第40話 サユリVSセバスチャン

 ついにこの試合が始まってしまう。


 最強の女子武闘家ぶとうかサユリと、謎の大勇者の秘書セバスチャン――。


 この二人は弟子と師という関係だ。


 サユリの体のサイズは、身長154センチ、体重48キロ。


 一方のセバスチャンは、身長177センチ、体重73キロ。


 体重差、体格差は言うまでもなく、ある。


『サユリ・タナカ選手は、セバスチャン選手の顔面攻撃を了承りょうしょうしました!』


 ドオオオオッ


 放送がかかると、観客席はヒートアップした。


 女性選手と男性選手が試合をする場合は、普通は顔面攻撃は禁止になる。しかし、サユリは顔面攻撃――つまり顔へのパンチ攻撃を認めてしまったのだ。


 ど、どんな試合になってしまうんだ?


 俺は観客席で、二人の試合を見守ることにした。俺の左横には、少し心配そうな顔のミランダさんと、エレサ、アシュリーが座っている。


 セバスチャンとサユリは、武闘ぶとうリング上で向かい合った。


「残念だ、こんな形で、弟子の君に痛い思いをさせなければならないなんて」


 セバスチャンはさも残念そうに、それでいてクスクス笑って、サユリに言った。


「私こそ残念です。私があなたの指導方針を、くつがえさなければならないなんて」


 サユリは言い返したが、セバスチャンは冷静だ。


「それは無理だ。私が勝つからね」

「いえ、セバスチャン。私はあなたに教えてもあった技を全て出し切り、あなたに勝ちます」

「ほほう、生意気なまいきな……」


 セバスチャンはサユリをにらみつけた。


 ◇ ◇ ◇


 カーン


 その時、試合開始のゴングが鳴った。


 ヒュッ


 いきなり、サユリがパンチ――左直突ひだりちょくづきを繰り出した!


 いとも簡単にスウェーでかわす、セバスチャン。


 右、左、右、右、とサユリが連続で直突ちょくづきを放つ。


 セバスチャンは全てかわしてしまった。手など一切使わない。じょ、上体だけでかわしてしまっている!


 ……その時、サユリが踏み込んだ!


 左直突ひだりちょくづき!


 パシイッ


 何と、セバスチャンはその直突ちょくづきの拳を、手で受け止め、離さない。

 

 ま、まずいぞ。セバスチャンは軍隊格闘技の使い手だ。何をしてくるか分からない。


「ハアッ!」


 しかし、サユリは気合一閃きあいいっせん、その手を振りほどいた。


 そして――次の瞬間、驚くべきことが起こった。


 サユリが素早くセバスチャンの後ろに回り込み、セバスチャンの鼻を手でふさいだ。


 何だ? これはセバスチャンの得意技じゃないか!


「うむっ?」


 セバスチャンは声を上げた。


 ガスッ


 サユリは後ろからセバスチャンの右膝関節みぎひざかんせつを蹴り、セバスチャンを倒してしまった。あの膝裏蹴ひざうらげりは、簡単に人を倒すことができる!


 すぐにサユリが、後ろから首を絞めにいく――何と、チョークスリーパー……裸締はだかじめだ!


「あれ、軍隊格闘技じゃねえか!」

「セバスチャンの得意技だろ?」

「サユリがやっちまうとは!」


 観客が声を上げる。


 セバスチャンは後ろに回り込んだサユリに対し、投げを打とうとする。


 背後に回ったサユリを、背負せおい投げで投げようとしているのだ。


 しかし――。


 サユリは後ろから飛びつき、両手を両足でセバスチャンの右腕を固定した。すぐに、四つんいになったセバスチャンの右腕を、ひざめた!


 何だ? この関節技は!


「腕ひしぎ膝固ひざがため!」


 ミランダさんが声を上げた。


滅多めったに見られない関節技ね……。私もあまり見たことがないわ」


 サユリは精一杯力を込め、セバスチャンの右腕を伸ばす。


 しかしセバスチャンは、涼しい顔で顔を起こした。そしてこう言った。


「なかなか面白い技だったよ、サユリ」


 セバスチャンが立ち上がった!


 ぐぐぐ……。


 何と、関節技で腕をめているサユリごと、持ち上げたのだ。


 右腕だけで軽々と……!


 い、いくらサユリの体重が軽いといっても、片手で持ち上げるなんて、信じられない。


 サユリはセバスチャンに片腕で持ち上げられながら、目を丸くしている。


 その時、セバスチャンの体全体に、闇色やみいろ蜃気楼しんきろうのようなものがまとわりついて見えた。


 何なんだ……?


「ぬううんっ!」


 セバスチャンは、サユリとともに右腕を振り、サユリを投げ捨てた。サユリの体は、武闘ぶとうリングに張りめぐらされたロープに当たった。


「い、一体、何が起こったっていうの?」


 ミランダさんも驚いている。


「人を右腕だけで、軽々持ち上げるなんて……ちょっと尋常じんじょうじゃないわね」

「うう……」


 サユリはロープに頭を打ったようだが、すぐに立ち上がった。


 二人はまた立った状態で、構える。サユリはまだ驚いている顔だ。


 さっきのセバスチャンの怪物のような力のことを考えているのだろう。一体あれは……。


「サユリ、何をおびえている?」


 セバスチャンは笑いながら言った。


だまれっ!」


 サユリはいつになく声を上げ、セバスチャンをまた右パンチで攻撃する。


 しかし、今度はセバスチャンの番だった。


 ビキイッ

 

 そんな音がした。


 セバスチャンは、サユリの右パンチを肘で防いでいた。


 セバスチャンの肘は、サユリの右肘関節の内側部分に当たっている!


