第三章──聖剣を造る者編──
「4-1」儚げな少女、自らを省みる
『勇者アーサーの後継者として選ばれた少年が寝返った』
その事実は世界中に瞬く間に広がっていった。ただでさえ拙かった人類の希望が消えて無くなり、それに対して『百竜軍団』を失った魔王軍の士気は鰻登りに上がっていった。各国は勢いづいた魔物の大軍に対して、確証の無い希望を信じるしかなかった……当然、そんなもので勝利など掴める訳が無かった。かろうじて保っていた絶対戦線は崩れ始め、周辺国のうちいくつかは既に降伏した。
そして怒りの矛先は、侵略者である魔物だけに向いてはいなかった。魔王軍の進軍を加速させた原因。――それを作った無能な勇者に対し、世界は痛烈な批判を浴びせていたのである。裏切り者、卑怯者、代用品のくせに命を惜しむ恥知らず。
世界がたった一人の勇者に対して罵詈雑言を浴びせる中、たった一つの国家は、逆に彼を庇護したのだった。――妖精国ブルテン。即ち勇者ガドが救った、最初で最後の国の名である。
◇
妖精の住まう国、妖精国ブルテンは批判の流れ弾を受けていた。質の悪い野次馬が冒険者に紛れ、穏やかだった国の治安が急速に悪化した。物資の提供や人手不足という問題から、『百竜軍団』に受けた被害からの復興は停滞し、国自体の活気が失われつつあったのである。
(責任転嫁にも程があります、私たちがするべきなのは批判ではなく、団結なのに)
自分の姿を隠すローブを、イグニスは恥ずかしく思った。勇者の仲間だという事を誇りではなく、今は恥だと世間は口を揃えて言う。それを受け入れ、自らの素顔を隠さなければいけない……その事実で、心の弱さから目を背けている自分が、とても嫌になった。
勇者が、ガドが人間を裏切った? 馬鹿言え、そんなことある訳が無い。彼は例え四肢を捥がれて骨と皮だけになったとしても、最後の最後まで勇者としての使命を果たそうと努力する。中途半端な所で投げ出すほどあの人は弱くない、そうでなければ父に、『竜刻のベルグエル』に勝てる訳が無いのだ。
イグニスは復興に勤しむ妖精たちを見て、途方もない罪悪感を覚えた。それは自分の父親が行った蛮行に対しての物ではない、あの時、あの瞬間……例え世界を敵に回しても構わないという選択を彼に取らせてしまった、自分自身の無力さへの、怒りに他ならなかった。
(反応できなかった、ぺパスイトス殿に庇って貰えてなければ、私は死んでいた)
慢心であった。一度は彼と肩を並べ、背中を預け合いながら戦った。でも私は、結局最後まで彼の背中を守っていられなかった。先に倒れた私を庇って、彼は使えば死ぬかもしれない聖剣を使ったのだ。――助けられてばかりの私なんかを、どうして彼は仲間に入れてくれたのだろう?
(よくもまぁ、
懺悔、羞恥、自分自身の醜い顔面をまとめてフードで隠しながら、私は荒れ果てた街中を歩き続けた。今、彼は無事だろうか? 私の信じている、彼のままでいてくれているだろうか? ――無意識のうちに湧いて出る疑いを振り払いたくて、私は奥歯をぐっと噛みしめるしかなかった。
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