第31話 その頃、セバスチャンは②

 ここは武闘家ぶとうか養成所「G&Sトライアード」本社。


 ミランダとセバスチャンの話し合いは続く。


「『ミランダ武闘家ぶとうか養成所』所属武闘家ぶとうか――いや、我が『G&Sトライアード』以外の武闘家ぶとうかは、今後全員、廃業はいぎょう――めてもらうことになります」


 セバスチャンの言葉に、ミランダは目を丸くした。


 セバスチャンはとんでもないことを言い出したものだ。冗談なのか? 本気なのか?


「セバスチャン、あなた! 頭がおかしくなったの?」

 

 ミランダはセバスチャンをにらみつけて怒鳴った。


「グランバーン王国の武闘家ぶとうかが、ほとんど消えてしまうことになるってこと?」

「その通り。今後、正式な『武闘家ぶとうか』は、我々、世界最大最高の武闘家ぶとうか養成所である、『G&Sトライアード』所属の武闘家ぶとうかのみになります」

「バカを言わないで!」


 ミランダはバンと机を叩いた。


「誰からの命令なのよ!」

「『武闘家ぶとうか連盟会長』としての私、セバスチャンの決めたルールですよ、ミランダ先生」


 セバスチャンは今、大変な、武闘家ぶとうか界をゆるがすようなことを言っている。

 自分の武闘家ぶとうか養成所の選手以外、武闘家ぶとうかを名乗るな、という命令だ。

 意味が分からなすぎる。


「説明をしなさい!」


 ミランダは怒りをしずめようとしたがムリだった。


「納得できない! ジョークならジョークと言いなさい、セバスチャン!」

「ジョークではありませんよ。まず、『G&Sトライアード』以外の武闘家ぶとうかたちは、技術がなさすぎる。魔物が増えている昨今、武闘家ぶとうかがそんなことで、民間人を守れますかね?」


 確かに――武闘家ぶとうかは本来、「人を守る」ことが仕事だ。


 ミランダは今日のトーナメントの試合をすべて観戦した。

 ゼントVSクオリファ、サユリVSドリューン、ローフェンVSグスターボ以外は、全員、見どころのない判定勝ち。確かにほとんどの選手が、消極的な闘い方だった。

 技術的に、お粗末そまつな選手は多かった。

 

 しかし……。


「困るんですよねえ」


 セバスチャンは、首を横に振りながら言った。


武闘家ぶとうかとして、心技体が追い付いていない選手が多すぎる。負けたけど、うちのクオリファは蹴りが素晴らしかったし、サユリもレベルが高かったでしょう」

「私のところの、ゼント・ラージェントは最高の選手よ!」


 ミランダの問いに、セバスチャンは嬉しそうに、パンと手を打った。


「そうですね! ゼント・ラージェント君は素晴らしい! 我が『G&Sトライアード』に所属してくれれば、それなりの地位を差し上げられます」

「またしても、バカを言ってるわね」 


 ミランダは立ち上がろうかという勢いだ。この奇妙な決定をするセバスチャンから、世の中の武闘家ぶとうかを守らなければ! ミランダは使命感を感じた。


「教えなさい! 何が狙いなの?」

「さっきも言ったでしょう? 魔物が人間を襲うことが多くなってきているのです」


 セバスチャンは、目の前の魔導鏡まどうきょうのスイッチを、遠隔魔導えんかくまどう装置でONにした。


 様々な魔物――火を吐くダークドラゴン、棍棒こんぼうを持ったビッグトロール、素早い動きのワーウルフ、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのリザードマンの映像だ。

 七年前から眠り続けているとされる、「魔王ギランダーク」。ダークドラゴンらは、その手下たちだ。


「人類は、これらの強力な魔物たちを、歴史上2、3回しか倒したことがありません」


 セバスチャンは言った。

 

 ゲルドンが魔王の四天王、闇騎士やみきしガーロンド、闇魔導師やみまどうしグラッシュドーガを倒したことがあったが、それは人類の大快挙と言えたのだ……。


 ただし、四天王は候補が魔族にたくさんおり、倒してもまた補充ほじゅうしてくるらしい。また、攻撃力、凶暴性という意味では、ダークドラゴンやビッグトロールたちの方がやっかいな敵といえる。


「七年前から、『魔王ギランダーク』は世界のどこかで自らを封印させ、力をたくわえるために眠っている」


 セバスチャンは言った。


 魔王は眠っているが、手下の魔物たちは、人間を襲い続けている。


「しかし、魔王が目を覚ませば――本物の戦争になります」

「だからと言って! あなたの決定に関していえば、疑問だらけよ!」

「――その時に必要なのは、『真の武闘家ぶとうか』です。『自称武闘家じしょうぶとうか』と『真の武闘家ぶとうか』を見分けるには、我が『G&Sトライアード』に所属していれば良い、ということ。他の武闘家ぶとうかは邪魔ですね。弱い武闘家ぶとうかが魔物に挑んで殺された場合、死体の処理の手間、賃金もかかります」


 死体の処理? 手間? 賃金?


