第2話 俺は二十年間、引きこもった

 俺はゼント。十六歳。魔物討伐パーティーから追放された。


 しかも彼女のフェリシアまで勇者のゲルドンに取られた。ちなみにフェリシアとは、手を繋いでもいないし、キスもしていなかった。


(どうしてこんなことになったんだ?)


 失意の俺は、故郷のマール村に帰った。村の入口の門を通った時――。


 ドガッ


 俺はいきなり、ほおをなぐられ、一メートル吹っ飛んだ。


 見ると、八百屋の店主のブローゲストと、薬草屋の店主のストインが立っていた。構えているのはブローゲスト。ブローゲストが俺を殴ったのだ。


「な、何をするんだ。ブローゲスト!」

「帰ってきやがったな、ゼント。お前、ゲルドン坊っちゃんから、フェリシア様を奪ったんだって?」


 は?


 ブローゲストが俺をにらみつけた。彼は時期村長と言われている、村長の腰ぎんちゃく。村長の息子のゲルドンは、今や勇者。村の英雄だ。


 だが何を勘違いしているんだ。フェリシアを奪われたのは、俺の方だ!


「誤解だ! 俺の方が最初にフェリシアと付き合っていた!」

「ウソつけ!」


 ストインが声を荒げた。彼はブローゲストの舎弟しゃていだ。


「ゲルドン坊っちゃんの使いが来て、『ゼントが、ゲルドン様からフェリシアを奪った』と言ってたぜ」

「使い? そんなのがいるのか? とにかく違う、逆だって」

「ゼント! 何のとりえもねえ、お前の言うことなんて、信じられるか!」


 バキィッ


 俺はまた殴られ、蹴られた。野次馬も集まってきている。

 この村の英雄は、ゲルドンだ。俺の言うことなんて、誰も信じやしない。

 ゲルドンのヤツ、俺をつぶす気なのか。二度とフェリシアに近づかせないために。


 ◇ ◇ ◇


 俺はほおらして、とぼとぼ、森の近くにある実家に帰った。

 俺は実の両親がいない。孤児院から引き取ってくれた、ラーサ叔母さんとギト叔父さんに育てられた。俺のことを、実の息子のように、思ってくれていた。

 ――ギト叔父さんは、俺が八歳の時に病気で死んだ。


「おかえり」


 帰郷した俺を、ラーサ叔母さんは驚きつつも、笑顔で迎えてくれた。


 俺は疲れていたし、心が悲しみでいっぱいだった。


 俺は――離れの子ども部屋に閉じこもり、過ごすことにした。


 地下には本が五百冊程度もある。死んだ叔父が集めた。一人遊びができるカードゲーム、ボードゲームもある。

 世間の情報が映像で確認できる、魔導鏡まどうきょうも持ち込んだ。


 叔母さんは、子ども部屋に、毎日、手作りの料理を運んできてくれた。俺はただそれを食べ、本を読み、カードゲームを一日中、一人で遊び、引きこもった。


 ◇ ◇ ◇


 だが、たまには外に出よう。好きな菓子パンでも買いに行こうと、商店街に出た。


 パン屋に入って、アップルパイをトングでつかもうとした時――。店主のブルビーノ親父が言った。


「ゼント、そのパイに触れるんじゃねえ」

「え? 何言ってるんだ、ブルビーノ親父?」

「ゲルドンの邪魔をしやがるヤツに、俺の店の商品は売れねえよ」

「ど、どういうことなんだ?」


 ガッシャーン


 ブルビーノ親父は、パンやパイを置く銀トレーを俺に向かって投げつけた。


「お前は俺たちの村の英雄、ゲルドンのパーティーで、ゲルドンの邪魔をしやがったろう。わざとゲルドンやフェリシア、エルサを後ろから火の魔法を撃ったり」

「お、おい誤解……」


 何を言ってんだ? ゲルドンたちを後ろから攻撃? 俺が? そんなことするわけないだろう。そもそも俺は、火の魔法なんて使えやしない。魔法なんて唱えられないんだから。


「言い訳するんじゃねえ!」


 ブルビーノ親父は、俺の肩を突き飛ばした。そしてまた、銀トレーを手に持って投げつけた。


 ドガシャーン!


