「2-21」儚げな少女、英雄への問い

「離れて!」


 ルファースさんとイグニスさんを庇うように、俺は起き上がったベルグエルの前に立ちはだかった。だが、その必要ないように思えた。何故なら、相手はもう一歩たりとも動けやしない程の致命傷を負っていたからだ。


 鳩尾を抉った一太刀、聖剣の一撃を受けても尚、息をして起き上がっている事が異常なのだ。本来ならば一撃を受けた瞬間に意識を失い、絶命しているべきなのが人間である。そういう意味では、この男は十分人間を止めている。――やはり、『竜刻のベルグエル』という存在は屈強であった。


 それでも、もう戦えやしない。根元から叩き折れた聖剣を降ろし、俺は目線だけで敵意を示した。――疲労困憊なのは俺も同じ。魔力は一欠片も残っておらず、正直立っているだけで精一杯なのだ。


「イグニスさんに、近寄るな……!」


 ベルグエルは、肩で息をしながら俺を睨んだ。いいや、違う。俺ではなく、俺の背後にいるイグニスさんを見ているのだ……殺意はない、敵意も無い。俺は、この荒々しくも温かい目を、知っている。――親が子供に向ける、愛情の目だった。


「ガド殿」


 イグニスさんの手が、肩に触れる。そこにも敵意や殺意は存在せず、しかし力の籠った感じがした。


「父と――。……ベルグエルと、話をさせてくれませんか?」

「でも……」


 危ない。そう言いかけて、イグニスさんの握力がさらに強くなる。言わないでくれ、そんな訳ないじゃないかという怒りが伝わって来た。……そりゃあ、そうだ。だって相手は、あの『竜刻のベルグエル』なんだ。


 俺は悩んだ末に、ベルグエルを睨みながら後ろに下がった。


「……感謝します」


 イグニスさんの深いお辞儀、礼儀正しいそのたたずみは、ベルグエルとは似ても似つかないような美しさであった。――美女と野獣という言葉がぴったりで、現実ではなくまるで喜劇でも見ているかのような心地だった。


「……単刀直入に聞きます、

「――」


 父さん、父上、パパ。年頃の娘が自分の父親に使うであろう呼び方ではなく、『竜刻のベルグエル』と、イグニスさんはそう呼んだ。その後ろ姿は色々な物が入り混じっていて、とても、父親と対面した子供の出す雰囲気ではなかった。


「どうして捨てた子供わたしなんかの為に、自らの……英雄としての誇りを捨てた?」

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