「4−5」無能勇者、はじめてのおつかい

 俺は、ガドは勇者である。偶然と、神と呼ばれる存在の悪戯が重ねっていようと、俺はこの世界で唯一の希望だった。そして俺は負けた、自らを『憤雷の一族』の長と名乗った、アルカという男に。……正確には、それよりも優先してしまった仲間の命があったから、なのだが。


 そして俺は今、改めて困惑している。実力でも、現状の立場でも、あらゆる面において俺を上回るはずのアルカが、何と俺に助けを求めてきたのだ。


「……何言ってるんだ、お前」


 色々と考えるべきことはあるが、まずは口が先に動いた。牢の外にいるこいつは、明らかに俺よりも自由で身軽で、ましてや弱い訳でもない。それをなんで、自分よりも弱くて行動が制限されていて、おまけに牢屋にぶち込まれている俺に頼みごとをするんだ? 


「だよな、俺もそう思うよ。でもお前にしか頼めないんだよ! なぁ頼むよ勇者さんよォ、同じ『憤雷の一族』のよしみだろ?」

「お前と同じにするな!」

「しっ、声が大きい!」


 やけに驚いたような声で、アルカは俺の声を制止した。通路の右側と左側を恐る恐る確認し、ホッとした表情を俺に向けて来た。この男に似つかない、何かに気を使うような態度が、俺には違和感でしかなかった。


「……俺は、お前とは違う。お前みたいに、魔王の犬になんか絶対にならない」

「バカちげぇよ、お前なんか靴吹きにも要らねぇっつの。俺が頼みてぇのはただのおつかいだ、お前みたいなガキでもできる簡単な奴だ」

「そんなこと、俺がやると思うか?」

「だからこっちもご褒美を用意してある。――じゃじゃーん」


 チャラチャラと響く金属音に目線だけ移すと、そこにはなんと鍵があった。それに彫られた番号は、俺が今いる、この牢屋の番号と一致していた。――手を伸ばす、だがそれよりも先にアルカが動く。鉄格子に阻まれた俺の腕は、あと少しの所で届かなかった。


「グぅう……うううっ!」


 伸ばして、伸ばして。あと少しで届くのに……しかしアルカは笑っている。冷静に考えて、牢屋の中から鍵を奪い取るなど不可能だ。万全の状態で牢屋の外にいたとして、触れられるかどうかすら怪しいというのに。


「……はぁ」


 どうやら、俺に決定権も選択肢も残されてはいないらしい。俺は心の中に妥協を据え、その上で選ぶ。――俺は既に道を踏み外した。もう一度戻る事ができるのなら、この程度の過ち、惜しくはなかった。


「何をすれば、そのご褒美とやらをくれるんだい?」


 一度やってしまえばあとは変わらない。――問題は、その後に開き直ってしまうか。己を省みて、受け入れて……その上でまだ、正しく在ろうとするのか。根底からの悪人とは、真の善人とは、過ちを犯したその時に顕現する。

 無論、俺は後者でありたい。故に、俺は行動を起こすのだった。


「はじめてのおつかい、だな」

 獣が笑い、俺も薄く笑う。互いに互いを利用し、その果てに寝首を掻っ切るための、牽制であり挨拶であった。



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