第38話 ローフェンVSセバスチャン

 次の日――。

 ついにローフェンと、謎のゲルドンの秘書、セバスチャンが闘うことになった。

 2回戦第4試合。

 

 ゲルドンの秘書の闘いぶりを観ようと、たくさんの客がスタジアムに入っている。


「ついに、セバスチャンをぶっとばす時がやってきましたよーっと」


 ローフェンはすでに武闘ぶとうリングに上がり、軽い柔軟体操をしている。

 いつも通り、軽口をたたいているようだ。


「お、おいっ! 気を引きめろ、ローフェン」


 俺はローフェンのセコンドを申し出て、リング下からアドバイスするつもりだ。

 俺のそばには、ミランダさんもいる。彼女もセバスチャンの試合を近くで観たいらしい。

 エルサも娘のアシュリーと一緒に、セバスチャンの試合を観ると言い出した。観客席に座っている。


「相手はどんな技術を持っているか、さっぱり情報がないんだ。気を付けろ」


 俺はローフェンに注意した。


「情報? いらねーよ、そんなモン。俺が蹴り飛ばしてやるさ」


 ローフェンは余裕の表情だ。

 

 一方のセバスチャンの武闘ぶとうリングに上がり、ローフェンをじっと見ている。

 何をやってくるのか? それとも、たいしたことないヤツなのか?


 セバスチャン――この試合で、彼の実力が明らかになる!


 ◇ ◇ ◇


 カーン


 試合開始のゴングが打ち鳴らされた。


「あーらよっ!」


 ローフェンはいきなり走り込んで、上段回し蹴りだ! よ、よし、いきなり大技だが、いいぞ!


 セバスチャンは薄く笑って、スウェーでそれをける。

 ローフェンはそのまま後ろ回し蹴りに移行した。


 スッ


 ローフェンはすずしい顔で、後退。これも見事にける。


「だッ」


 ローフェンのパンチ――左ジャブ!


 セバスチャンは顔をかたむけて、それをけた。


「いいね。君、なかなか良い蹴りだよ。ローフェン君」


 セバスチャンは笑って言った。


「君は我が武闘家ぶとうか養成所、『G&Sトライアード』では、中級クラスで学ぶといい」

「中級クラスだとおおおお? バカにすんだ!」


 ローフェンの右ストレートパンチ、左ジャブ、そして右中段回し蹴り!


 セバスチャンは二回のパンチを手で叩き落し、回し蹴りは左スネでカット。


「どらあっ!」


 ローフェンの大振りのパンチ――左フック! 速い! これはもらったか?


 シュパッ


「あっ……!」

「見ろ」

「何だ?」


 観客たちは声を上げた。


 セバスチャンは、そのローフェンのパンチ――拳をいとも簡単に、手でつかんでいた。


 ゆるり


 その時――そんな音がしたような気がした。セバスチャンはムダのない動きで、ローフェンの背後に回り込んだ!

 

 そ、そして、ローフェンの鼻を――。


 セバスチャンは自分の手で、ローフェンの鼻をふさいだ?


「お、う?」


 ローフェンは後ろに回り込まれてあわてた。

 

 するとセバスチャンは、ローフェンの膝裏ひざうらを、右足でんだ! 


 すると、セバスチャンは、ゆっくりとリング上に座らされてしまったのだ。


 まるであやつり人形のように……。


 な、なんだ、この技術は?


「あれは軍隊格闘技の技術よ!」


 ミランダさんが声を上げた。


 ぐ、軍隊格闘技? 戦場で使う格闘術ってことか?


「相手の力を制圧する、超実戦的な格闘技よ」


 セバスチャンはローフェンの首に、自分の右腕をかける。


 やばい! 首絞め――チョークスリーパーだ!


「だらあっ!」


 ローフェンはひじを振り回し、セバスチャンのほおに当て、あわてて立ち上がった。そしてチョークスリーパーから、逃れた……! あ、危ない、危ない……。


「ふふっ」


 セバスチャンはひじが当たったほおを手でこすって、ローフェンと対峙たいじした。


 セバスチャンは深追いしない。


 ――二人はまたスタンディング――立ったままで、にらみあった。


「君、なかなかしぶといね」


 セバスチャンはひょうひょうと言った。


「あいにく、優勝ねらってるんで――」


 ローフェンは答えた。


「って、おい! てめー、さっきから上から目線でムカつくな」


 ローフェンはそう言いつつ、またしても右ジャブを繰り出し、今度は接近して――左ボディーブロー! セバスチャンの腹を狙った。


 し、しかしだ!


 セバスチャンは右ジャブをけ、しかも左ボディーブローをけたと思ったら――。


 ローフェンの左腕を、自分の脇に挟んで、フック――固定した!


「なっ!」


 ローフェンは驚く。


 この超近距離のまま、セバスチャンはローフェンに、パンチで打撃を加えた。


 ガスッ

 ゴスッ


 そんな音が聞こえる。セバスチャンは、ローフェンの顔、胸、腹に、器用にパンチで超接近の打撃を与えていく。ローフェンの左腕は、固定したままだ!


 あ、あんな打撃技があるのか? そ、そうか。これも軍隊格闘技ってヤツの技術か!


