第3話 引きこもりの俺、不良をビビらせる

 引きこもり二十年目、三十六歳の俺――ゼント・ラージェント。


 俺は二ヶ月に一度くらいは、外の森を歩きたくなる。その日も、子ども部屋を出て、外の森をブラブラ歩くために、外に出た。商店街の方に行くと村人がいるため、そっちにはいかない。


 歩きながら、二十年、俺は何をやってきたんだろう、という暗い気持ちになる。当然、何もやっていない。大量の本を読み、一人でカードゲームとボードゲームを遊んでいただけだ。

 ……マジで落ち込むから、考えるのをやめよう。


 しかしその時は、俺が本当に「真の勇者」そして真の格闘術を身に付けた武闘家ぶとうか――「武闘王ぶとうおう」へ近づいてきている、ということに気付かなかった。


 ◇ ◇ ◇


 歩いていると、向こうの方から十六歳くらいの少年たちが、三人、ペチャクチャしゃべりながらやってきた。


 まずい。人に会うのは苦手だ。


 引き返そうと思ったら、何と、ヤツらは走って俺の方に駆け寄ってきた。


「なんだぁ? お前」


 三人のリーダーと思われる、長髪のチャラ男が、俺に向かって、ポケットに手を突っ込みながら言った。今度はいかついチョッキ少年が俺にすごんだ。


「暗そうなヤツだな。あれ? まさかこいつ……」

「そうだよ、このおっさん。村で噂の、引きこもりのヤツじゃねえのか?」


 背の高いバンダナ少年が言った。


「ギャハハ!」


 三人は、うつむいて何も言えない俺を、取り囲んで笑う。


「キモ~! なんだこいつ」


 チャラ男が笑う。


「おら、何とか言ってみろよ」


 バンダナ男が、俺の肩を押す。そして――。


 ドガッ


 チョッキ少年が、俺の腹を蹴った。


「う、うぐっ!」


 俺は地面にうずくまった。ダメだ。運動不足で三十六歳のデブの俺が、若いヤツらに勝てるわけがない。チョッキ少年が笑って、チャラ男に言った。


「村でウワサになってるぜ。村に十年、部屋に閉じこもっているヤツがいるってよぉ! ゼボール、こいつ、やっちゃおうぜ!」

「ああ、ムシャクシャしてたとこだ」


 このゼボールという名の長髪チャラ男は、俺の胸ぐらをつかんで、俺を立たせた。

 十年引きこもりだって? いや、二十年の超絶ベテランだが。


 だが、ちきしょう。俺が何をしたというんだ?


 俺はとっさに、チャラ男の腕をつかんだ。


 ミシッ


 ん? 長髪チャラ男こと、ゼボールの腕が、きしむ音が聞こえたが。


「ん? う、いてて」


 ゼボールは顔をゆがめた。まさか、俺の握力で、痛がっていたのか? 非力な俺は、握力なんてないはずだ。


「てめえーっ!」


 ドガッ


 いかついバンダナ少年が、俺の頬をなぐる。俺は一メートル吹っ飛ばされた。


 俺は泣いていた。痛かったんじゃない。悔しかったのだ。


「おい、こいつ、泣きだしたぜぇっ!」


 チョッキ少年がゲラゲラ笑った。

 

 俺は逃げるために立ち上がろうとしたが、ゼボールはとんでもない行動をしようとしていた。手にはリンゴ大の石を持っている。そこらの道で拾ったと思うが……。まさか!

 や、やめろぉおお!


「死ねや、この野郎!」


 彼は石を俺に向かって、投げた――。全力で投げてきたので、物凄いスピードだ。ああ、ひたいに当たる――!

 

 パシッ


 俺はいつの間にか、ゼボールの投げた石をつかんでいた。投げた石をつかみ取ったのだ。


「え?」


 不良のガキ三人とも、目を丸くしている。目を丸くしたのは、俺自身だってそうだ。ゼボールの投げてきた石が、スローモーションのように見えたのだ。だから、石をつかみ取れた。


「こいつ!」


 バンダナ少年が殴ってきた。……? ヤツのパンチが遅い。俺はいとも簡単に、それをけた。ど、どういうことなんだ?

 クソ弱い三十六歳の俺が、こんな若い不良のパンチを、簡単にけた?


「な、なめてんじゃねーぞ!」


 三人は寄ってたかって、俺を袋叩きにした。俺は、亀のように地面にうずくまっていたため、顔や腹はもう殴られなくてすんだが、さんざん背中を足で踏まれた――。

 ……ん? 痛くない。


 三人は蹴るのをやめた。単純に、疲れたんだろう。


 俺は涼しい顔をしながら、スッと立った。だって、どこも痛くないからだ。

 またしても、目を丸くする不良たち。

 どういうことなんだ?

 俺は、背中をあんなに踏まれて、蹴られていながら、痛みを感じていなかった。

 

 まさか……これ、例の「声」が言っていた、「スキル」ってヤツか?


「な、なんだよ、こいつ? 痛くねえのか? この野郎!」


 チョッキ少年は、思い切り殴りかかってきた!


 パシッ


 俺は片手でそのパンチを受ける。


 俺は、チョッキ少年の拳を、上から握った。


 ギシッ……。ミシッ……。


「う……い、いででで!」


 チョッキ少年がうずくまる。お、俺の握力が倍増している?


「てめえええっ!」


 今度はバンダナ少年が、俺の胸ぐらをつかもうとする。


 ドガッ


 俺は素早く、左手でバンダナ少年の肩を押した。


 バンダナ少年が、二メートルはすっ飛んだ……。


「ひいいいっ、な、何だ、こいつ? なんて力だ?」


 それを見ていたチョッキ少年は、ひきつりながら叫んだ。


「こ、この野郎~! 何モンだ? こいつ?」


 バンダナ少年が立ち上がり構えた時、後ろから、チャラ男のゼボールが彼の肩に手を置いた。


「も、もういい。面白くねえ。行こうぜ」


 ゼボールがつぶやくように言った。


 三人は村の商店街の方に行ってしまった。 

 あのゼボールというヤツ、誰かに似ているような気がするが……?


 そんなことはどうでもいいか。


 ◇ ◇ ◇


 さっき不思議なことが起こった。

 不良少年の投げた石をつかみとり、パンチを簡単にけた。

 そうか……? 二十年前、俺は魔法剣士だった。弱かったが、少しはその時の戦闘経験が、まだ体に染みついていたのか?

 二十年経っても、魔物討伐パーティーの時の経験を、体が覚えているのか? 

 まあ、荷物運びが主な役割だったけど、一応、低級モンスターと戦ったことは何度かある。

 

 悔しいような、痛いような、なつかしいような不思議な気分だった。

 

 だが、殴られ、蹴られた痛みをほとんど感じていないのは、どういうことだ? 俺の力も、倍増しているように思える。これは説明できない。


 もしかして、俺には本当に、【歴戦れきせん武闘王ぶとうおう】【神の加護】ってスキルが身に付いているっていうのか?


 その時、俺は気付かなかった。


 この出来事は、俺が王国最強の格闘術を身に付けた武闘家ぶとうか――武闘王ぶとうおうになる前兆だったのだ。

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