第32話 サユリと話してみた

 俺――ゼント・ラージェントは昨日、1回戦を勝利で終えた。


 今日は、「ミランダ武闘家ぶとうか養成所・ライザーン本部」で練習することにした。


 そこで、1週間後のトーナメント第2回戦にそなえる。


「つーか、でけぇな」


 ローフェンが、「ミランダ武闘家ぶとうか養成所・ライザーン本部」を見回しながら言った。


 広さはルーゼリック村支部の10倍。

 練習用武闘ぶとうリングは6つ、サンドバックは50個設置、ウエイトトレーニング施設も完備されている。


 ◇ ◇ ◇


 さて――武闘ぶとうリング上の俺の目の前には、何と、あの謎の美少女武闘家ぶとうかサユリがいる。


 ドガッ


「ぐへ!」


 俺は練習用リングの上で、サユリに投げつけられた。


 サユリがトレーニングに参加してくれたのだ。彼女の所属はグランバーン最大の武闘家ぶとうか養成所、「G&Sトライアード」だが、社長のセバスチャンが出稽古でげいこをOKしたらしい。


 余裕だな……。


 練習なので、俺も力を抜いていたが、な、なんという素早い投げなんだ……。


「大丈夫ですか?」


 サユリは俺のことを心配して、倒れた俺を上からのぞきこんだ。受け身はとっているから大丈夫だ。

 それはともかく、サユリの黒髪がれる。

 うーむ、やっぱりかわいい……。


「ゼント、お前はパンチは得意だけど、投げ技に対応したほうが良いんじゃねーかぁ?」


 ローフェンは俺とサユリの練習を、リングのコーナーポスト前で見ながら言った。


「では、ローフェンさん、こちらへ」


 サユリはニコッと笑って、ローフェンの手を握った。


「え? 俺?」


 するとサユリは、ローフェンを横に押し出すようにして――。


 シュッ


 そのまま、いとも簡単に投げてしまった!


 ドダン!


「うげっ!」


 ローフェンが背中から落ちた。

 サユリの投げ――隅落すみおとしが決まった!


「なんだローフェン! お前だって簡単に投げられてんじゃないか」


 今度は俺が笑ってやった。


「う、うるせーな。油断しただけだ」


 ドスツ


 サユリはニコニコしながら、ローフェンに足をかけて簡単に倒してしまった。


「ず、ずるいぞ、サユリ! 油断していたところを」


 ローフェンはブーブー叫ぶ。

 一方、サユリはいたずらっ子のように、クスクス笑っている。


油断大敵ゆだんたいてきですよ」


 ◇ ◇ ◇


 サユリとの和気あいあいとした練習は、1時間半で終了した。

 

「私はセバスチャン先生のところでトレーニングがありますので、これで」


 サユリはそう言うと、武闘家ぶとうか養成所を出て行ってしまった。

 ひえ~、まだトレーニングを続けるのか?


 俺たちがリング下に降りてベンチで休んでいると、エルサと社長のミランダさんが練習場に入ってきた。


「練習、ご苦労様。ゼント、ローフェン」


 エルサは俺の汗を、タオルでふいてくれた。

 まだせてはいるが、少し快活かいかつになったかもしれない。今日の午前は、娘のアシュリーと、ショッピングに出かけたようだ。


「1週間後のゼントの相手を調べたよ。君の相手は、ライダム・シュライナー。武闘ぶとう拳闘士だね。セバスチャンの弟子らしいよ」

「セバスチャンの弟子?」


 俺は驚いて聞き返した。

 俺はトーナメントが始まる前、スタジアムの廊下で見た、セバスチャンのするどい目が忘れられなかった。何という殺気だったんだ。今でもゾッとする。


「セバスチャンの弟子が、次の相手か?」

「そうなるね。シュライナーの身長は171センチ、体重73キロの中量級。だけど、拳闘士として相当な力がある」


 エルサが言うと、今度はローフェンがミランダ先生の方を見た。


「セバスチャンって大勇者の執事だろ。そのセバスチャン自身って、どれくらい強いんだ? ミランダ先生、昨日だっけ、セバスチャンと話をしてきたんだろ?」

「ええ、色々理解したわ。彼の裏の顔もね」


 ミランダ先生はつぶやいた。

 

 俺とローフェンは顔を見合わせる。ど、どういう意味だ?

 

 セバスチャンの裏の顔だって? 昨日の話し合いで、何かあったのか?


「それでローフェン、あなたの次の相手は、怪我により欠場となったわ」

「ど、どういうことッスか?」


 ローフェンはミランダ先生に向かって声を上げた。

 ミランダ先生は静かにうなずく。


「代わりに、そのセバスチャン本人が、試合に出場するらしいわ」


 な、なんだって?

 ローフェンが首をかしげていると、俺はあわてて聞いた。


「ど、どういうことだ、ミランダさん。ローフェンの相手は、ドワーフ族のゴンギーじゃなかったか?」

「違うわ」


 ミランダ先生は眼鏡をすり上げて言った。


「ゴンギー選手は、1回戦の試合で足を負傷。……と表面上ではなっているけど、セバスチャンに大金を渡されて、試合を辞退した。だからローフェン、あなたの相手は、ゲルドンの執事、セバスチャンよ」

「ど、どうなってんだよ、そりゃあ」


 ローフェンは再び首をかしげる。


「……まあ、そのうちセバスチャンの正体がわかるわ。もし、セバスチャンのことを知りたいのなら、サユリの次の試合にも注目しなさい」

 ミランダ先生は言った。

 ど、どういうことだ?


「彼女の次の相手は、『G&Sトライアード』から出ていった、マーク・ギスタン。セバスチャンと意見が合わなくなって、出ていってしまった選手よ。この試合――サユリの本性……心のやみが見れる試合……になるかもね」


 あのかわいらしい女の子、サユリの心のやみだって?

 

 それによく考えると、もしセバスチャンがローフェンに勝ち、サユリが勝ち上がれば、セバスチャンとサユリの対戦になるはずだ。師弟対決ってことか?

 

 一体、どうなるんだ? このゲルドン杯格闘トーナメントは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る