第41話 俺たちの休日。そしてゼボールとのストリートファイト

 サユリとセバスチャンの試合があった、次の日の午後――。


「どういうことだああっ! ゼントオオオッ!」


 あ、あぶないっ!


 俺に向かって、ローフェンの足蹴りが飛んできた。


 俺はそれをける。しかし、ローフェンの追撃ついげきまない。


 ローフェンの後ろ回し蹴り! 俺はそれを見切って、かわす。


「落ち着け!」


 俺は叫んだ。


 ここはライザーン中央にある、グランバーン白魔法大学病院の芝生広場――。

 俺たちは、ローフェンの見舞いにきた。ローフェンは外に出られるくらい元気だった。


 しかし……。


「あ、あいたたた~!」


 ローフェンは蹴りを放った後、あばらを抑えて、転げ回った。ローフェンの服の下のアバラ部分には、包帯が何重なんじゅうにも巻かれてあるはずだ。


「アホだ……。まだ治りかけだろうが」


 俺は腕組みをして、芝生広場で転げ回っているローフェンを見た。

 

 エルサとアシュリーも、俺の後ろであきれてローフェンを見ている。


「どうしてサユリが、故郷に帰っちゃうんだよおおおお!」


 ローフェンは泣きわめく。


「サユリはセバスチャンに負けたでしょ。武闘家ぶとうかとして、自分を見つめ直したいんだって」


 エルサはローフェンをなだめるように言った。

 どうやら、ローフェンはサユリのことが好きだったらしい。

 向こうは全然、ローフェンのことを何とも思ってない……と思うが。かわいそうだけど。


 セバスチャンとの闘いで、骨を骨折したサユリは、ローフェンと同じく、ここ白魔法病院に入院した。

 退院後は、祖父母のいるサンラインという街に住むそうだ。


 さて、ローフェンの叫びは止まらない。


「ちっくしょおお~! サユリ~!」

「ローフェンさん!」


 芝生広場に駆けこんできたのは、ローフェンの担当の女性看護師さんだ。看護師さんは鬼の形相だ。


「あなたは入院患者なんですよ。外で格闘技のマネごとをするとは何事ですか!」

「だって、看護師さ~ん……」


 ローフェンはグスグス泣いている。ダメだこりゃ……。


 ん? 誰かの視線を感じる。

 病院の門の方で、人影が動いたような……? 何だ?


 ◇ ◇ ◇


 ローフェンの見舞いの帰り――。

 アシュリーとエルサの買い物に付き合わされた。


「ゼント、これ持って! お菓子の詰め合わせ。ルーゼリック村の皆にお土産!」


 エルサは楽しそうに、店で娘と一緒にお菓子を買い込んでいる。


 俺は当然、荷物持ち。エルサは杖をついているが、もうそんなのいらないんじゃないか、というくらい元気だ。


 俺とエルサは、アシュリーを挟んで、ライザーン地区の静かな道を歩いた。


 ふと、アシュリーは言った。


「ゼントさん、あのう……」


 アシュリーは顔が真っ赤だ。俺は驚いて聞いた。


「ど、どうしたんだ?」

「えーっと……ママと私と、一緒に暮らしませんか」

「はああああああ?」


 声を上げたのはエルサだ。おい、道端みちばたででかい声を出すなよ。俺もびっくりしたけど。


「ななななな何を言ってるの、この子は! ゼントと一緒に暮らすなんて、それが一体、どういうことか――」

「ゼントさんが、私のパパみたいになるってこと!」


 アシュリーはうれしそうに笑って言った。


 パ、パパ……? 何? あ、そうか。俺は36歳だから、別に娘を持っても良い年齢か……。


 でも俺……フェリシアって彼女はいたけど、結局、手すら握れなかったし、女性経験は絶無ぜつむと言って良い。


「クスッ、アシュリーったら何を言うかと思ったらさあ、ゼントがパパだって~」


 エルサは楽しそうに言った。


「似合わなーい!」

「わ、悪かったな」


 俺は苦笑いするしかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 俺たち三人は、アモル川という川に来た。


 都会のライザーン地区では、最も大きな川だ。川魚が結構釣れるらしい。


 俺とエルサは、川の前のベンチに座った。アシュリーは、川辺で舟を見ている。

 川の周囲には、俺たち以外、誰もいない。


「私さ……ぽっかり15年くらい……人生に大きな穴が空いてるんだよね。車椅子に乗る前は、寝たきりだったから」


 エルサが言った。……俺だってそうだ。


「俺なんて20年引きこもってたんだから、20年空いてるよ。それで36歳になっちまってんだから」

「やり直して……良いんだよね」


 エルサは……泣いている。

 エルサ――エルフ族はいつまでも若い。

 でも、もちろん寿命はある。エルフ族だって、人生の時間は限られている。


 俺は言った。


「大変な人生になっちゃったけど、大丈夫だ……と思う。もしかしたら、俺にとって、20年の大穴は穴じゃなくて……大事な時間だったんじゃないか」

「そっか……。私も大丈夫なような気がしてきた。ゼントと一緒なら」


 エルサはポツリと言った。


 その時、川魚がぽしゃん、とはねた。アシュリーは歓声を上げた。


 ◇ ◇ ◇


 アシュリーとエルサは、これからライザーン地区でスイーツを食べるそうだ。


 俺はミランダさんと、ゼボール戦について研究する予定。


 ゼボールは、1回戦はシードで無し。2回戦は開始30秒でKO勝ち。


 ただ、ミランダさんによれば、2回戦はゼボールの相手の動きが、あきらかにおかしかったらしい。


 アシュリーとエルサは行ってしまったし、俺も帰るか。


「そのまま帰れると思うか?」


 俺の後ろの方で、男――少年の声がした。


 俺がベンチから立ち上がり、後ろを振り返ると、木陰から男があらわれた。16歳くらいの少年?


「あっ……お前!」


 その少年は何と、大勇者ゲルドンの息子、不良少年のゼボールだった。


 俺の準決勝の相手だ。


「な、何か用か?」

 

 俺が言うと、ゼボールは俺をにらみつけて言った。


「今日は、お前を監視してたんだよ。病院にもいただろ、お前ら」


 周囲にはいつの間にか、10人もの不良たちが集まっていた。


 そうか、さっき病院の門で影が見えたが、こいつらだったのか。


「てめー、ゼント……。どんな卑怯ひきょうなことしやがって強くなったんだ? ああ? マール村で見たクソ弱いお前はどこいったんだ? 今から確かめてやるよ。ケンカでな」

「ケ、ケンカだって? おい、お前との準決勝はどうなるんだ。バカ言ってんじゃ……」


 闘うしかない……!


 俺は直感的にそう思った。

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