐ろしく威力いりょくのあるパンチ――右フックを打ってきた! こいつ、背がものすごく高いのに、ちゃんとしたパンチを打ってくる。


 俺はそれをけたが……。


 ガスウウウッ


 今度は、何と、上段前蹴りを放ってきた! 


 だ、だが、俺はとっさに顔を防いでいた。防がなかったら、5メートルは吹っ飛んでいただろう。くそ、手がしびれたぜ……。何という破壊力だ!


 だが、俺はこいつの弱点を見切っていた。


 ミシイッ

 俺は素早く右下段蹴りを、ボローダの足――左内腿ひだりうちももに叩き込んでいた。


「ぎ、へ」


 ボローダは苦痛に顔をゆがませながら、地面に転がった。背が高い――つまり足が長いから、足をねらいやすいってわけだ。


「次は?」


 少年たちは、俺を見て驚いている。


「く、くそっ! 俺が行く」


 ゼボールが声を上げた。ゼボールは……他の少年から、約1メートルの鉄棒を手渡された。


 建設現場か何かから、広ってきたんだる。こいつ……武闘家ぶとうかなら素手で闘えよ!


 それにしても鉄棒か……! 俺は対武器はあまり経験がなかった。


「砕け散れやああああっ!」


 ゼボールは鉄棒を、俺の頭に振り下ろしてきた!


 しかし! ここだ!


 ガシイッ


「ううっ……!」


 ゼボールは驚きの声を上げた。


 俺は素早く、ゼボールが鉄棒を持った腕をつかんでいた。ゼボールは目を丸くしている。


 ドスウッ


 俺はすぐに、ゼボールの腹の急所へ、左ボディーブローを決めていた。


「ぐ、は……そんな……」


 ゼボールはよろける。


 ガラン


 ゼボールは鉄棒を落とした。さあて、素手での闘いだ。


「くっ、この野郎!」


 シャッ


 ゼボールは気を取り直して、左ジャブを放ってきた!


 次に右ストレート! 左フック!


 なかなか速いパンチだが、俺はすべて、手で叩き落していた。


「ち、ちきしょう!」


 すぐに俺は中段蹴りで、すばやくゼボールのあばらを蹴り……。彼がひるんだところへ!


 グワシッ


 俺はパンチ――左ストレートを放った。


 ゼボールのアゴに当たった。しかし、ゼボールはさすがゲルドンの息子。まだ何とか立っている。


「ゼボール! たいした根性だ!」


 俺は素早くゼボールに近づいた。接近して決めるぞ!


「ひい!」


 ゼボールは声を上げた。


 ガシイイッ


 俺は、ゼボールのほおへ肘をかち上げていた。


 決まった……!

 

 ゼボールはヨロヨロと小鹿のようにふらつき、しまいには地面に座り込んだ。

 あわてた手下たちが、俺に向かって来ようとしている。

 マール村で闘った、デリックやレジラーの姿も見える。


「バカ野郎っ……やめやがれ……」


 ゼボールは地面に座り込みながら、不良少年たちに向かって叫んだ。


「ゼントは……3人いっぺんに、俺らを倒してんだぞ……。やっぱ、ゼントは俺らとは違うんだよ……」

「お前だって、準決勝に上がってきたじゃないか?」


 俺は座り込んでいるゼボールに言うと、ゼボールは痛めたアゴを気にしながら、静かに話しだした。


「……俺はシードだったから初戦は無し。つ、次の2回戦は、親父が相手に金を渡してる。八百長ってわけだ……」


 ゼボールは続けた。


「俺の準決勝進出は、全部作られたものだ。だけどゼント……いや、ゼントさん。あんたはマジで勝ち上がってきたんだ」

「……ゼボール、お前、俺との準決勝、どうするつもりだ?」


 俺は聞いたが、ゼボールは地面に座りながら舌打ちしている。


「俺は棄権きけんする。代わりに……多分だけど、親父が出てくるぜ」


 うっ……! 本当か? つ、つまり……!


「ゲルドンが準決勝に出るってのか?」

「間違いねえ。親父は優勝者と闘うことになっていたはずだが、そんな規則は簡単に変えられる。主催者だからな」

「おい、ゲルドンは本当に、準決勝に出て来るのか」

「息子の俺が棄権きけんするんだから、親父は、絶対に『準決勝に出る』と言い出すはずだ。とくに、相手があんた――ゼントさんなら……間違いなく」


 つ、ついに! ゲルドンと……俺が闘う……!

