第5話 その頃、ゲルドンは①

 ゼント・ラージェントが謎の美少女の部屋に、なぜか瞬間移動したちょうどその頃。


 ◇ ◇ ◇


 ――ここはグランバーン王国の大勇者、ゲルドン・ウォーレン自宅の大屋敷。


 大屋敷の一階、大ホールには、ドワーフ族の長、薬草会社の社長、鍛冶かじ屋協会の会長、ホビット族の長など、そうそうたるメンバーが、酒をみ交わしている。

 その中心に、今年三十六歳になった、大勇者のゲルドン・ウォーレンが笑って立っていた。


「いやあ、ゲルドン、あんたはすごい。魔物を三千匹も倒してしまうなんてなあ」


 ドワーフ族の長が、赤ら顔でゲルドンに言った。


「そうだとも、ゲルドン。若い時はヤンチャだったが、出世したな」


 鍛冶かじ屋協会の会長も、ゲルドンの肩を叩きながら笑う。


「ガハハ、そんなにめないでくださいよ!」


 ゲルドンは胸を張って声を上げた。


「俺は、この国の王になるのが目標なんで!」


 ゲルドンは大口をたたいた。


 壁際にはゲルドンの妻、今年三十六歳になった大聖女、フェリシアが静かに座って微笑んでいる。フェリシアはすでに、魔物討伐から引退して、今では良き妻となっている。


 一方のゲルドンは現役の魔物討伐家だ。

 今日は魔物討伐の依頼はなく、「魔物三千匹討伐記念パーティー」を開いている。


 ゲルドンは二十年前、魔法剣士――いや、荷物持ちのゼント・ラージェントをパーティーメンバーから追放した。

 しかし、ゲルドンはそんなことはすっかり忘れていた。


 すると、ゲルドンはそばにいた痩せた青年に、真面目な口調で言った。


「セバスチャン、あの計画は進んでいるか?」


 青年はゲルドンの執事、セバスチャンだ。

 セバスチャンは頭をれた。


「ゲルドン様主催しゅさいの、『ゲルドン杯格闘トーナメント』は、十一月にきちんと開かれるよう、手配しております」


 ゲルドン杯格闘トーナメントとは、ゲルドンが大勇者になったことを記念した、グランバーン王国最高の戦士を決める、格闘技の大会だ。

  

 この国では、素手の格闘の強い人間がもてはやされている。

 大昔、勇者が魔王を素手で殴り倒し、魔王を封印したという伝説があった。


 ゲルドンは剣術以上に、格闘術には自信がある。


 さっきの大物たちは、このトーナメント開催のために金を出してくれる、スポンサーたちだ。

 

