第43話 ゼントVS大勇者ゲルドン①

 ついにこの日が来てしまった。


 ゲルドン杯格闘トーナメント準決勝――俺、ゼント・ラージェントと大勇者ゲルドンの試合がこれから始まる。


 俺は、武闘ぶとうリングの上から、王立スタジアムの観客席をながめた。超満員だ。ゲルドンもすでにリングに上がっており、セコンドのクオリファと話をしている。俺のセコンドはミランダさんだ。


 大勇者ゲルドンが準決勝に出ると聞いた、王国の格闘技ファンは、チケットの争奪戦そうだつせんをしたらしい。


「おいゼント。2分でおめぇっをぶっ倒してやるからよ」


 俺はゲルドンの言葉を無視した。この男には、いろんな思いが詰まり過ぎている――。


 ◇ ◇ ◇


 カーン


 試合開始のゴングが鳴った。鳴ってしまった。あっけなく、何事もなかったのように。


「てめーをぶっとばす!」


 ゲルドンは走り込んで、パンチを打ってきた。


 ブン


 右フック! 俺はすぐにけたが、もの凄い風圧だ。


 ゲルドンの左ストレート!


 ブアッ


 耳もとでパンチがかすめる。これまたものすごい風圧だ。


 まともにくらったら、吹っ飛ぶぞ……!


 これ、人間の力なのか? それとも大勇者の実力なのか?


「おい、ゲルドン、悪魔と契約けいやくなんか、してないよな?」


 俺は挑発ちょうはつするつもりで、言った。するとゲルドンはなぜかピクリと俺をにらんだが――。


「うるせええええーっ!」


 ゲルドンは俺の胸のあたりに向かって、タックルに来た。


 ガスゥッ


 俺はそれを受け止める。


 グググ……!


 ゲルドンは俺に抱きつき、倒そうとしている。俺はそれをこらえる。


「てめえ……倒れろよ……!」


 ゲルドンは声を上げた。


「倒れるのは、お前だ!」


 俺は叫んだ。


 ガスッ


 俺はゲルドンのアゴに肘をくらわせた。そしてすかさず、ゲルドンの足を引っかけようとした。


 しかし、ゲルドンもこらえる。


 ゲルドンは重量級、俺は軽量級。かなりの体格差だ。


 しかし、俺は何とかこらえている。


 ガスッ 

 ゴスッ

 ゲスッ


 組つきながら、ゲルドンのボディーブロー。一方の俺は膝蹴ひざげりを返す。お互いに5、6発は組み合いながらの打撃を出し合っただろうか。

 ゲルドンは両肘に青いサポーターをしている。怪我をしているのか? 肘を攻撃にうまく使うのか?

 俺は組み合いながら考えていた。


 じりじりとした、立ったままの組み合い、こらえ合いが続く。


「ゼントも体重差があるのに、こらえてるぜ」

「ゲルドンもさすが大勇者だけあって、一応根性あるな」

「おい、どうでもいいけど、さっさとどっちか、倒せよ!」


 観客はざわつき始めている。


「だああっ!」


 先に動いたのはゲルドンだった。


 強引に俺を横に投げた。


 俺はバランスを崩し、リングに膝をついた。


「もらったぜ!」


 ゲルドンが俺に対して、馬乗り状態をしかけた――が――。


(ここだ! 3、2、1……)


 くるり


 勢いで一回転し、逆に俺が馬乗りの体勢になった!


 ウウオオオオッ……。


 観客が騒ぎ出す。


「な、なんだと」


 ゲルドンが声を上げる。


 俺は、ゲルドンが勢いをつけて、格闘技における最も有利な体勢――馬乗り状態を狙ってくると予想していた。


 その勢いを利用して、逆に馬乗り状態にさせてもらった、というわけだ。


 ガスウッ


 俺はすぐに、ゲルドンを上からなぐった。


「あぐ」


 ゲルドンが声を上げる。

 

 ゴスッ


 もう一発!


「のやろおおおっ!」


 ゲルドンは暴れ、馬乗り状態の俺から、逃げ出した。


 悪いな、それも想定内だ!


 俺は座って背中を向けているゲルドンの首に、右腕を巻きつけた。


 チョークスリーパー! つまり腕による首絞め――頸動脈けいどうみゃくを締める技だ!

 

 ぐぐぐぐぐ……。


 これが決まれば……ゲルドンは「まいった」するはずだが……!


 しかし、ゲルドンは力によって、俺の腕を外し、逃げ出した!


 くっ! やはりゲルドンの力が強い……!


 俺たちは立ったまま、またにらみ合った。


「う、うおおおっ……」

「ゼント、やるじゃねえか?」

「ゲルドンもさすが、大勇者だぜ」


 観客たちのため息が聞こえる。


「てめぇ……なんでそんなに強くなったんだ……!」


 ゲルドンはそう言いつつ、右アッパー! しかし、俺はそれをかわす。


 ゲルドンはあわてている!


(ここだ!)


 俺はグッと体重をかけ、ゲルドンの頬めがけ、左ジャブ!


 そして、渾身こんしんの右ストレート!


「ガフッ」


 そして、のけぞったゲルドンのアゴめがけて――。


 手の平の下部を利用した、俺独自の打撃法である――右掌底みぎしょうてい


 グワシイッ


「ぐへ」


 ゲルドンは見事に、俺の掌底しょうていを受け、片膝かたひざをついた。


 ウオオオオオオオオーッ


 観客席が騒然となる。


「大勇者のダウンだ! や、やりやがったああああーっ!」

「ゼント、すげええええーっ!」

「大勇者、やべえぞ! どうなる? どうなる?」


『ダウンカウント! 1…………2…………3……!』


 ゲルドンはふらつきながらも体を起こし、リングに張りめぐらされたロープを利用して、立ち上がろうとした。


 しかし、足元がおぼつかない。アゴへの打撃が効いているのだ。


『4…………5…………6…………7!』


 し、しかし、何て遅いダウンカウントだ! 審判団め、ゲルドンの味方なのか?


「フフフッ、助かったぜ。カウントが遅いからよ」


 ゲルドンはそう言って、中腰になって、両膝りょうひざに手をつき――。勢いをつけて、立って構えた!


「立ったぞお! どうだ、立ったぞ!」


 ゲルドンは叫んで、審判団にアピールした。審判団も納得して、カウントをやめた。俺は、嫌な予感がしていた。

 審判団は……ゲルドンの味方だ!


「おおおおーっ! やっぱり立ったぜ」

「おい、何かダウンカウントが遅くなかったか?」

「ああ……変なカウントだったが、さすが大勇者」


 観客たちはざわつきながらも、声を上げる。


「俺を怒らせちまったようだな」


 大勇者ゲルドンはニヤリと笑った。


「うっ……?」


 俺は目を丸くした。


 何と、ゲルドンの体から、闇色やみいろのもやのようなものが発生している。


 な、何だ? これは?


 蜃気楼しんきろう――? いや、これが「オーラ」「闘気とうき」ってヤツなのか?


 それにしては、何て禍々まがまがしいんだ! 不気味なんだ!


「こうなるとヤベえぞ」


 ゲルドンはクスクス不気味に笑った。

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