第29話 サユリVSドリューン②

 戦闘民族、山鬼族のドリューンを、投げ技「浮腰うきごし」で投げた、女子武闘家ぶとうかサユリ――。


 一体、何者なんだ?


 あの小さい体で、堂々とした体格のドリューンを投げた。

 俺は観客席で、サユリの闘いを観戦していた。


『4……5……6……』


 会場に、審判団の魔導拡声器まどうかくせいきの声が響く。ダウンカウントだ。

 ドリューンに対してのダウンカウントは続いている。

 しかし、すぐドリューンは立ち上がり――。


「このやろおおおっ」


 サユリに向かって走り込んだ!

 そして思いきり右パンチを振りかぶったのだ。


おろかな」


 サユリはそう言いつつ、ドリューンのパンチをいとも簡単にけ――。


 ガシイッ


 またしても突き上げるような縦拳たてけん――左直突ひだりちょくづきを、ドリューンのアゴに決めた。

 な、何て正確なパンチなんだ?

 すさまじい正確性で、急所に当ててくる。急所に決めるから、体重差があるドリューンをひるませてしまうのだ。


「ブ、ヘ」


 ドリューンがまたしても後退した――。


 が、ドリューンも何かを狙っていた! 一歩前に出て――。


 ブウンッ


 太い脚での右中段回し蹴りだ! サユリが吹っ飛ばされるぞ!


 パシイッ


 しかし、サユリはその太い脚を、細い腕でいとも簡単につかんできた。そして自分の腕をドリューンの太い脚に回しながら、体をグルリと回転させた!


 ミシイッ


 変な音がしたが……。


「ギャッ!」


 ドリューンは足をひねられて、倒れ込んでしまった。


「お、おい、あれは……」

「職業レスリングで見る、『龍すくい投げ』じゃねーか?」

「ま、まじかよ~! リアルファイトで見れるなんて」


 観客が騒いでいる。


(龍すくい投げとは、プロレス技の「ドラゴンスクリュー」の変形である。立ったまま相手の足を両手でつかみ、自分の体を回転させる。それとともに、相手の足を自分の腕でめながら、相手を投げ捨てる技)


 ドリューンは右足を抱えて、「うう~」とうなって、倒れている。


「いかん!」


 そんな声がした。白魔法医師たちはあわてて、リングに上がり、ドリューンのそばに駆け寄った。そして彼の右足を診て、すぐにリング外に向かって、手でバツの字を作った。


「骨折している!」


 カンカンカン!


 とゴングの音が鳴り響いた。


『5分20秒、ドクターストップで、サユリ・タナカの勝ち!』


 審判団が、魔導拡声器まどうかくせいきで、そう告げた。


 ウオオオオオッ


 観客たちが声を上げる。


「や、やべえ女だ……」

「強すぎる!」

「あんなかわいい子が?」


 俺も、サユリの強さに驚いていた。

 し、しかし危ない技だな。龍すくい投げか……。


「壊し技よ」


 隣のミランダさんは言った。


「サユリは、相手を怪我させるつもりで、放った技ってわけ」

「えっ……? サユリが? まさか」


 そんなバカな。あんなかわいい女の子が、わざと相手を怪我させるつもりだなんて。体重差があるから、危険な技を放っていく必要性があるかもしれないけど、わざと怪我させるなんて……?


「やあ、ミランダ先生。サユリはお見事でしたね」


 聞き覚えのある青年の声が、横から聞こえた。


「あなたの元弟子――サユリの強さ、才能はすごい。私も彼女に、格闘技を教えがいがあります」


 俺たちの席の横には、何と、あの大勇者ゲルドンの秘書兼執事、セバスチャンが立っていた。

 

(か、彼も観戦していたのか?)


 ん? 今、セバスチャンは、「サユリはミランダさんの元弟子」みたいなことを言わなかったか?


 今は、セバスチャンはサユリの格闘技の先生――師匠ししょう


「あなた、セバスチャン」


 ミランダさんがセバスチャンに言った。


「サユリから、もう離れて。サユリを洗脳しないで」


 え? ミランダさん、何を言っているんだ? せ、洗脳?


「おや、私がサユリを洗脳? 意味が分かりかねますが」


 セバスチャンは笑って、首をかしげながら言った。


「ミランダさん、私はサユリに格闘技を教えているだけですよ」


 すると――。


「セバスチャン先生!」


 サユリがリングから下り、笑顔でセバスチャンに近づいた。


「試合、観てくださいましたか」

「観ていましたよ。素晴らしい試合でした」

「……相手は、足を怪我してしまったみたいです。私はドリューンさんに謝罪しなければいけないですよね」


 サユリは申し訳なさそうに、リングの方を振り返った。あの勇ましいリング上の姿は、もうなかった。

 普通のかわいい、女の子の表情だ。


「いえいえ、謝罪なんて必要はありません。いつも言っているでしょう」


 セバスチャンはニコニコ笑って、サユリに言った。


「対戦相手は、容赦ようしゃなく叩きつぶせ……と。そのためには、相手の選手生命を奪ってもかまわない……とね」


 俺はギョッとして、セバスチャンとサユリを交互に見た。

 ミランダさんは黙っている。


「闘いはやるかやられるか。手加減など、無用ですよ。勝てば良いのです。どんな手を使ってもね……」

「は、はい! そ、そうでしたっ」


 サユリは顔を真っ赤にして、お辞儀をした。


「あっ……」


 ……その時サユリは、ミランダさんと目があったようだ。


「久しぶりね」


 ミランダさんはサユリに言った。

 しかしサユリは、ミランダさんにあわてたようにお辞儀をすると、逃げるように去って行った。


 何だ? 今の。


 すると、セバスチャンはミランダさんを見て言った。


「ミランダ先生。あなたは今でも、武闘家ぶとうかを代表する立場でもある」


 ミランダさんは、「それほどでも」と言って、セバスチャンをジロリと見た。


「明日、ミランダ先生に重要なことをお伝えしたいと思います。武闘家ぶとうか界全体に係わる、重要なことです。私の経営する、『G&Sトライアード』本社にお越しください」

「何かしら。今回のトーナメントに関すること?」

「詳しくは明日ということで」


 ミランダさんは、「……分かったわ」とだけ返事をした。


「では」


 セバスチャンは客席の奥の方に行ってしまった。


 俺が心配して、ミランダさんを見ていると、ミランダさんはため息をついて口を開いた。


「セバスチャンはね、『G&Sトライアード』という世界最大の武闘家ぶとうか養成所を、ゲルドンと創業したのよ。前はゲルドンが社長をしていたけど、今はセバスチャンが社長になったようね」

「そ、そうなんですか? そ、それで昔、一体何が?」

「セバスチャンは、わたしの大切な選手を――、サユリとともに8名も強奪ごうだつした」

「ご、強奪ごうだつ!」


 俺は思わず、声を上げた。強奪なんて……ど、どうやって?


「そして、もう一つ話さなければならないことはね」


 ミランダさんは決心したように言った。


「大勇者ゲルドンを裏であやつっているのは――。あのセバスチャンなのよ」


 俺は驚いてミランダさんを見た。ど、どういうことだ?

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