「3-11」無能勇者、覚悟する
嫌な予感は的中し、俺の目の前には敵がいる。他の何者でもない、私利私欲の為に決断を迫ってきた、あの鍛冶屋であることは明白であった。
「小僧ォォォォヅヅッ!!」
放たれる紫色の霧、速度は弓矢に匹敵するほど……当たれば致命傷に近いダメージを負うであろう一撃。それを受ける俺が抱いた感想といえば。
(遅いな)
ただそれだけだった。糸の隙間を縫いくぐるかのように回避を繰り返し、巨大な化け蜘蛛の元へと疾走する。ーー無論、黙って距離を詰められるような奴ではなかった。
「これなら避けれんだろう、死ね!」
膨らんだ袋のような下半身から放たれたのは、糸だった。俺はあれが何なのかを知っている。鋼にも負けず、火をも通さない強靭な魔蜘蛛の糸だ。生半可な力では切ることもできず、囚われれば嬲り殺しであろう。
「避けれないなら、壊せばいい」
「……は?」
蜘蛛の驚いたような声。無理もない……俺は怒りを凝縮させ、其れの象徴たる赫雷を放った。高密度の魔力は糸など容易く燃やし尽くし、それだけでは飽き足らずに蜘蛛の半身を抉り消し飛ばしたのである。
「ーーっ! ま、待て! 儂が死んだら、二度と聖剣は造れん!」
「そんな理由で、俺が収まるとでも思ったのか?」
すでに間合いにいるその表情は人間のものではなかったが、今にも泣き出しそうな……絶望の表情であることは察せられた。
「優先順位があるんだよ。俺は無能な勇者でも、代用品でもない……それ以前に俺は、人間だ」
その一撃は怒りが主なモノであったが、隠し味には人の心が籠もっていた。蜘蛛のひしゃげる体躯を赫雷で消し飛ばし、俺の怒りは覚悟へと形を変えていた。
ーー誰も犠牲にせず、魔王を倒す。
そんな、夢物語みたいな現実を掴むという、覚悟に。
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