 ――その時、パーティー会場に、長髪の少年がポケットに手を突っ込みながら、フラフラと入ってきた。

 年齢は十六歳くらいだろう。


「親父ぃ~」


 長髪のチャラ男は、ヘラヘラ言った。


「俺を、お呼びでございますか~?」

「お、おい。偉い人が来ているんだぞ、ゼボール。ポケットに手を突っ込むな」


 ゲルドンは周囲の大物たちを気にしながら、長髪のチャラ男に言った。


「今日、お前をこのパーティーに呼んだのは、理由がある」

「だいたい察しはつくけどね~」

「お前は、今年開かれる、『ゲルドン杯格闘トーナメント』で優勝するのだ! そして、俺の跡を継いで、勇者になれ」


 ゲルドンの息子、ゼボールは頭をかいた。

 このチャラ男、ゼボールは、この間、引きこもり男のゼントにケンカをふっかけた少年だった。


「トーナメントなんて、めんどくせーの一言だね。疲れるし」

「いいか、お前は俺の能力を受け継いでいるはずだ。国民に、お前の格闘術を披露し、トーナメントで優勝しろ」

「まあ、俺、格闘の才能はあるっちゃあるけどね~。親父は出場しないのか?」

「俺は出場しない。が、優勝者には俺との試合の挑戦権が与えられる」

「ふーん? それより小遣いくれよ。三十万ルピーくらい」

「お、おい、トーナメントには、全国の猛者もさが来るんだぞ。しっかり訓練をしろ」

「あ、そういえばさ」


 ゼボールは、父親のポケットマネー、三十万ルピーをもらいながら、思い出したように言った。


「親父の故郷にこないだ遊びに行ってさ。キモいデブをいじめちまったぜ」

「……ん? 俺の故郷だと。マール村か? キモいデブとは、誰だ?」

「すげー引きこもりのヤツでさ」


 ゼボールは首を傾げながら言った。


「名前を調べたら、ゼントってヤツだったらしいけど」

「な、何?」


 ゲルドンは目を丸くして、チャラ男の息子を見た。


「ゼントだと? ほ、本当か、それは?」


 ゲルドンは妻のフェリシアと顔を見合わせた。まさか……あの男、生きていたのか? ゼント――二十年前、魔物討伐パーティーから追い出した男だった。

 そしてゼントは幼なじみだ。


 そういえば、二十年前、ゼントを追放したすぐ後、故郷のマール村に情報屋を送り込んだ。ゼントの行動を調査したことがあったな。

 しかしその後、ゼントの姿は消えたらしく、調査はやめたが……。


 ゲルドンはあわてて息子に聞いた。


「そ、そのゼントという男は、引きこもりだと? 一体どういうことだ?」

「何でも、二十年、家に引きこもっていたらしいぜ」

「に、二十年も引きこもり、だと?」

 ゲルドンは目を丸くした。


「何を驚いてるんだよ? 知り合いか? ま、こないだ、そんなことがあったよ。じゃーな」


 ゼボールは、フラフラとパーティー会場を出ていってしまった。

 ゲルドンは眉をしかめて、急いでフェリシアを見た。


「ゼントってあの、ゼントか」

「そ、そうだと思うわ」

「まさか、故郷のマール村にまだいたとは? し、しかも、引きこもりだと?」


 ゲルドンがあれこれ考えていると――黙ってそれを聞いていた、執事の青年、セバスチャンが言った。


「二十年前、ゲルドン様の魔物討伐パーティーから追放した男……ゼント・ラージェントのことですね?」

「そ、そうだ。さすがセバスチャン」


 ゲルドンは悩みがあると、すぐにこのセバスチャンに相談する。セバスチャンはグランバーン国立大学を首席で卒業した、秀才だった。


 ゲルドンは思い出していた。二十年前、ゼントに紅茶を浴びせて、壁に投げつけ、パーティーから追放した。大勇者ゲルドンは、セバスチャンにそのことを話した。


「べ、別に気にすること、ないよな? 二十年前のことだし」


 すると、セバスチャンは言った。


「いいえ、ゼントという男、ゲルドン様に復讐ふくしゅうを考えていてもおかしくありません」

「え? ふ、復讐ふくしゅうだと?」

「悪くいえば、ゲルドン様のことを深く恨んでいるのかもしれません。『引きこもり』つつ、あなたへの復讐ふくしゅうの計画を練っているとも考えられる」

「ほ、本当か?」


 ゲルドンは唸った。


「フフッ」


 セバスチャンは胸を張って笑った。


「すべてこのセバスチャンにおまかせあれ。そのゼントという男を、私が今後、監視かんししましょう」

「う、うむ、頼んだぞ。おっと、明日のスケジュールはどうなっとるんだっけ」

「B級モンスター、骸骨拳闘士――スケルトンファイター討伐の依頼が入っています」

「スケルトンファイター? ちょっとやっかいだな。武器は持っていないが、毒の拳を持っているヤツだろ」

「依頼主は、王族のフェント・ラサン様ですよ」

「お、王族! 本当か!」


 チャンスだ。ゲルドンは思った。王族にアピールすれば、将来、王に昇り詰める道が開けるはずだ。

 しかもスケルトンファイターは、武器を持っていない格闘系モンスター。奴らに勝てば、トーナメントの宣伝にもなる。


「新聞記者もついきて、ゲルドン様を取材します」


 セバスチャンの言葉に、ゲルドンはニンマリした。


 しかし、この魔物討伐から、ゲルドンの没落ぼつらくは始まっていくのだった。

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