「まるでタコね」


 ミランダさんは腕組みをしながら言った。


 俺もうなずいた。セバスチャン――まさしくタコのようにからみつくような戦術!


 ああっ……! 超近距離のパンチをくらったローフェンから、鼻血が!


 すると、セバスチャンはその接近状態を解き、ローフェンの首と腰に腕をかけて――。


「投げ――!」


 俺は声を上げた。

 

 セバスチャンは、ローフェンを後ろに投げ捨てたのだ!


 ベキイッ


「グヘッ」


 ローフェンは右あばらから落ちて、声を上げる。し、しかし声を上げる直前に、へ、変な音がしたぞ?


 ウオオオオッ


 観客がセバスチャンの投げに興奮している。


「今の音!」


 俺はミランダさんを見た。


「ええ、私も聞いたわ。まずいわね。――セバスチャンの放った投げは、『裏投げ』よ」


 ミランダさんは静かに言った。あ、あれが裏投げか! 噂には聞いたことがあったが……。


「軍隊格闘家が得意とする投げ技の一つね。そのまま寝技に移行できる! そして――ローフェン君はあばら骨を折ったわね……」


 セバスチャンはニー・オン・ザ・ベリーの状態になった。

 ローフェンが仰向けに寝ている状態だが、セバスチャンは片膝をローフェンの胸の上に乗っけている状態。これがニー・オン・ザ・ベリーだ。

 

 一見不安定だが、この状況はある意味で馬乗りマウントポジションよりも危険だ!


 するとセバスチャンは、何とローフェンが痛めているあばら骨を、もう片方の膝で蹴りだした。


 ガスッ

 バキッ 

 ドゴッ


 くっ……エグい攻撃だ! ローフェンは……! 痛みで失神しかかっている!


 俺は……俺は我慢できなかった。


「のやろおおおおっ!」

「ゼント君!」


 ミランダさんが声を上げる!


 俺はリングに上がった……! 上がってしまった。

 そして、ローフェンの上で攻撃しているセバスチャンに向かって、突進し――。


 ドガッ


 セバスチャンに体当たりをかました。


 セバスチャンは俺の体当たりで吹っ飛ぶ。彼はすぐに状態を起こし、ニヤリと俺を見た。


 ウオオオオオッ


 観客たちが声を上げる。


「うおおっ! 何だ?」

「あれ、ゼントってヤツじゃねえのか?」

「乱闘じゃん! セコンドが入ってきちゃダメだろうが~!」


 何を言われてもいい! これ以上、ローフェンを攻撃させない!


「早くローフェンを治療してください! あばらが折れている!」


 俺はリング外にいる白魔法医師たちに向かい、叫んだ。


 白魔法医師たちは何やら審判員と相談していたが、あわててリングに上がってきた。すぐに、ローフェンを診察し始めた。


「ククク……」


 セバスチャンは立ち上がって、リング上にいる俺に言った。


「ダメじゃないか、ゼント君。セコンドが試合中に上がってきちゃあ」

「うるさい! ローフェンのあばらは折れている! お前、折れているのが分かっていて、あばらに追撃しただろう!」

「フフフ……。相手の怪我をした箇所かしょを狙うのも、戦術の1つではないか」

「バカ言うな! もう勝負は決まっていた! ローフェンの選手生命を奪う気か?」


 その時、白魔法医師長はリング外に向かい、手でバツの字を作った。


 カンカンカン


 とゴングの音がした。試合終了か……。


『4分20秒、ドクターストップおよび、反則勝ちでセバスチャン選手の勝ち! なお、反則の原因となったゼント・ラージェントには、何らかのペナルティが課せられます!』


 ペナルティ? そんなものどうだっていい。

 ローフェンは? 俺は仰向けに寝ているローフェンに近寄った。


「ゼ、ゼントのバカヤローが」


 ローフェンは真っ青な顔で、俺に言った。


「お前のせいで、反則負けだろーが……。これから俺が、ヤツをぶちのめすところだったのに……」

「後で色々、聞いてやる。あまりしゃべるな、ローフェン! あばらにひびくぞ」


 俺は言った。


 ローフェンは悔しそうな顔をしながら、白魔法医師たちが用意した、タンカに乗せられて武闘ぶとうリング外に出された。


 セバスチャンも、さっさとリング外に降りてしまっている。


 俺も審判長に注意されて、リングを降りた。


 すると――武闘ぶとうリング下で見たものは、意外な光景だった。


 サユリがセバスチャンの前に立っている。


「セバスチャン先生、準決勝は私と勝負しましょう」

「トーナメント上ではそうなるね。だが、君は棄権きけんしたまえ」


 セバスチャンは首を横に振りながら言った。


「教え子を傷つけたくはない」

「あなたが間違っていることに気付きました」

「……何?」

「傷ついた相手を叩きのめすのは、武闘家の精神に反すると思います。私がそれを身をもって示すために、私は、先生と――いえ、セバスチャン、あなたと闘います」


 セバスチャンは眉をひそめて、サユリに、「お前」と言った。


「考え直せ。今からでも遅くない、棄権きけんしろ」


 セバスチャンはそう言って、花道をさっさと歩いていった。

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