第28話 サユリVSドリューン①

「ね、一緒に故郷に帰りましょう」


 俺に向かって、そんな謎の言葉を発した、少女武闘家ぶとうかサユリ――。

 資料によると――何と、所属は「G&Sトライアード」だって?

「G&Sトライアード」は、ゲルドンが社長をしている、グランバーン王国最大の武闘家ぶとうか養成所だ! 


 サユリは、ゲルドンとどういう関係なんだ?


 彼女は武闘ぶとうリングに上がった。


 何とも小さい体だ。パンフレットを見ると、身長154センチ、体重48キロらしい。とても、このトーナメントを勝ち上がれるとは思えない。


 俺は観客席で、試合を見守ることになった。俺の隣には、ミランダさんが座っている。

 サユリの相手は、バドライズ・ドリューン。すでに武闘ぶとうリングに上がっている。


 身長180センチ、体重78キロ。武闘家ぶとうかとして、堂々とした体格だ。種族は、肌の色が赤い、山鬼族。35歳。地区大会トーナメントで何度か優勝の強豪だ。

 所属は、「山鬼族蛇の穴」。地方の武闘家ぶとうか養成所だ。


「何を好んで、おめえみたいな小さい女と闘わなくちゃならねーんだよ」


 ドリューンは苦笑いするようにして、小さいサユリを見下ろした。

 しかし、サユリは言葉を返す。


「……私が勝つんですよ、ドリューンさん」

「は? おい、何の冗談なんだ?」

「冗談でも何でもありませんよ。勝つのは私です」


 サユリは静かに言った。戦闘民族といわれる山鬼族を、まったく怖れていない! い、一体、この子はどういう女の子なんだ?


 カーン!


 その時、ゴングが鳴り、試合が始まってしまった!


 ドリューンは仕方なく、サユリに近づく。構えていない。構えなくても、16歳の小柄な女の子には勝てる、という意味だろう。

 一方、サユリは横を向いたままだ。すると――。


 ピタッ


 サユリは右手を開いて、ドリューンに向かって差し出した。


「うっ……」


 ドリューンは、あわてて構える。


 ……何も起こらない。当たり前だ。サユリはただ、右手を差し出しただけなのだから。

 

「何だっつーんだよ。おい、女、俺が怒らねえうちにギブアップしろよ。マジで殴るぞ」


 ドリューンはイライラしながらサユリに言った。


「私は、あなたに勝つと言ったでしょう?」

「こ、この……!」


 ドリューンは、左ジャブを軽く出した。パスッパスッと、サユリの差し出した右手に軽く当てる。


「今度は顔に当てちまうぞ」


 ギュッ


 ……えっ? 

 サユリはドリューンの左ジャブの手首を、……いつの間にか握っていた! い、いつ、握ったんだ?

 

 サユリはハンドスピードが速いってことか? まさか?


「うっ……?」


 ドリューンは動かない。いや、動けないのだ。ドリューンの顔は、驚きの表情だ。


 観客は首を傾げている。


「お、おい」

「なんなんだ? どういうことだ?」

「八百長じゃねえだろうな~」


 会場に冷ややかな笑いが起こる。


 ギリリッ……


 そんな、何か腕をひねるような音がした。

 

 ドリューンは本当に動けないのだ。サユリにただ、手首をつかまれているだけだ。ドリューンの顔は、苦痛にゆがんでいる。


「サユリはね、ドリューンの手首をつかんで、彼の手首の痛点つうてんめているのよ」


 隣のミランダさんが話してくれた。

 

 い、いや、まさか? そんな格闘の技術、聞いたことがないぞ?


 するとサユリは体を一歩前に前進させ、ドリューンのふくらはぎの裏……アキレスけんの部分に、自分の足をひっかけた。

 

 ドタアッ


「いてぇ!」


 ドリューンはそんな声を上げ、いとも簡単に背中から倒れ込んだ。


 ま、まさか……サユリに投げられた?


 あわてて、ドリューンは顔を真っ赤にしながら起き上がった。


「きさま~!」

 

 ドリューンは立ち上がり、サユリに向かって右ストレートパンチを放つ。

 しかし、サユリはいとも簡単にそれをけ――。


 ゲシイッ


 自分の拳を突き上げるように、ドリューンの鼻の下に当てた。サユリのパンチが当たった!


「ぐへ」


 ドリューンはひるんだ。カ、カウンター攻撃だ!

 サユリはドリューンと身長差があるから、拳を突き上げたのだ。しかし、女の子の打撃が、あんな大柄な男に当たるものなのか?


「サユリのパンチは、『直突ちょくづき』ね」


 隣に座っていた、ミランダさんが言った。


「拳を縦に繰り出し、あまり体をひねらない、独特の打撃法よ」


 ドリューンはあわてている。


「てめえええ~! サユリ! お前をつぶす!」


 ドリューンの左フック! 大振りのパンチだ。本当にサユリはつぶされるぞ!


 ガスウッ


 しかしこれもまた、サユリの突き上げるような左直突ひだりちょくづきが、ドリューンのアゴに決まっていた。


「ゴフ」


 ドリューンは一歩後退する。


 するとサユリはドリューンの腰に手を回し――ものすごい勢いで――。


 ドリューンを体ごと、ぶん投げた!


 ドタアンッ


「ガヘエッ!」


 ドリューンは、リングに叩きつけられてうめいた。女の子に投げられて……!

 サユリは倒れたドリューンを、無表情で見下ろしている。

 な、なんて素早い投げ技んだ……。体重差をものともしない!


「うおおっ! はええっ」

「投げだ!」

「マジか」


 観客も声を上げる。


「ふうん……あれは高度な投げ技よ――。浮腰うきごしといわれる投げね」


 ミランダさんが俺に言った。


「タイミングがバッチリあって、素早く投げることができたようね」


 あ、あのサユリって子……!


 強い! すさまじく強い!


『ダウン! 1……2……3……!』


 魔導拡声器まどうかくせいきで、審判団のダウンカウントが会場内に響く。


 ウオオオオオッ……。


 マジか……! 観客たちは声を上げた。サユリがダウンを奪った!


 ドリューンはフラフラと倒れた体を起こし、立ち上がりながら、ギロリとサユリをにらんでいた。

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