「3−9」無能勇者、自らの意思で選択する

 

 奥へ、奥へ、ただひたすらに奥へ行く。現実逃避だという事は分かっている、こうしている間にも見捨てているという事も分かってはいるのだ。――でも、俺には力が無い。聖剣以外に、対抗する手段が無いんだ。


 だからって見殺しにするのか? 自分についていくと言ってくれたあの人を、帰りを待ってくれている父親がいる、イグニスさんを溶かすのか? 第一お前はそれを振れるのか? いいや触れる資格すらないに決まっている、そうやって造り上げられた剣が、聖剣と呼ばれていい訳が無いのだ。


「じゃあ、どうすればいいんだよ!」


 真実への、自分への弱さへの、目的の為に仲間を見殺しにした自分への怒り。それは俺の内に眠る赫雷を目覚めさせ、周囲の霧を片っ端から消し飛ばしていった。威力はそれだけに留まらず、聳え立つ木々のうち数本を薙ぎ飛ばしたのである。


「どうすれば、いいんだよ……」


 怒りに、悲しみが混じる。不純物の混じった感情は不完全で、体を包む赫雷の威力は一気に死んでいく……俺は中途半端だ、イグニスさんと聖剣、二つに一つの選択を選べずにいるのだ。――選べるわけ、無いのに。


「愚かだなぁ、実に愚かだ」


「ッ……!?」


 晴れた霧の向こうには、見知らぬ中年が居た。体つきが良く、屈強である……何より、この声には聞き覚えがあった。――霧の中で見た、赤い雷の一撃を放った男だ。


「そんな問い、答えは一つに決まっているだろうに。何を躊躇っている、何を見栄を張っている?」


「何を言ってるんだあんたは……いきなり何なんだよ!」


「いつまで勇者を背負っているんだ、と聞いているんだ」


 男は俺をたしなむように見た。俺が剣に手をかけても楽しそうに、退屈しのぎを見つけたような……明らかに舐められているのは確かだった。


「お前は別に勇者じゃあない、あくまで代用品だ。お前がそこまでして勇者を優先する理由が分からない……そもそもお前にとっての勇者ってのは何なんだ? 百の為に一を犠牲にすることを躊躇わないような、そんな存在なのか?」


「……アーサーだったら」


 分からない。こればかりは、アイツでもどうするかは分からない。アイツは人一倍責任感が強い奴ではあったけど、こういう事に関して俺は何も知らない……何しろあいつの聖剣がどうやって作られたのか、俺は先程まで何も知らなかったのだから。


 疑うという行為自体、俺は好きではない。ましてや、それが自分を呪われた運命から逃してくれた人を信じないものとあれば、俺は自己嫌悪の中でそれを行わなければいけないのだ。


「他人の話を聞いてるんじゃねぇよ、お前だったらどうするかを聞いているんだ」


 男はやけにきつい口調で言い放つ。まるで自分事のように、もしくは自分に言い聞かせるかのように。


「世の中ってのは大抵の選択に自由がない、お前はその貴重な一回を……赤の他人に照らし合わせて使おうとしていやがる」

「他人なわけ……!」

「お前はどうしたいんだよ」


 ストレートな問い、答えはまだ出ない。


「お前は、誰を一番救いたい?」


 しばらくの沈黙の末、気がついた頃にはその男はいなかった。名前を是非聞きたかったが、今はそんなことよりも大事なことがある。


(……俺は)


 何を成して、何にしがみついていたいのか……それが今、ちっぽけでも確かに滾る心に定まった。ーー獣は再び、誇りのために森を駆け抜けた。


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