第37話 サユリVSセバスチャンの宿敵、ギスタン

 俺は自分の試合が終わり、セバスチャンと話した後、すぐに試合会場に戻った。そしてすぐに観客席についた。

 サユリの試合を観るためだ。

 隣にはミランダさんがいる。サユリはミランダさんの元教え子だ。


「サユリの第2試合目ですね」

「ええ」


 これからサユリとギスタンの試合がある。

 すでにサユリとギスタンは武闘ぶとうリングの上に上がっていた。サユリは今日もはかまという衣装を着ていた。

 サユリの体格は、身長154センチ、体重48キロ。

 ギスタンは身長177センチ、体重80キロ。まるでオーク族のような体格だ。

 すさまじい体格差だ!


「ギスタンはセバスチャン・トレーニングジムから離れていったけど、真面目な武闘家ぶとうかよ」

「なぜ、離れていったんですか?」

「セバスチャンの教え方、指導の仕方に問題があったようね。それに反感を持った」


 俺はセバスチャンの弟子である、さっきのシュライナーとの試合を思い出していた。シュライナーは要所要所で頭突きの反則技を繰り出した。

 あれがセバスチャンの指導通りだとしたら……!

 セバスチャンの弟子であるサユリは……?


 カーン


 試合開始のゴングが会場内に響いた。マスコミも心なしか多い。


 さて、リング上のギスタンは、目の前のサユリに向かって口を開いた。


「女だからって容赦ようしゃしないぜ。あんたの先生――セバスチャンの指導は、完全に間違っている。俺が正してやる」


 ギスタンが言うと、サユリは無表情で言葉を返した。


「いえ、正しいのは私たち、セバスチャン先生の生徒です」


 ギスタンはギリリ、と歯噛はがみした。


「いくぜえっ」


 ギスタンは左ジャブを放っていった。


 ガスッ


「ブフッ」


 いきなりだ!


 ギスタンが声を上げてのけぞる。あ、当たったのは……サユリの拳! い、いつの間にサユリはパンチを放ったんだ?


 左ジャブと合わせるように、サユリの直突ちょくづきが、ギスタンの鼻に当たっていた。直突ちょくづきとは、腰をあまり回転させず、拳を縦方向に出す打撃法のことだ。


「こ、このおっ!」


 ギスタンの左フック!

 

 ベキッ


「グヘ」


 またしても、ギスタンがのけぞる。

 サユリの直突ちょくづきが決まっていたのだ。

 直突ちょくづきの方が、モーション、動作が早いため、サユリのパンチが決まってしまう――。しかもカウンターで……!


 すると――。ギスタンの突き上げるような左アッパー!


 ゴスッ


 しかし、これもまたサユリの直突ちょくづきが、ギスタンの鼻に当たっていた。

 ギスタン……! 鼻血だ!


 審判団が少しざわついたように見えた。


 サユリは近づき、ギスタンのアキレス腱を、自分の足でひっかけ、転ばせた。


 そして……。


 ウオオオオッ……。


 観客たちがざわめいたし、俺も驚いた。


 サユリは――倒れたギスタンの腹の上に乗り、馬乗り状態になった!


「う、うわあっ! 馬乗りだぜ!」

「お、女の子が屈強な男に馬乗り? ありえねえ!」

「信じられないシーンだ!」


 ベキッ

 ガスッ


 サユリは無表情で、ギスタンの鼻に馬乗りからのパンチを叩き込んでいく。

 ギスタンは馬乗りから脱出しようとするが、サユリは絶妙なバランス感覚で、ギスタンを逃さない。


「サユリの体重移動よ」


 ミランダさんは俺に説明した。


「サユリはギスタンの逃げようとする方向を、直感で先読みしている。馬乗りしながら、細かい体重移動をしているの。絶対に、ギスタンを逃さないつもりよ」


 しかし、サユリの体重は48キロだぞ!

 ギスタンは75キロある。

 体重の軽い女の子が、男に馬乗りになってパンチを落としている。

 

 こ、こんなことがありえるのか?