 サユリの顔は苦痛にゆがむ。


「あれも軍隊格闘術よ……まさに攻防一体こうぼういったい


 ミランダさんが言った。


「セバスチャンはサユリのパンチを自分の肘で防ぎつつ、サユリの肘関節を攻撃したのよ」


 サユリがパンチをした時を見計らって、サユリの肘関節への攻撃か!


「サユリは、多分、肘を怪我したわ。もう右のパンチは出せないわね」

 

 ミランダさんはつぶやいた。マジか……。


 しかし、セバスチャンの攻撃は終わらなかった。

 

 サユリの手をつかんだセバスチャンは、ぐいっと、自分の方にサユリを引っ張る。


 そして――。


「あぐ!」


 ピキイッ


 またしても嫌な音が響き渡った。


 サユリの膝を、足裏で横から蹴ったのだ。


 サユリを前に引っぱった状態から蹴った。カウンターの蹴りの状態になったはずだ。


 骨がズレたに違いない……!


 サユリは倒れる!


「攻撃は必要最小限にした。レディーの対し、尊敬の念を込めて」


 セバスチャンはそう言って、サユリを見下ろしている。


「あぐうう……」


 サユリは膝を抱えて、しゃがみ込み、声を上げている。


 ああ……これはダメだ。


「さて、どうかな、サユリ。肘と膝が痛くて泣き叫びたいだろう。負けを認めるかね?」


 サユリの異変に気付いた、リング外の白魔法医師が、リング上に上がろうとしている。


 しかし、何とサユリは……。


 ガッ


 セバスチャンの右足を四つんいで、つかんだ!


「何だ、それは。サユリ」


 セバスチャンは仁王立ちで言った。


「は、離さない」


 サユリは声を上げる。


「見苦しい」


 セバスチャンは首を横に振った。


「か、勝つまでやるんです。は、離しません」

「見苦しいぞぉっ! この小娘があっ!」


 セバスチャンはしゃがみ込み、手で、サユリの頭をひきはがそうとした。


「くそっ!」


 俺が立ち上がろうとすると、ミランダはそれを制した。


「ダメよ。サユリは女の子を捨て、最後まであがこうとしているわ」


 サユリはまるで石のように、セバスチャンの片足から離れない。セバスチャンはサユリの顔から手を離し、黙ってサユリを見ている。


 その時、白魔法医師が武闘ぶとうリング上に入ってきた。サユリは引きはがされる。


「さあ、サユリ、腕と足をせなさい。――ああ、これはダメだ。肘にヒビが入っているし、ひざが骨折している」


 白魔法医師はリング外の審判団に、「決着だ」と言った。


『4分12秒! ドクターストップ勝ちで、セバスチャン選手の勝ち!』


 放送がかかった。観客席はシーンと静まり返っている。


 サユリは白魔法医師に、痛み止めの治癒ちゆ魔法をかけられているが、顔は苦痛にゆがんでいる。


「サユリ……お前は、まるで雨の中の、泥水にまみれた犬コロだな」


 セバスチャンは舌打ちしながら、サユリに言った。


「君に、私の『G&Sトライアード』の広告搭こうこくとうになってもらおうと、思っていたのだがね。私も、私の企業も、イメージががたおちだよ。こんな試合は」


 セバスチャンはリングからさっさと降りてしまった。


「……おい、お前、何と言った」


 俺は立ち上がって、リング下に降りてきたセバスチャンに言った。


「何かね? ゼント君」


 セバスチャンはニヤニヤしながら言った。俺は問いただした。


「サユリに何と言った?」

「泥水にまみれた犬コロと言ったんだ。四つんいで、私の足をつかんできたからね」

「この野郎……!」


 俺はセバスチャンの胸ぐらをつかんだ。


 許せねえ……! サユリはお前に対して、精一杯闘ったんだぞ! 敬意のある一言をかけてもいいだろうが! それを……。


 しかしセバスチャンは笑っている。


「やるのか、ゼント君。問題行動だぞ。君は次の準決勝に出られなくなるが」

「くそ!」


 俺は仕方なく手をふりほどいた。


「楽しみだねえ……ゼント君。君、準決勝のゼボールをはやく倒してくれ」


 セバスチャンは言った。


「最後は私と君の決勝戦だろうな。楽しむことができそうだ」


 セバスチャンはそう言うと、花道を去っていった。


 サユリはリング下におろされ、タンカで運ばれていく。


「大丈夫か」


 俺がタンカに乗せられたサユリに話しかけると、サユリはニコッと笑った。


「精一杯やりました」


 笑っているが、骨が痛いはずだ……。

 俺は、あまりしゃべらせないように気を使いながら言った。


「ちゃんと試合、観てたぞ」

「良い試合だったでしょう……?」


 サユリは疲れ切っていたし、痛みをこらえているようだった。

 しかし、表情は晴れやかだった。


「ああ! 良い試合だった!」


 俺はうなずきながら言った。サユリはそのままタンカで運ばれていく。


 一週間後は――俺と大勇者ゲルドンの息子、ゼボールの準決勝がある!

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