「2−23」無能勇者、妖精国を救う
「ちょっと、父さんに何を……!」
「黙って見ていなさい!」
声色に怒りは籠っていたが、魔力の流れを見るに、トドメを刺す気ではなさそうだった。助けようとしてくれている……のか? どの道、私の使える魔法では救えない。治療をするのであれば、私以外の存在に任せるほかなかった。
「……ふぅん!」
周囲の魔力の流れが、大きく変化する。ゆったりと漂っていたそれらは、血だまりの中の父親の傷へと雪崩れ込んでいく。――傷が塞がる。薄緑色の光に包まれた屈強な体に、再び命が注ぎ込まれていく。
魔力の流れがはゆったりと収まっていき、次第に薄緑色の光も和らいでいく……妖精の女の手が胸から離れると同時に、ベルグエルは息を吹き返した。
「どういうことだ、傷が……」
「――『竜刻のベルグエル』」
妖精の女の、威厳のある声。私はすぐに、彼女がこの国の王族であることを理解した。そうなれば、かなりまずい事になっている……理由があったにしろベルグエルは、この妖精国ブルテンを恐怖に叩き落とした男であり、妖精の祝福を受けたにもかかわらず、王を殺そうとした男だ。――重罪は、免れない。
「王女サマ、俺はあんたたちの力を数多の暴力に使い、アンタたちから受けた恩を仇で返しまくった。――罰は受ける、だが娘の事は許してほしい」
「父さん……」
親子愛でどうにかなる問題ではない。事実、父さんが率いた百竜軍団のドラゴンたちは、たくさんの妖精たちを殺したのだろうから……例え今を生きる存在全てが許したとしても、死後の世界で彼は、地獄の業火に焼かれてしまうだろう。
「良い度胸、流石は英雄と呼ばれただけはある。――判決を下します、貴方の罪は――」
だが、王女の判断は、私の予想を大きく覆すものだった。
「――その余りある力を、今度こそこの国の為に使う事です」
「……あ?」
「あ? じゃないですよこの裏切り者。仮にも貴方は私たちの祝福を受けた勇者なんです、この程度の不祥事で殺せるわけないじゃないですか」
「それに、貴方もあなたの連れてきたドラゴン共も、誰も私たちの仲間を殺してはいません。せいぜい、ベロベロ舐めて遊ぶか、いたずらに追いかけたりする程度です。――正直言って、貴方を罰する理由があんまりないんですよ」
「――」
腑抜けた顔をしている父がいる。たぶん、私の顔も腑抜けているだろう。許されるのか? 父は……これからも、英雄としての自分でいられるのか? 私の為に一度は捨てた矜持を、もう一度胸に抱えながら、戦ってもいいのか?
「……ありがとう」
父が他人に頭を下げた所を見るのは、初めてだった。深く、深く……英雄にあるまじき、地面に頭を付けて行う土下座だった。
「ありがとう、ございます……!」
懺悔、感謝、後悔。様々な思いが交差するその様は、やはり歪んだ紫色の空ではなく、勇者が切り開いた、何処までも広がる真っ直ぐな、青い空の中でこそあるべきだった。
その様を、折れた聖剣を握った勇者が見ていた。宣言通り、自分が救った国の空を……美しき妖精国の姿を、しっかりと目に焼き付けているのだ。
こうして、一度は危機に晒された妖精の国ブルテンは……無能で、どうしようもなく貧弱な、代用品の勇者によって救われたのであった。
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