 そうだ……ゲルドン杯格闘トーナメントに出た理由は、大勇者ゲルドンと闘うこと!

 エルサのかたきをうつこと!


 まさか、こんなに早く、実現するなんて……!


 ◇ ◇ ◇


 ゼント・ラージェントが、ゼボールとケンカを終えたその頃、ゲルドンは――。


 ゲルドンとセバスチャンは、二人が創設した武闘家ぶとうか養成所「G&Sトライアード」本社にいた。


「何だと! 街の暴力団にケガさせられただと? 本当なのか、ゼボール!」


 ゲルドンは魔導通信機まどうつうしんきで誰かと話をしていた。相手は息子のゼボールだ。


「準決勝はどうするんだ!」

『知らねーよ。俺は棄権きけんする』

「……この大バカ野郎が!」


 どうやら、息子のゼボールは怪我をしたらしい。本当はゼントと街でケンカをしたのだが。


 全て息子ゼボールのためのトーナメントだった。息子が準決勝に出場しないなんて、何のためのトーナメントなのか。

 ゲルドンは頭を抱えた。


「ゲルドン様、決心なさってください」


 セバスチャンが言うと、ゲルドンは「ああ」とうなずいた。


「俺が、ゼボールの代わりに、準決勝に出る」


 ゲルドンは決心したように言った。


「俺は絶対にゼントに勝たなくちゃならねえ。どんな手を使っても、負けるなんて、そんな恥ずかしいことはできねえ……。俺がヤツをパーティーから追放したんだからな」

「ゼントに勝つ方法が、1つあります」


 セバスチャンは手を叩いた。


 すると、セバスチャンの後ろの空間から、ニュッと白仮面の大魔導士があらわれた。

 アレキダロス――白い仮面を顔につけた大魔導士だ。

 実業家としてのセバスチャンの助言者アドバイザーである。


「アレキダロス、『儀式』の準備を」


 セバスチャンはアレキダロスに言った。


「ぎ、『儀式』って何だ?」


 ゲルドンが聞くと、セバスチャンはニヤリと笑った。


「さあ、ゲルドン様、地下へ」




 ゲルドンが案内された場所は、本社ビルの地下、薄暗い不気味な部屋だった。


 魔物の像がたくさん並べられている。


「ゲルドン様、その魔法陣の中央にお立ち下さい」


 アレキダロスは大人とも子どもともつかない、不思議な甲高い声で言った。彼は、「変声魔法へんせいまほう」で声を変えてあるのだ。


「な、何なんだここは……?」


 ゲルドンは言われるままに、地面に描かれている、奇妙な円形の図形の中央に立った。

 これが、「魔法陣」というものか。

 ゲルドンは眉をひそめた。


 おや……頭上にはバカでかい透明のガラス球体がある。真っ赤だ……。


 中に入っているのは、赤い液体……? 赤ペンキ?


 いや、あのドス黒い赤は……!


 け、血液?


 アレキダロスは叫んだ。


「このサーガ族の生き血薬を、ゲルドン・ウォーレンに注入せよ!」


 ゲルドンの頭上から、不気味な赤い霧が降り注いだ。


 ガラス球体から、赤い液体が魔法のように突き抜けて、霧状になって降り注いできているのだ。


「う、うおおおっ」


 ゲルドンは声を上げた。


 ゲルドンの全身に、赤い液体が――生き血薬が降り注ぐ。


 自分が……自分の力が、何者かに乗っ取られてしまう。


 ミシミシミシ……。


 ゲルドンの骨がきしむ。


 な、何という痛さだ?


「お、おいっ! やめろ! 何だこれは」


 ゲルドンが声を上げても、セバスチャンは悪魔のように笑っている。


「ゲルドン様、ご安心を」


 セバスチャンは静かに言った。


「サーガ族の亡霊たちが、ゲルドン様に取りいている最中です」

「サ、サーガ族って、な、何だ? や、やめろおおおーっ!」


 ゲルドンは声を上げた。


 カッ


 ゲルドンの全身は、闇色やみいろ蜃気楼しんきろうのようなもやが覆われていた。ゲルドンはやがて失神し、魔法陣の上に倒れ込んだ。


 セバスチャンとアレキダロスは、薄気味悪く笑っていた。

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