 人間の命をまるでモノのように……コイツ――セバスチャンの頭の中はどうなっているのか?


 ミランダは、セバスチャンは腕組みして見るしかなかった。


「それなら、所属養成所をやめた武闘家ぶとうかたちは、どこに行き、何をしたら良いわけ?」

「……さあ?」


 セバスチャンは首をかしげた。


「そんなことは知らないなあ。実力のない武闘家ぶとうかたちが、どう野垂のたにしようが、知ったこっちゃない」

「……あ、あなた!」


 ミランダは再び、机をバン、と叩いた。


武闘家ぶとうかたちにも人生があります。一人一人、生きているのよ!」

「いやいや……。この世界は実力がすべて。そうじゃありませんか? 実力がないものはカス、ゴミクズ同然!」

「カス? ゴミクズ? 信じられないことを言うわね! 武闘家ぶとうかというものは、実力だけでは語れない!」


 ミランダは反論した。


「格闘を通し、力が弱い者たちに、勇気を与える! 指導する! 愛情を教えるのも、武闘家ぶとうかのつとめでしょう?」

「古いなあ。能力のある者、才能のある者以外、いらないんですね。勇気? 愛? そんな幻想、試合や戦争、路上の実戦で通用しますか?」


 セバスチャンはクスクス笑っている。

 

 この野郎……ミランダはセバスチャンの胸ぐらをつかんでやりたい、と思っていた。


「結局、我が『G&Sトライアード』に所属すればよろしいのです。100万ルピーを払って、初級クラスから学んでもらいますがね」

「プライドが高い武闘家ぶとうかたちが、そんなことを受け入れると思う?」

「受け入れた方が、得なのになあ。良い指導が受けられるんですよ」


 セバスチャンは思っていた。


 武闘家ぶとうか連盟会長? くだらん。私が欲しいのは、勇者、戦士、魔法使い、僧侶、そして武闘家ぶとうかなどすべてのギルド系職業を統括とうかつする、「国王親衛隊長しんえいたいちょう」の座だ!

 そうすれば、グランバーン王に次ぐ、実質NO2の権力を持つことができる。


 この世の「闘い」のほとんど――「戦争」すらも、支配する者となれるのだ。


 その座は現在、父がついている――。


 私がその座をいただく!


 そのための準備段階に過ぎないのだ。


「サユリなど8名の武闘家を、我が『ミランダ武闘家ぶとうか養成所』から強奪ごうだつしたこと――忘れないわよ!」


 ミランダはセバスチャンをにらみつけながら声を上げたが、セバスチャンは静かに言い返した。


「そんなことを思い出させないくらい、『G&Sトライアード』が、あなたたちの選手を粉砕ふんさいしてあげましょう」

「ゼント・ラージェントが、『G&Sトライアード』の選手なんて、怖れるほどでもないことを、証明するわ」

「ほほう? ゼント君がね……。ミランダ先生は、私たちの実力を疑っていると」


 すると、セバスチャンはクスクス笑い始めた。


「……私は、トーナメントを見て、自分の血がたぎるのを感じて仕方なかったんですよ」

「……えっ?」

「よろしい。次の試合、私がミランダ先生のところのローフェン君と試合をしたい。私自身がトーナメントに出場しましょう」

「は? 何を言って……」

「私――セバスチャン自身が、ゲルドン杯格闘トーナメントに出場する! そう言っているのですよ。ローフェンの対戦相手は、悪いが退しりぞいてもらいましょう」

「ちょっと、何、わけのわからないことを……」


 大勇者ゲルドンの秘書、そして「G&Sトライアード」の社長であるセバスチャン――ほ、本当に、自ら試合のリングに上がるというの?


 ミランダは驚いて、セバスチャンの顔を見るしかなかった。


 セバスチャンはただ笑っているだけだった。


 その目は、実業家セバスチャンではなく、武闘家ぶとうかセバスチャンの目になっていた。


 恐ろしく鋭かった――。

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