 俺は銀トレーを避け、一目散に店を飛び出した。


 しかし周囲を見ると、商店街の人々が俺をにらんでいるような気がする。俺を見ている主婦二人の声が、耳に入った。


「あの子――ゼントって、ゲルドン君をなぐりつけたんですってよ」

「ゲルドン君は、じっと我慢してたそうよ」

「仕方なくパーティーから追い出すしかなかったそうね。ゲルドン君、かわいそう」


 ……おいおいおい、なんだ? 俺がゲルドンから受けたいじめと、真逆のことが伝わっている。


 すると黒服の男が、俺とすれ違った。黒服は、この村のヤツじゃない。こいつが、ゲルドンの「使い」か!


 そ、そうか。さっきのウソ話は、やはりゲルドンの「使い」が広めたことか!

 そこまでして俺をつぶそうとしているのか、ゲルドン!


 俺は村人のあざけりの目から逃れるようにして、子ども部屋に帰った。

 

 ◇ ◇ ◇


 しかし、俺の心を、もっと深く苦しめる出来事が起こった。


 ある日、魔導鏡まどうきょうをつけたら、若き有望な勇者と聖女が結婚することになった、というニュースが流れた。


「えっ……!」


 それはゲルドンと元恋人のフェリシアだった。


「ちくしょう……ちくしょう……!」


 ドガッ ドガッ


 俺はそうつぶやき、床を殴りつけた。何度も何度も殴りつけた。

 ――ゲルドンの薄ら笑いが、俺の頭の中をよぎった。


 ◇ ◇ ◇


 その一ヶ月後、ゲルドンは快挙を達成した。グランバーン王国を支配しようとしていた魔王の部下――「四天王」の一人、「闇騎士やみきしガーロンド」を討ち倒したのだ。


 あいつは、真の勇者。俺は単なるゴミカス。俺は心を――完全に閉じてしまった。


 ◇ ◇ ◇

 

 それから二十年が経った。


 俺の現在の年齢? 三十六歳だ。二十年間、ずっと子ども部屋に引きこもり続けていたのだ。


 俺の姿? 無精ひげ、太った腹。ボサボサの髪の毛。三ヶ月に一度は鏡を見ながら、ひげ剃りで髪の毛を剃って丸坊主にする。一日中本を読み、一人カードゲームをする。


 叔母さんはあいかわらず、俺のために料理を、子ども部屋に運んできてくれる。

 ……俺は、六十五歳になった叔母さんに「ありがとう」という言葉すらかけなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ある日、俺は劣等感でつぶされそうになりながら、部屋で本を読んでいた。

 すると、突如、頭の中に――。


『あなたが、本物の勇者です』

 

 という声が聞こえた。な、なんだ?


『ゼント、あなたこそが、本物の勇者。【歴戦れきせん武闘王ぶとうおう】【神の加護】というスキル――つまり能力が、あなたに備わっています。武闘王ぶとうおうは、素手で魔王を倒すことのできる、格闘術を身に付けた勇者のことです』


 また! 頭の中に、女性の声が響いた。


 俺が本物の勇者? 【歴戦れきせん武闘王ぶとうおう】? 【神の加護】? 妄想もうそうもここまできたか。そもそも俺は魔法剣士であって、武闘家ぶとうかじゃないっつーの。


 冗談もほどほどにしろ。


『ゼント、妄想もうそうではありませんよ。近々、あなたの自分の強さを実感することになるでしょう」


 俺もとうとう、頭がおかしくなったか。


 ◇ ◇ ◇


 たまには、外を散歩しよう。二ヶ月に一度は、二十分程度、森を歩いて気分転換する。人に会わないように、気をつけながら。


 しかし、その日から、俺の人生は急展開を迎える。

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