第4話 俺、穴を掘る

 俺は森で不良どもにいじめられた。不思議なことに、なぜか、殴られ、蹴られた痛みは感じなかった。

 それにしても、この年――三十六歳になっても、不良からいじめられるんだな。

 そのことについてはショックだ。


 今、時刻は昼の十二時くらいか。腹減った。叔母さんが食事を運びに来る時間だ。


 ……え?


 ……何だ?


 俺の実家と離れの子ども部屋の間には道があるが、そこに誰かがうつぶせに倒れている。


 おい、まさか……。


 俺は恐る恐る駆け寄った。


「うわーっ!」


 俺は本気で驚いて、声を上げた。

 叔母さんだった。

 息をしていない。死んでいた。


「マジかよ……おい、マジか……」


 俺はあんまり驚いて、道端に両膝りょうひざをついてしまった。


 道には、トレーとパンや牛乳、ハムと玉子焼きが落ちている。俺に食事を運びに来る直前だったのだろう。


脳卒中のうそっちゅう……?」


 俺は、このあいだ読んだ、医学書の知識をそのままつぶやいた。もちろん、本当の死因なんてわかるはずがない。ただ、叔母さんが死んでいる現実が目の前にある。そういえば、食事を運んでくる時、頭が痛そうにしていたような気がする。だから死んだ原因は、脳卒中とかそんな病気なんだろうな……。


(え、えーっと、どうする?)


 俺はパニックになっていた。気が動転していた。


 俺は、あろうことか死んだ叔母さんを背負った。幸い、周囲には人がいなかった。

 

 狂っている。

 

 そう思われても仕方ない。そのまま叔母さんの遺体を背負いながら森に引き返し、茂みに入って、大きなケヤキの巨木が生えている場所に行った。

 ここにはもちろん、日中、誰もこない。今も誰もいない。


 叔母さんをケヤキの巨木のところに寝かせ、また実家に戻った。今度は、実家の縁側の下に置かれているシャベルを取り出す。実家の庭には、ヒマワリが五つ咲いている。


 叔母さんは確か、園芸が好きだったな。この大きめのシャベルも、園芸で使っていたのだろう。


 俺はそのシャベルを持ち、ケヤキの巨木のところに戻った。


 ◇ ◇ ◇


 何をするか、もう分かるだろう。叔母さんの死体を、土の中に埋めるのだ。葬式? 手続きの方法すら知らん。警察に言えばいいのか? 人に会うのが嫌なのに、警察なんかに行きたくない。警察なんかに行ったら……。


(……俺、絶対、疑われる……)


 そう思った。だから、叔母さんを土に埋めるしかなかった。もちろん、叔母さんが死んだのは、俺のせいじゃない。分かっている。


「俺は狂ってるな」


 俺はケヤキの木のすぐ下を掘り始めた。なぜか疲れは感じなかった。が、後で疲れはすさまじい勢いで襲ってくるだろう。


 今は人間一人が入れる、穴を掘るだけだった。


 俺は土の上に寝かされた、死んだ叔母さんを見た。何か叔母さんの持ち物を持っていたい。おや? 叔母さんの肩や服に、叔母さんの白髪がついている。三本だけもらい、穴の開いた五十ルピー銅貨に巻き付けておこう。それを財布か何かに入れておこう……。


 さて、俺は堀った穴に叔母さんを入れ、土を被せた。そして足元のタンポポとクロッカスの花を五本ずつとって、土の上に並べた。死体遺棄したいいき? まあそうだが、このグランバーン国は戦争が多いため、死体遺棄したいいきは犯罪にはならない……と法律の本で読んだ。


「……俺は本当に出来が悪かったな。叔母さん、悪かったな。何もできない『息子』で」


 そんなことをつぶやきながら、俺は手作りの叔母さんの墓に手を合わせた。本当の息子じゃなかったけど、俺のことを、実の息子みたいに愛してくれた。


「ありがとう、ありがとう、ありがとう……叔母さん」


 俺は心の中で、本当にそう思った。


 俺は子ども部屋に戻るため、森の道を戻った。

 深いことは、あまり考えたくはなかった。俺の人生、これからどうなるのか、とか。


 二十年、引きこもっていた代償だいしょうは重いのか? それとも、その引きこもりに何か意味があったのか?

 分からん。


 ◇ ◇ ◇


 叔母さんは、子ども部屋横の倉庫に、食料を残してくれていた。

 俺は少しの食料を手にし、子ども部屋に戻った。しかし、食料を食べる気にはなれなかった。三日間、何も食べられなかった。


 空腹なのに、食べ物を口に入れる気分にならない。そんな奇妙な状況だ。本を読む気にならないし、ボードゲームもカードゲームもする気にならない。


 ただ、一人で部屋に、ぼんやり座っていた。


 しかしみょうだ。叔母さんが死んで、三日目だ。


 そろそろ村人が、「ラーサさんがいなくなった!」と言って、騒ぐはずだ。

 俺のところに、誰も聞きにこないのか? 何でだ?


『そのことは安心しなさい。心配しなくても、大丈夫ですよ……』


 ん? 今、何か聞こえたぞ? こ、こないだの女性の声だ!


 安心しなさい? どういうことだ?


 その時。


 バーン!


 俺の後ろのクローゼットがいきなり、勝手に開いた。


「ひいっ? な、な、何だよ?」


 俺はあわてた。

 

 開いたクローゼットを見る。服をしまう時は、クローゼットのようなシャレたものは使わない。横のタンスに、ブチこんでいるだけだ。たまに叔母さんに洗濯してもらっていたが。


 驚くべきことに、クローゼットの中は、光り輝いている。まるで俺を誘うようだった。


「おい……。なんだこりゃ。どうなってんだよ」


 俺はつぶやいた。


「入れってことか?」


 俺は苦笑しながら立ち上がった。こんなおとぎ話のようなことが、本当にあるのか。信じられん。ちょっと中をのぞいてみるか……? いや、危険な気もする。


 俺は躊躇ちゅうちょした――が、結局――。


「よ、よし。しょうがねえ」


 俺は棚の上に置いてあった、古い木刀を手にしようとした。護身のためだ。これは、俺が真剣に魔法剣士を目指していた子どものころ、ギト叔父さんに買ってもらったものだった。だが、なぜか「俺には必要ない」と感じた。俺は木刀から手を離した。

 い、いいのか? 丸腰で……。


 俺は意を決して、木刀は持たずにクローゼットの光の中に入った。


 ◇ ◇ ◇


 その光を通ると、薄暗い部屋に移動した。ここ……子ども部屋? 俺の部屋……ではないよな。

 熊のぬいぐるみが、部屋の片隅にある。


 お、女の子の部屋?


(う、おっ……、マジか)


 部屋の中央に、膝を抱えて座っている女の子が、一人いる。十四歳か、十五歳くらいか?

 

 せているが、横顔を見ると、かなりの美少女……。か、かわいい。


 髪の毛は黒髪、セミロング。整った顔立ち。


 一体、誰なんだ? 一体、ここはどこだ? 一体、俺に何が起こったんだ?

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