「4-2」鍛冶師、神宿す刀を打つ

 その道を真っすぐ行くと、小さいがしっかりとした家がある。レンガ造りで、立派な煙突からは黙々と煙が立ち昇っていた。

 金属製のドアノブに手を触れ、ぐるりと捻ってから引き寄せる。中に入ると、一気に熱波が襲い掛かり、外の暖かさが冷たさに感じる程である。その中心には赤熱した炉と、それを瞬きせずに凝視するぺパスイトスが居た。


「……南無八幡台菩薩」


 彼の国の神明、日の国の権現――。呟きながら、炉の中に突っ込まれている何かを、金属製のペンチで引っこ抜く。赤く輝く其れはぼんやりとした光を帯びながら、彼の手によって水の中に放り込まれて光を失った。一瞬にして湯水へと変わっていく水、水によって熱を奪われていくそれの正体が、一振りの剣であることを理解する。


 彼はまだ熱を帯びているであろう剣を、素手で掴んで持ち上げた。角度を変え、近づけて細部を確かめ、遠ざけて全体を舐め回すように見る。まるで私のことなど視界に入ってすらいないかのように、彼と一振りはお互いを見つめ合っていた。


「駄目だな」


 やがて、彼と剣の対話は終わった。打ち終えたばかりの渾身の一振りは、放り投げられて悲しい音を立てる。そこには同じように心血を注いで撃たれ、同じように至る事ができなかった鈍の山があった。――忘れてはならないのは、その一本一本が岩をも断つ至高の一振りだという事である。


 頭に巻いていた手拭いを外し、額を覆う汗を拭いながら、ようやく彼は私に気付いたようだ。私は軽い会釈を交えながら、言うべき事を頭に浮かべた。でも。


「要らねぇよ、礼なんか」


 そう言って、彼は立ち上がった。あらかじめ決めていたかのように迷いも無く、数少ない『完成品』の数本、その内の美しい装飾が施された刀一本を手に取った。彼はそれを私の方に放り投げ、にんまりと笑って見せた。


「お前の剣、根元から叩き折れていやがったからな。聖剣とまではいかねぇが、並のナマクラよりは丈夫で軽いぜ?」

「う、受け取れません! 私は、ぺパスイトス殿の撃った剣を持つ資格など――」


 ――無いに決まってる。そう言おうとした私が違和感を感じたのは、握りしめていたその刀の重さだった。さっきまではあんなに軽かったのに、まるで巨大な鉄の塊のような重さに変わった。私は思わず体勢を崩しかけ、壁に手を着きながらもなんとか持ち直した。


「お前がどう思ってるかは知らねぇが、そいつはお前の事が好きみたいだぜ? 『自分の事を卑下しやがって、ふざけんな!』だとよ」


 彼が何を言っているのかは、持っている刀の微かな熱で理解できた。この刀は、恐らく『生きて』いるのだ。どういう理屈かは知らないが、生き物と同じく熱を持ち、思考し、役目を終えたら死に至る。そんな気が、したのだ。


「俺は鍛冶師であると同時に、妖精とドワーフの混血だ。大層な魔法を使う事も出来れば、毒やら何やらも効きやしねぇし、なんなら溶けた鉄に触っても火傷すらしねぇ。――どっちの血から来た力かは知らねぇが、俺は昔から『声』を聴く事ができるんだ」

「『声』?」

「東の国で流行ってる信仰がある、あらゆる物には神や魂が宿るっつー趣旨のだ。俺はその声が聞こえるらしくてな、撃った剣や刀がナマクラなのか、吃驚仰天の名刀なのかが分かるんだよ」


 もしかして、その『声』とやらが聞こえる物こそが聖剣なのだろうか? あの対話のような時間は、比喩などではなく直喩で話していたというのか? 

 にわかには信じられなかったが、事実、私はその片鱗を感じた。だとすれば、彼がやろうとしている事は、まさか。


「まさか、神降ろし!?」

「利口な嬢ちゃんなら分かってくれると思ってたぜ。――ご名答だ、俺が剣を撃つ時に念仏を唱えてたろう? 俺は神サマに、俺の作品に宿ってもらえるようにお願いしてるのさ」

「そ、それじゃあそこの剣の山は!? て、天罰が!」

「いや、あれは本当のナマクラ、失敗作だ。神サマなんて欠片も入っちゃあいねぇ……あ、お前が持ってるのは違うから大切にしろよ? なんだったっけな、ゼファー? ってぇ神サマだ」


 なんだか凄く強い気配と、物凄い不純な気配を感じる。というかこの鍛冶師は降ろした神の名前すらうろ覚えなのか? よくもまぁそんなので降りてきてくれたなぁ。そんな事を思いながら、刀の中に宿る神に同情した。


「……所で、ガド殿の聖剣については?」

「ん? ああ、そこのナマクラ共を見てもらえば分かる通り、全く応答しやがらねぇ……バッチリ聞こえてるはずなのに、ガン無視だ」


 ――そこで、だ。ぺパスイトスは手拭いを頭に巻き直し、荷物を担いで言った。


「直接会いに行くことにしたよ。――戦いの神、アレスに!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る