第6話 引きこもりの俺、美少女のお部屋へ行く

 俺は自分の子ども部屋のクローゼットから、別の家の子ども部屋に瞬間移動してしまった。

 意味が分からん。どうなっているんだ? 目の前には、かわいい女の子が座って本を読んでいるし。多分、この女の子の部屋だろう。


 女の子は、まだ俺に気づいていないようだ。


 俺は目の前の美少女を、まじまじと見た。じっと本を読んでいる。十四歳か、十五歳くらいか……。なるほど、かなりの美少女だ。

 この部屋の後ろにも、クローゼットがあり、扉が開いている。まさかオレは、このクローゼットから出てきたのか?


「えっ!」

 

 少女は俺の気配を感じたらしく、横を振り向いた。そして俺に気付いた。


「ひいい~! だ、誰ですか!」


 まあ、そうなるわな。驚かしてすまん。本当にすまん。俺も何でこの部屋にいるのか、わからんのだ。


 少女は素早く、後ろのベッドに飛び乗り、布団の中に隠れた。


 布団がブルブル震えている。よっぽど怖いんだろう。

 あ~……、まあ、無理もない。俺、不法侵入者だもんな。そんなつもりはなかったんだが。


「あ、あ、怪しいものじゃない」


 俺は、自分が情けないと感じながら言った。何て説得力のない言葉なのか。しかも、女の子と話すなんて、久しぶりだ。二十年ぶりか? き、緊張する……!


「あ、あなた、誰?」


 少女が、布団の中で震えながら聞く。


「え、え、えーっとね……ゼント・ラージェントという者だ」


 俺は緊張で呂律ろれつがまわっていないが、できるだけ優しく言う。


「こ、こわい!」

「で、でしょうね。すぐ帰るよ。玄関の場所を教えてほしいんだが」

「ひいい~……」


 少女の悲鳴が、布団の中から聞こえる。どうしたものかな、と俺が思っていると――。


「何、騒いでいるんだ!」


 どこからか男の声が聞こえた。ん? 床下からか?


「ご、ごめんなさい!」


 布団の中の少女は、声を上げた。


「何でもないの!」

「下まで聞こえているぞ! 誰かいるのか!」


 この子の父親らしき声が、部屋の床下――階下かいかから響いた。そりゃ、この子の家族は驚くだろう。この女の子、悲鳴を上げたものな……。

 それにしても、父親がこの部屋の下にいるらしい? つまり、ここは二階か?

 父親がきたら大変だ。何とかして、この部屋、そしてこの家から出なければ。

 しかし、通報されたらやっかいだ。女の子の誤解を解こう。


「あ~……下にはお父さんがいるのか?」

「お、お父さんじゃありません。グート叔父さん……」

「叔父さんか。お、俺のことが怖いなら、一階の……えーっと? そのグート叔父さんのところに行ってくれ。俺は君に何もしない。さっさと玄関から出ていくから、通報とかはやめてくれ」

「私が、グート叔父さんのところへ行くの? い、いやです」


 は? 何と、少女は拒否した。


「グート叔父さんは鬼より怖いんです。私、一階に行くのが怖い。すぐ、私を叩くし……一階に行きたくない」


 おいおい、どうなっちゃうんだよ、これ。


 窓の外を見ると、眼下に商店街が見える。やはり、ここは二階か。

 あれ? ここって、マール村か? 俺の住んでる村じゃないか。子どもの頃はしょっちゅう商店街で買い食いした。マール村の商店街で間違いない。


 どういうことだ? 目の前には、布団の中でブルブル震えている女の子がいるし……。

 

 ……と、その時!


 ドスドスドス


 う、うわあああっ!

 

 女の子の言う、グート叔父さんが二階に上がってきた?


 ガチャッ


 丸坊主のいかついオヤジが、部屋に入ってきた。背は高くないが、戦士のように胸板が厚い。年齢は……五十代くらいか。恐らく、何らかの格闘術、武器術を心得ているに違いない。めちゃくちゃ強そうだ! こ、こええ~……。


 ん? げえっ? このオヤジ、手に「ひのきの棒」を持っている! 文字のごとく、ひのきを削り出して作った、もっとも手軽な武器だ。

 ん? あ、しまった! 俺、木刀を置いてきた!

 

「アシュリー! 何を騒いでやがるんだ! ……ん?」


 その男――つまりグート叔父さんは目を丸くして、俺を見た。


「な、なんだあ? てめえは!」

「あ、あ、俺、怪しい者じゃないです」

「どこから入ってきやがった! 村の自警団に突き出してやる!」


 まあ、そうなるよな。しょうがねえか。


「俺は何かの間違いで、この部屋に入ってきた引きこもりです。すべて誤解だから、話を聞いてください」

「わけのわかんねえこと言うんじゃねえ! コソ泥か?」


 俺は泥棒ではないが、そう思いたい気持ちはわかる。

 するとグート叔父さんは、アシュリーの方をにらみつけた。


「アシュリー、てめーがこの男を連れ込んだのかあ? 一階でおしおきをしなきゃならねえなあ! ああ?」


 ガスッ


 グート叔父さんは、アシュリーの座っているベッドに蹴りを入れた!


「あっ……! な、何するんだ!」


 俺はさすがにムカッときた。女の子を怖がらせるなんて、ゆ、ゆるせん!


「コソ泥! てめーもぶっとばしてやるよぉ!」


 グート叔父さんは、今度は俺をにらみつけ――。

 

 バキィッ

 

 グート叔父さんは、左拳で俺のほおを殴った。


 いてえ! 口から血が出た。それでも、女の子――アシュリーを守らなければ! 


 俺がアシュリーの前に立つと、その叔父はいきり立ち、俺の腹に、蹴りを叩き込んできた。


 シュッ


 だ、だが、素人しろうとの蹴りじゃない!


「前蹴り」だ! 俺の腹の急所――みぞおちを足の爪先で、つらぬいてくる!


 ガッ


 だ、だが、俺は……前蹴りを右手で払っていた……!


「な、なんだと? 俺の『前蹴り』を、『下段払い』でかわすとは?」


 グート叔父さんは、目を丸くしている。

 とにかく、アシュリーって子が危ない。俺が――俺が守らなきゃ!

 それにしても、このタコ親父、格闘の素人じゃない! 蹴りもきちんとした形になっている。

 

 すると、グート叔父さんは、今度は右手で、ついに「ひのきの棒」を振り回してきた。


 お、おや? 見える! 武器の挙動が見える!


 シュッ


 耳元で「ひのきの棒」が振り下ろされる音がした。

 しかし、俺は間一髪でかわしていた。偶然? まぐれ?

 

 いや……違う。


 俺は、「ひのきの棒」の挙動が、完全に見えていたのだ。つまり、俺はグート叔父さんの攻撃を見切っていた。


「こ、この野郎! なんなんだ?」


 グート叔父さんは、今度はひのきの棒を、上段から振り下ろす!


 シャッ


 俺はもう完全に見切っていた。半歩後退しただけで、ひのきの棒をかわすことができた。


 グート叔父さんは、「うっ……な、何モンだ? おめえ……?」と声を上げ、俺を驚きの目で見た。

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