「3-20」無能勇者、裏切る
激憤を貪り、代謝として赫雷を生み出す。肉体の過剰強化による疲れは感じず、俺は更に重ねがけを繰り返す。
当然、そんな出鱈目な速度に武具が付いて来ることができるわけがなかった。つけていた最低限の鎧は振り解かれ、衣服は破り千切れ、剣は切れ味を失った挙げ句根本から叩き折れた。
「聖剣はどうした!? その爺がいるってことは持ってるんだろ!?」
それに対してコイツの剣は強かった。固く、折れず曲がらず、一撃一撃が持ち主の殺意を滲みこませていて……何より、「絶対に喰らってはいけない」という恐怖を、俺の根底から湧き上がらせてくるのだ。
だが俺の怒りは、恐怖を忘れさせてくれた。その代わりに怒りを、仲間を傷つけられたことに対しての怒りを増幅させた。武器が無いなら魔力を込めた拳で、拳が無いなら脚で、脚が無いなら牙で……例え全てを失ったとしても、俺の赫雷はこいつを焼き尽くすまで止まらない、止めてやるわけがない。
「ァァァァアアアアァァァァアア!!!」
「残念だ、全力のお前と戦ってみたかったんだがな……。お前の怒りは質がいい、まだまだ未熟だが……いずれ俺を超える程の力を持つだろう!」
鈍い音、骨まで軋ませる痛み。威力や魔力放出量で言えば互角ではあるものの、肉体や技能ではあちらのほうが圧倒的に研ぎ澄まされていた。ーーもう一度、剣と拳が一点に交わる。
「っ……ううぁぁぁあああ!!」
「根性もなかなかあるじゃねぇか、益々気に入った! 勿体ねぇな、勿体ねぇよお前はよぉ!」
俺は遊ばれている、猫に弄ばれる毛玉のように。先程からこいつは笑っている、安心と確信を持った太刀筋を的確に向けてきている。それは自分への自信から来るものではなく、はじめから敵だと認識されていない事の、何よりの証明だった。
「そらよっ!」
隙を突かれ、視界がぐるりと動く。そして痛み、筋肉がよじれ千切れ、鮮血が下っ腹から吹き出す。俺はその瞬間、自らの中で滾る怒りが萎んだことに気づくべきだったのだ。
「もう一発!」
まだ地面に倒れてすらいない俺を、突き出された革靴が射抜く。傷口を的確に穿ち抜いた衝撃は傷を広げ、俺は血を宙に撒き散らしながら吹き飛んだ。
「がっ……うぁ、ごばぁあっ!」
「勿体ねぇんだけどなぁ、お前勇者だからなぁ……。あっ、そうだ、いいこと思いついたぜぇ?」
大木に背中を打ったからだろうか、どうにも視界がぐらつく。頭の奥で揺れている人影に対して、俺は構えるどころか立つことすらできなかった。アルカは俺にゆらりゆらりと近づき、俺の髪の毛を掴んだ。
「よ、くも。二人を……!」
「あ? 何だそりゃ、それがお前の怒りにくべられた薪か? よくもまぁそんなモンで、ここまでの火力を出せたもんだなぁ……お前、どんだけ俺に媚売るつもりなんだ?」
にんまりと笑うそれが、俺は同じ人間には見えなかった。人を殺すべく刃を振るい、傷つけて殴っていたぶって、その果てにこんな笑いを浮かべられること自体が恐ろしくおぞましい。
「よぅし決めた、俺はお前を『こっち側』に引き入れる。――なぁに心配すんな、俺から話は通しておいてやる」
怒りを通り越して呆れが滲み始める。今も尚血を吹き出し続ける傷口の痛みさえ忘れ、俺は静かな怒りのままに、唇を震わせた。
「お前の、部下? 勇者の俺が、魔王軍に? お前、ふざけるのもいい加減に……!」
「ひでぇ傷だな、痛いの痛いのなんちゃら―」
適当な指先が、傷口の一歩手前で静止する。すると痛みが和らぎ、直後に傷口が塞がっていく。痛みが完全に消えた頃には、俺の腹の傷はきれいさっぱりに治っていた。しかし、動くことは敵わない。どうやら傷を負った当人の体力を使って回復させる魔法……もちろん俺なんかが知らないし使えないような、そんな魔法だった。
「お前はもう戦えねぇし、魔力も使い果たして魔法も使えない。俺を倒すことも、アイツらの傷だけでも治すことは不可能だ。――だがな」
指一本動かせない俺は、こいつが何を言いたいのかを察した。そして激しい矛盾の旅へと思考の中で飛び立つ……それは使命か、人の命を天秤にかけた議論の始まりを告げていた。
「俺なら、この状況で俺だけが! お前の仲間を救う事ができる、お前のその傷を治したように! お前はもう何もできない木偶の棒、俺はまだピンピンしてる! その気になりゃあ、お前らごとここら一帯を消し飛ばしてやるよ!」
高らかに笑うアルカが求めるのは、きっと俺の服従だろう。勇者であることをやめ、魔王に対して頭を下げろという……俺のこれからの人生を、贖罪への道を断てという極刑宣言だった。
「さぁどうする!? 時間はねぇぞ、ほら見ろ! あいつらどんどん血を流してやがる! 女の方は体が小さいからな、爺よりも早く死ぬだろうなぁ!」
天秤が傾く。双方に揺れ動き、近影を保つべく足掻いている……しかしそこには心があった。確実に天秤を傾けさせ、バランスを崩壊させる、他の何者でもない俺自身の心があった。
(俺は勇者、俺は勇者、俺は勇者! 勇者だったらどうする、勇者だったら……勇者だったら……!!)
俺は、記憶の中の彼に尋ねた。どうすればいい? 俺は一体、どうすればいい? 微かな記憶の中から、彼が振り向いて答えてくれた。
「……なるよ」
「うん?」
馬鹿げた聞き返しに、怒りすら覚える事ができなかった。バチバチと音を立てていた赫雷も勢いを失い、とうとう俺の体には一片の力も残されてはいなかった。――心が、折れた。
「お前の仲間になってやるから、イグニスさんたちを、治せ……!」
にんまりと笑うアルカ、こいつは約束を守るらしく、痙攣するイグニスさんとぺパスイトスの横に肩膝をつき、何かをブツブツと呟いている。俺はただそれを見ながら、俺に聖剣を託した彼の答えを、頭の中で響かせ続けていた。
記憶の中の、彼が言う。
『俺は勇者である前に、善良な人間でありたい。だから俺はどんな状況であっても、可能な限りの人助けはする。――
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