 ガスッ

 ゴスッ

 ベキッ


 サユリがパンチを落とすごとに、ギスタンの鼻血が飛ぶ。サユリとギスタンは血まみれ状態だ。サユリは馬乗りパンチでも、相手の急所を的確にとらえて打っている。


 またしても、ギスタンは必死に、サユリの馬乗りから逃れようとする。

 しかし、サユリはギスタンの逃亡を、まったく許さない。恐ろしいまでの正確な体重移動で、ギスタンの逃亡能力を殺してしまうのだ。

 見ている方が信じられない。


 ゴスウッ


 サユリのパンチが、ギスタンのアゴに当たった! ギスタンもう、抵抗能力ていこうのうりょくを失っている。……が、しかし。


 サユリは無表情で、ギスタンの額に肘を落としていく。 ギスタンは額を切ったようだ。


 ガスッ

 ガスッ


 そのたびに、サユリとギスタンは血まみれになる。


「や、やめ……やめて」


 ギスタンは女の子のサユリに訴える。しかし、サユリは攻撃を続ける。まるで――。


 サユリ――鬼だ!


「お、おい……」

「やべえ試合になった」

「あの女の子、やべえ……かわいいけど……」


 その時だ。


 カンカンカン!


 とゴングの音が鳴ったと同時に、白魔法医師たちが、リング上に上がり込んできた。


「試合の決着はついた! サユリ、やめろ! 君の勝ちだ!」


『5分19秒、ドクターストップ勝ちで、サユリ・タナカの勝ち!』


 放送がかかった。


 ウオオオッ


「マジか」

「強ぇ~」

「サユリ、かわいくてやべえええ!」


 観客たちが騒いでいる。

 しかし、サユリは打撃をやめようとしない。お、おい、どうなってんだよ!


「サユリ、もうやめろ!」


 白魔法医師が、サユリを引きはがそうとする。


 そこでようやく、サユリは馬乗りパンチの手を止めた。サユリの体は血まみれだ。


 馬乗りになって、六発目の馬乗りパンチで勝負はついていた。しかし、サユリはそれでもなお、肘を叩き落していた……。


 俺はミランダさんに言った。


「こ、これが……サユリの真の姿ですか?」

「ええ」


 ミランダさんは席を立つと、リングを下りたサユリを腕組みして待ち構えた。


「やり過ぎよ、サユリ!」

「……ミランダ先生」


 サユリは悩んでいるような、苦しんでいるような顔で、ミランダさんを見た。

 そうか、サユリはもともと、「ミランダ武闘家ぶとうか養成所」にいたんだっけな。


 ミランダさんは、怒ったように、それでいて静かにサユリに言った。


「相手は戦意喪失せんいそうしつしていた。でもあなたは非情にも、攻撃を続けた。これがあなたが求める、武闘家ぶとうかの精神なの?」

「これがセバスチャン先生の方針だから」


 サユリはそっぽを向いて言った。


「サユリッ!」


 ミランダさんが怒鳴ると、サユリはビクッと肩をすくめた。ミランダさんは続けた。


「あなたは私の元教え子。だから言うわ。あなたは強い。だけど、心の使い方が間違っているようね!」


 サユリはうつむいて、花道を通り、控え室に帰っていく。俺はサユリが気になり、サユリの後を追った。

 廊下には、セバスチャンが待っていた。


「よくやった、サユリ」


 セバスチャンはサユリの頭をなでた。


「しかし、あの程度かね? 君は」

「え、いえ……」

「もっと相手を叩きのめさないといけない。相手が私たちに、二度と歯向かう気持ちがなくなるまでだ!」

「え、ええ。で、でも、あれ以上やったら……ギスタンさんが……」

「ギスタンなど、破壊してしまえ! 対戦相手は、すべて破壊しろ!」


 セバスチャンが厳しく言うと、サユリは肩をすくめ、「はい」とうなずいた。血まみれの顔が、少し泣いているように見えた。


 するとセバスチャンは俺に気付き、声をかけてきた。


「ゼント君、これがセバスチャン流の格闘術だよ」


 俺はだまっていた。

 セバスチャン! 相手を無駄に叩きのめすのが、お前のやり方なのか?

 セバスチャンから――サユリは間違った教えを受けている。


「さあ、次の試合は、私と君の友人、ローフェンの試合だ! どうなるのかな?」


 ……俺は拳をぎゅっと握りしめた。ローフェンなら、こんな野郎をぶっとばしてくれるに違いない……!

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